3.交流会って大変だよね
カイと話してから数日後、隣国セルラルドとの交流会が開かれた。
あれから僕は、現状把握を進めていた。この国の、財政状況は極めてまずい。探せば探すだけ近づく国家崩壊。帳簿は見つからなかったけれど、本来であればこの国にもうお金はないはず。なのに、こんなに豪華な金銀で繕われた大広間は、一体どう作られているのかと考え込んでいると。
「おい、レン! レンってば!」
顔を上げた瞬間、そこには二重どころでなく三重にもなった顎が目に入り、思わず体を後ろにそらす。
「なんだよ、そんなに驚いて」
不服そうな顔をするノア。今日の服装、名づけるなら“豚のデミグラスソース和え”かな。
「それよりお前も踊ってこいよ」
「だれとだよ、ノア(メインディッシュ)?」
苦々しく言ったけれど、ノアは気づかずニヤニヤ笑う。
「決まってんだろ、女だよ。お前もそろそろ楽しむべきだと思うんだがなぁ」
「はぁ? ノアが? 女と?」
「ブヒぃ! 俺にはエミリィちゃんもアリウェちゃんもいるんだぞ!」
そう言い返すと、ノアは顔を真っ赤にして両手を震わせる。向こうでクスクスと笑う令嬢たち。
「うーんと、ノア、ちょっと飲み物取ってくるよ」
とにかく逃げたくて言い訳を口にすると、ノアは閃いたように言う。
「わかったぞ、レン! お前、女がいるオレが羨ましいんだろ」
ノアみたいな人には一生なりたくない、そう思いながらもどうしようかと悩んでいると。ふいに会場の明かりが落ちた。視線を向けると、スポットライトに照らされて、きらめいているエメラルドの髪が見えた。カイだ。軽やかにお辞儀をして、澄んだ声で語りかける。
「皆さま、本日はオルフェオにお集まり下さりありがとうございます。今からささやかな余興として、ヴァイオリンを演奏いたします。どうぞ、ごゆっくりお楽しみください」
その瞬間、あちこちから黄色い悲鳴が飛び交った。
「きゃあっ! カイ殿下ってば最っ高ですわ!」
「憂いある瞳に、きらめく翡翠の髪……まさに、理想の王子様!」
あれ、さっきノアが言っていたご令嬢たちだ。ノア……
カイの演奏がはじまり、透き通るようなメロディが会場を包み込んでいく。ふと、カイがこちらを見てウインクをした、ような気がした。ノアに絡まれたの見ていて、助けてくれたのかも。
やっぱりカイは、優しい。ノアじゃなくて、カイが王様になるべきなんだ。心の底からそう思いながら、僕はそっと会場を抜け出した。
*
開け放たれた窓から、春の夜風が静かに吹き抜ける。王国の闇など意に介さぬように、風は軽やかで、どこまでも自由だった。
「……どうして、こんなことになっちゃったのかな」
昔は平和だったのに。 父上も母上も優しく、ノアもまだ素直で、カイはむしろ手に負えないほどやんちゃだった。それが今では――
そんなことを考えながら廊下の角を曲がった瞬間、誰かと正面からぶつかり、床に倒れ込んでしまった。
「すみません、大丈夫ですか?」
慌てて手を差し出す。相手は顔をしかめて僕の手を取り、ふわりと立ち上がった。月光が彼女の長い藍色の髪を照らし、星のように輝く瞳がこちらを見つめる。
綺麗……
思考が一瞬、止まった。口が勝手に動く。
「あなたは……?」
少女は少し驚いたように瞬きをしてから、柔らかく微笑んだ。
「セイラ・レオンハートと申します」
レオンハート家――セルラルド王国の公爵家の一つ。その中でも特に力を持つ家柄だ。
どうしてこんな時間に、そんな人物がここに?
そう思った矢先、遠くから怒声と足音が響いてきた。
「まったくどこへ行かれたんだ!」
「見つからなければ、チトセ殿下に殺されるぞ!」
騒然とした気配が近づいてくる。
「誰かを探している……?」
声の方に向かおうとすると、少女に素早く手を引かれた。
「こっち!」
「えっ、うわ!」
そのまま近くの部屋へ押し込まれる。扉に鍵がかかった。がやがやしながらその前を通り過ぎていく人たち。少女は僕の口を押さえ、隙間から廊下の方をじっと見つめていた。声が聞こえなくなると、彼女はようやく息を吐く。
「驚かせてごめんなさい、少し焦ってしまって」
そう言って初めて僕の口をふさいでいることに気付いたのか、慌てて手を離す。新鮮な空気を吸いながら辺りを見渡して、ふと気づいた。この部屋、父上の側近が使っていた部屋だ。本棚に囲まれた机の上には、一冊の古びた本が置かれている。
「帳簿、かも!」
胸が高鳴る。何日も探して見つからなかった手がかりが、こんなところに。机に向かい本を取って、ページをめくる。
――年7月7日 国王が即位された。王妃もたいそうお喜びのご様子。
「……日記?」
どうやら、側近が記した日記の様だった。罪悪感があるものの、パラパラとページをめくる手は止まらない。
――年3月24日 第一王子が誕生され、“ノア”と名付けられた。立派な王子になられるよう願っております。
――年5月13日 カイ坊ちゃまが初めて友人を作られたと、メイドたちが大騒ぎしていた。
「ここで終わってる……?」
日記は中ほどで途切れていた。最後の筆跡は荒く、殴り書きしたようにも見える。
――年4月8日 最近、王と王妃の様子がおかしい。周りは気づいていないが、徐々に力を失われているように見える。ノア様に伝えるべきだろうか。
最後の記述は、数年前。そこで終わっていた。父上と母上に、異変があった? 胸の奥が、ひやりと冷えた。
「カイに、伝えないと。もしかしたら――」
そう、部屋を出ようと振り向くと。
「ふ〜ん」
少女が、扉の前に立っていた。先ほどとは雰囲気違う。その瞳は、どこか愉しげに細められていた。
「カイって、第二王子のことだよね? つまり君たち、謀反を企てているの?」
その一言で、頭が真っ白になった。完全に忘れていた、人がいるのを。いや重要なのはそうじゃない。
レオンハート家の令嬢が、ここまで踏み込んでいるという事実だ。
「どうしてそう思うの? そんなわけないよ」
微笑んで答えるけれど、僕の発言を彼女に聞かれたという事実は変わらない。だから、セイラの唇が動くのを、ただ見つめることしかできなかった。
どうしよう、どう答える? この状況、どう切り抜ければ――
「それ、協力してあげよっか?」
「……え?」
口が開いた。謀反の話に協力する、それはこの人に何らかの利益があるわけで、あれでもレオンハート家って確か――
「そんなに深刻に考えなくてもいいんじゃない?」
彼女は、花がほころぶように微笑む。いたずらな光を目に宿しながら。
「つまり、僕の味方になるってこと? でも、なんで?」
安堵と戸惑いが入り混じる。味方は多いほうがいい、けれど隣国の令嬢が僕に肩入れする理由が見えなかった。
「ん〜、面白そうだから、かな? それに……ね?」
首をかしげて笑う少女。その無邪気な笑顔からは感情が読み取れない。目的は分からないけれど、魅力的な提案ではある。もしかしたら、隣国へのパイプになるかもしれないし。でも、うーん。
「もしかして……迷惑だった?」
その一言で、思考は崩れた。潤んだ瞳が、こちらを伺っていたから。
「ううん、迷惑なんかじゃないよ! もしできるなら僕の味方になってほしい」
頭を下げて手を差し出すと、彼女はその手を取って、また微笑んだ。
「もちろん! よろしくね――レン」
こうして僕には、セイラ・レオンハートという、少し怪しくて、けれど眩しいほど魅力的な協力者ができた。
*
「だから、この城で情報を集めたいんだってば」
「この国に滞在するってこと? それは難しいかも。正当な理由が必要だからね」
「じゃあ、レンの婚約者になるっていうのは? レンが一目惚れしたってことにするの」
「え゛……」
燦然と輝く瞳が、怪しく微笑む。その笑顔の裏に、映る影は――




