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第三王子は血縁の糸をほどけない  作者: ひまだひまこ
王位継承権編

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25/50

25.父上が回復なさるまで

 ベッドの上に見えるのは、やせ細った父上だった。しかし、その顔色は蒼白ではあったものの、むしろ穏やかにも見えた。そして二週間前の面影はどこにもないほど弱っていた。

 そんな父上の様子を見て、カイが医者に問いかける。


「いつから、こんな状態に?」

「二週間ほど前からです」


 そこで一度言葉を切る医者。話すのをためらっているようにも見えた。


「しかし、三日前、症状が悪化しました。その前から休息をとるように進めていたのですが……陛下は休息をとって下さらず、そればかりかこのことをお三方にも言うなと命じられていました」

「そんな父上の戯言に従う必要はないよ。おそらく熱で朦朧としてたんだろう」


 カイは鋭く言い、医者を睨む。医者は体を震わせ、目をそらしておそるおそる口を開いた。


「お言葉ですがカイ殿下、私共の中に王命に逆らうことが出来る者はおりません」

「それならなんで連絡してきたの?」


 そう僕が言うと、医者は目を伏せた。


「陛下はおそらく、病気ではございません。私が知る限り、このようなことが出来るのは、呪いの類かと

「呪い……どんな呪いなの?」


 父上を死に至らしめるような呪いだとしたら……ノアの顔を見る。その顔にいつものへらへらした笑みは無かった。


「それは……」

 医者の隣で小柄なおじさんが、顔をしかめる。白い口髭に青と紫のローブ。胸元には金色の紋章が光っている。この国最高峰の魔術師、マーリン・カミラだ。


「はっ、この呪いも、誰にかけられたのかもわからないんだな? なーにが最高の魔法術士だよ。いっそここで殺しててやろうか?」


 ノアが声を荒げて魔術師の首根っこをつかむ。


「兄さん。今、そんなことを争っている余裕はない」


 カイが鋭く言い放ち、ノアは舌打ちをして手を離した。魔術師は苦しそうな咳をする。


 部屋の中には静寂が訪れた。カイは考えこみ、ノアは苛立ったように部屋の中を歩き始める。医者はうつむき、魔術師は父上の方に手を向け、回復の呪文を唱えるが、何かに邪魔されたようにその魔法は途中ではじけ飛んでしまう。父上のやせこけた頬――その横顔は微動だにしない。


 不意に扉が開き、大量の紙束を抱えた女性が入ってきた。どさっと紙を置き、僕たちの方を向いてにこりと微笑む。


「お久しぶりです、皆さま」

「レベッカ先生!」


 僕の声と共に、カイの顔が安心したように緩む。その後ろでノアは嫌な笑みを浮かべた。彼女の名は、レベッカ・テイラー。父上の左腕とも呼べる女性で、主に政治の面に幅広い知識を持つ。そして、僕の先生の一人でもあった。


「元気そうでよかった」

 彼女の顔には深い疲労の色が刻まれており、父上のいない間の苦労が伺えた。


「私は国王の補佐として、ロアスタ達と残された業務を行っていました。けれどあなた方が戻られた今、法令に基づきその権威は代理人に受け渡されます」


 そしてノアの方を向き、片膝をついた。


「ノア殿下。国王の体調が芳しくない今、王位継承権第一位のあなたが法令の基づき、代理人として国を統治する必要があります」

「……」


 やっぱり、暫定的にノアが国王になるんだよね。当人は偉そうに、得意げな笑みを浮かべ口を開く。


「あぁ、もちろんだ。レベッカ、公務とはいえお前と四六時中一緒にいられるんだからな」

「……ありがとうございます」


 彼女の声色は変わらないけれど、表情は暗くなった。それもそのはずノアは彼女を慕っていて、自分の(未来の)ハーレムに加えようとしつこく絡んでいた。彼女は立場的にも逆らうことはできず、自分の迷惑さを察せる頭が、ノアには無い。


「じゃあいこうか、レベッカ」


 立ち上がったレベッカにそう言い、廊下へ向かっていくノア。彼女は慌てて書類を拾い上げ、扉の奥へと消えていった。


「大丈夫かな、レベッカ……」

「まぁ、兄さんの頭が、そこまでおかしくないことを祈ろう。それよりも、父上が……」


 カイと僕は再び父上に視線を戻す。まるで眠っているかのようなその横顔は、もはや死んでいるようにも見えた。


「あの、カイ様……」


 それまで黙っていた魔術師が、おそるおそる声をかけてくる。その手は体の前で強く握られていた。


「どうした?」

「あくまで、可能性の話なんじゃが……」


 目線が不安げに揺らぎ、戸惑いがちに伏せられる。


「言ってみて」

「古来……黒魔術の一つに“操り人形”というものがあってのう。使役者が己、若しくは他者の魂と代償に呪いをかけた者を操るという術じゃ」

「操り人形?」


 いぶかしげな顔をするカイ。僕も同じ気持ちだった。黒魔術は使用が禁止されている(いにしえ)の魔法で、よほどの魔力が無いと発動なんてまず困難だ。


「強すぎる負荷をかけられると、朦朧と混濁に襲われ仮死状態に至る。その姿はまるで()()()()()()()()と言われれておるんじゃ」

「死んだように、眠る……」


 その言葉に、カイと僕は父上の方を見やる。まるで――死んでいるかのように、眠っていた。


「その呪いの解除方法は?」

「使役者以上の魔力を持った人間にしか解けず、その解き方も至極難解なものじゃと……儂も試してみたんじゃが、最初の一行で魔力がつきかけたわい」

「そんなに!?」


 この国で一番の魔術師が……

 驚く僕をよそに、カイは眉をひそめて尋ねる。


「どうしてそれを、兄さんがいる時に言わなかったの?」

「ええと、ノア様はじゃのう……」


 言い淀む魔術師。その葛藤に、答えが現れているようにも見えた。カイはため息をついて首を横に振る。


「言いたくないなら無理には聞かないよ。けれど、それを僕たちだけに教えてどうするつもり?」

「幸いなことに、“操り人形”は、相手を殺すほどの力はないんじゃ。敵の出方が分からない以上、こちらが強くなるほかはない。もしかしたら次は、おぬしらの番かもしれないのじゃから」


 魔術師は強く言い切り、僕たちの顔を交互に見渡す。その言葉に、一抹の不安がよぎった。


「そこでパルメシア学院への入学を、強くお勧めするんじゃが」

「パルメシア学院?」


 その言葉を繰り返して、僕ははっと気づいた。ここ、僕への推薦が来てた、ルミナスの魔法学校だ!


「僕、そこから推薦来てたよ。色々興味があるから行ってみようと思ってたんだよね」

「真かのう! あそこから推薦を貰うとは、さすがの力量じゃ!」

「どういうところなの? パルメシア学院って?」


 僕の問いに、昔を懐かしむように答える魔術師。


「由緒正しき名門学校で、この大陸隋一の魔術師養成学校じゃ」

「なんか凄そうな場所だね……」

「凄いどころではないぞよ!!」


 ずいっと顔を前に突き出し、大きな声でまくしたてる魔術師。心なしか、目が輝いている。


「魔術を習う者であれば誰しもがあこがれる夢の道なんじゃ!」

「は、はぁ」


 熱く熱意に満ちた言葉に、やや圧倒されながらもうなずく。そんな僕の様子を見て、我に返ったように魔術師が咳払いをした。


「とにかく、そうされるのがよろしいんじゃと。カイ様はどうなさるのじゃ?」


 その言葉に見ると、カイは腕を組み考え込んでいた。その口が覚悟を決めたように開く。


「僕は遠慮しておくよ」

「何故じゃ? ま、まさか弟君にだけ推薦が届いていたのかのう?」

「いいや、この国をノアに任せておくのは、少々心配だからね」


 その言葉には、強い意志が込められていた。

 ノアを王にするわけにはいかない、そう持ち掛けたのは自分なのに。


「やっぱり僕も――」

 僕の言葉を遮るように、カイが言葉をかぶせてくる。


「僕は僕のできることを、レンはレンのできることをやろう」

 自身に満ち溢れた、力強い笑顔。カイの澄み切った心の中を体現したような笑顔だった。


「そうじゃのう、非常に残念じゃがそれもまた、一つの決断なのじゃろう」

 魔術師は残念そうにしみじみと言って、それから僕の方を向いた。


「ではレン様、学院が始まるまでの間、儂と部下達が鍛えて差し上げますわい。それくらいしなければ、オルフェオ王国の恥さらしとなってしまうからのう」

「え?」

「それでは今から参りましょうぞ」

「え? え?」


 魔術師は僕の腕をむんずとつかむなりそのまま引きずっていこうとする。そんな様子を見てクスクスと笑いながら、カイも後に続く。


「じゃあ僕もノアのもとに行ってこようかな。どうせ、地獄のような戦場と化しているだろうから」

「えっ? カイ?」

「じゃあね、レン」


 優雅に手を振り、カイはそのまま廊下を歩いて行ってしまう。残された僕は、恐る恐る魔術師の方を振り返った。その顔には満面の笑みが浮かんでいる。


「これから毎日、みっちり修行できますわい」


 僕の悲鳴が、雲一つない青空に響いた。




 *

 後ろを振り返ると、魔術師に半ばひきづられているレンが見える。レンには剣術だけでなく、魔術の才能もあるから、それを伸ばして欲しい。僕にはできないことだから。


 ノアの部屋へと向かう途中、渡り廊下の窓から外を眺める。いつのまにか、緑の木々は黄色や橙色へと変わっていた。吹き抜ける風さえも冷たく、もう、秋の訪れを感じさせる。

 秋は収穫祭もあるし、農民にとっては大切な時期だ。くれぐれも問題が起こらないようにしなければ、と一層気を引き締める。廊下を渡り終え階段を登っていると、声が聞こえてきた。これは……レベッカの声だ。


「おやめください、お願いですノア様!」

「……」


 くぐもったノアの声は聞こえなかったけれど、レベッカの声はあまりにも悲痛に満ちていた。慌てて階段を登りノアの部屋へと向かう。勢いよく扉を開けると、椅子に座ったノアと目があった。涙を浮かべたレベッカが、床にへたり込んでいる。


「ノア! レベッカに何をした!?」

 彼女はよろめきながら立ち上がり、涙を拭った。そして笑みを浮かべる。


「何でもありません、カイ様。何もなかったのです」

 その笑みの弱々しさが、これ以上踏み込ませてはくれなかった。彼女の心拍数は上がっていくけれど、ノアの脈拍は一定で変化がない。


「別になーんにもないぜ? ただレベッカが……」

「あぁノア様、おやめくださいませ。カイ様、お願い致します、何も聞かないでください」


 ノアのいつもの余裕ありげな顔がくしゃっと歪む。僕もそこまで言われて、問い詰めるわけにはいかなかった。


「……分かった。それで、僕も何か手伝えることはないかと思って来たんだけど」

「それでしたら書斎へ参りましょう。では、こちらへ」

「……うん」


 最後に、ノアを見る。彼の手は、休まることなく動いていた。


「カイ様?」

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