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第三王子は血縁の糸をほどけない  作者: ひまだひまこ
王位継承権編

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24/50

24.一難去ってまた一難

 月がようやく眠気を感じ始めたころ、僕とセイはバルコニーに立っていた。

 雲ひとつない夜空に、満月が静かに世界を照らしている。


「セイは満月の時しか男になれない? でも、演奏会は男の姿だったし、僕と会った時も男だったよね?」

 僕の問いに、セイはふっと笑って右手を掲げた。月光を受けて、指に嵌められた銀の指輪がきらりと光る。宝石が埋め込まれたその指輪は、まるで星のように淡く輝いていた。


「それは、これのおかげなんだ」

「指輪……?」

「そう。この指輪に魔力を流し込めば男の姿になれる。消費量が多くて、効率が悪いけどな」


 そう言って、セイは左手で指輪を軽く叩いた。その仕草はいつも通りの軽く、底が見えなかった。それを聞いて、僕の胸の中にある確信が生まれる。


「じゃあ、セイラが倒れた時って、もしかして……」

「そ。あの時は魔力を使いすぎたんだ。なにしろ演奏会の準備中、ずっと使ってたから。でもあの時は大変だったんだぜ?」

 セイは肩をすくめて、わざと頬を膨らませてみせる。


「盗賊みたいなのに付け回されててさ。戦うには、元の姿に戻るしかなかった」

 記憶がよみがえる。確かにあの時、地下にいたのはセイだった。


「あの時、セイは、盗賊と戦ってたってこと?」

「そう。お前が来た時、俺、ほんっとにびっくりしたんだぜ? なにせ後ろに死体が転がってたからな?」

 セイはそう言って笑うけれど、その目の鋭さは消えない。月光が彼の横顔を照らし、影が深く落ちた。


「そういえば……レンはなんであそこに来たんだ?」

 不思議そうに見つめてくるセイに、僕は視線を返しながら答えた。


「なんか、女性に、そこでセイラを見たって声をかけられたんだ」

「げっ、ほんとかそれ?」

「うん。ただの勘だけど……ルミナスの人だと思うよ? 雰囲気がそんな感じだったから」

 セイの顔が強張る。月光が彼の瞳に反射し、わずかに揺れた。


「ってことは……俺の正体、もしかしてそいつらにバレてる?」

「それは分からないけど、バレたらやばいのは分かるよ。まぁその可能性は高そうだけどね」

 そう言うと黙り込んでしまう。風が少し強くなり、夜の深まりを告げていた。僕はセイの横顔を見つめながら、静かに思う。


 強国セルラルドの第二王子が、実は女になる呪いをかけられていたなんて。下手すれば国の存続を揺るがす大問題になりうる。それでも――それでも、僕を信じて言ってくれたんだ。


 僕にだけは真実を語ってくれた。その事実が、胸の奥で静かに熱を灯していた。


「どうして、セイはその呪いにかけられたの?」

 胸の奥に引っかかっていた疑問を投げかける。なぜ彼がそんな理不尽な運命を背負わされているのか。


「それが、分かんないんだ。俺がこの呪いを発症したのは、忘れもしない、六歳の時だった。唐突に、女の姿になったんだ」

 言葉には悔しさが滲んでいた。それでいて、どこか腑に落ちない――そんな口調だった。突然、何の前触れもなくかけられた呪い……


「呪い、解けないの?」

 僕の問いに、セイは肩をすくめて、呆れたように言った。


「解けてたら、今頃は俺に呪いかけた奴を半殺しにしてるって!」

 その言葉に、思わず苦笑いした。けれど、その暗い瞳の奥には、苦しみが宿っている。


「でも、解けない。それほど高度で複雑な呪文なんだ。凄腕の魔術師か、俺をものすごーく恨んでる奴かわからないけど、とにかく難解らしい。一生解けないかもしれないんだ」


 その言葉に、僕は息を呑んだ。一生、女の姿で生きるかもしれない。もし自分がそうなったら、と想像するだけで、背筋が冷えた。セイは、その恐怖を抱え続けてきた。そして、これからも抱え続けるんだ。


「数年かけて、敵の所在地は調べられた。すぐさまそこに向かったよ。けど、そこは辺り一面魔力が満ち溢れていて、詳しく調べるのは困難だった」

 セイは拳を握りしめた。その手が悔しそうに震えている。魔力が満ちている場所、それはつまり。


「ルミナス王国、だったんだね……?」

「……あぁ、俺に呪いをかけた人物は今、生きていて、ルミナスのどっかにいる。それだけは、分かってる。けど逆に言えば、それ以外は何も分からないんだ」


 ルミナス。その名を聞いた瞬間、母上のことが頭に浮かんだ。忙しくて気に掛ける余裕がなかったけれれど、行方が分からない母上。何かが繋がっているような。僕は、ルミナスに行かなくちゃいけない。なぜだか分からないけれど――全ての答えが、そこにある気がした。


「セイ、僕、ルミナスに行くよ」

 夜風が静かに吹き抜けるバルコニーで、僕はそう告げた。月は高く昇り、雲の切れ間から淡い光を落としている。セイは驚いたようにこちらを見た。瞳がわずかに揺れる。


「ルミナスに?」

「うん。色々と確かめたいこともあるしね。それに……」


 演奏会で出会った、あの美しい女性。カイの()()様子からして、彼女も無関係ではないだろう。王族に対抗できるのは、自分も王族である場合のみ。セルラルドでないなら、それはすなわち――ルミナスの王族。


「僕、ルミナスの魔法学校から招待状が来てたんだ。それを口実に、ルミナスに行ってみるよ」

 そう言って笑顔を見せると、セイもいつもの笑みを浮かべた。


「それなら、俺のとこにも来てたぜ。……じゃあ俺も、ルミナス、行こっかな」

「ほんと!? ……お互い、頑張ろうね」

「あぁ。ってレン、俺のこと、外ではちゃんとセイラって呼べよ?」

「わかってるよ!」

「ほんとかー? 怪しいけどな?」


 セイは一転して生意気な口調を叩き、笑い出した。その笑い声につられて僕も笑う。バルコニーに、明るい笑い声が広がっていく。月光が二人の影を並べて、床に落としていた。その笑い声も収まり、沈黙が流れる。ふと、セイが僕の方に向き直った。


「そういえばレン、俺――」

「レン!」


 突然、扉が激しく開いた。重い音が部屋の空気を切り裂き、カイが焦った様子で飛び込んできた。蒼白な顔。目は僕だけを捉えていた。


「大変だ、レン、父上が!」

 その言葉に、胸がざわついた。普段冷静なカイが、こんなにも取り乱している。嫌な予感が背筋を冷たく撫でていく。


「父上が、危険な状態らしい。今すぐここを発つよ」

 その声は確かに耳に届いていた。けれど、脳が理解を拒んでいた。血の気が引いていく。


「ち、ちうえが? どうして……突然?」

 なんとか言葉を絞り出す。 カイは一瞬だけ目を伏せ、そして静かに告げた。


「おそらく、何らかの“呪い”にかけられているそうだ」

 その言葉に、肩がピクリと反応する。先ほどのセイの言葉が、胸の奥で重く沈んでいく。

『ある日突然かかって』 『一生解けないかもしれない』


 月が雲に隠れ、部屋の光が一瞬だけ揺らいだ。風が止まり、空気が張り詰める。笑い声の残響はもう消え、代わりに静かな恐怖が、部屋を満たしていた。僕は父上の名を心の中で呼びながら――この夜が何かの始まりであることを、直感していた。

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