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第三王子は血縁の糸をほどけない  作者: ひまだひまこ
王位継承権編

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23/50

23.君に出会えて

「え……?」

 月明かりが部屋を満たし、雲の切れ間から差し込む光が、藍色の髪を淡く照らしていた。その姿は気品に満ちていて、どこか現実味がない。まるで、美術品のようだった。


「俺の名はセイ・セルラルド・アリエスタだ」


 その言葉が、空気を切り裂く。セイラがいた場所には、見慣れたはずの、けれどまるで別人のような少年が立っていた。月光が彼の輪郭を浮かび上がらせ、影が床に長く伸びる。


「セ、イ……?」

 声が震えた。 頭の中が混乱して、言葉がうまく繋がらない。セイが、セイラ?  じゃあ僕の知っている彼女は、誰のこと……?


「あぁ、俺はこの国の第二王子で、セイラは仮の姿だ」

 追い打ちをかけるように、その声が胸に響く。いつもの何倍も低く、重く感じられるその声。まるで、心の奥に直接語りかけてくるようだった。


「セイラ、は、セイだった……ってこと? どういうこと……? なんで……?」


 言葉が喉に詰まる。頭がこんがらがって、思考がまとまらない。そんな僕を見つめて、セイは目を伏せた。


「俺が女の姿をしているのは、呪いのせいだ。満月の夜、月明かりを浴びた時だけ、元に戻れる」

 その言葉に、嘘は感じられなかった。真剣で、苦しそうで、言葉を絞り出すように言うセイ。


「俺は、俺だ。外見一つで、俺の価値が変わるなんておかしいだろ」

 拳を握り、顔をしかめて、そう吐き捨てる。その姿は、怒りよりも、悲しみに満ちている。


「だから、この立場を利用した。呪いを解くために。お前に近づいたのは、優秀な駒が欲しかったからだ。兄さんには――猛反対されたけどな」

「僕を……利用? そのために近づいたってこと?」


 僕の声は、震えていた。信じていたものが崩れていく音が、心の中で響いていた。セイは僕の表情を見て、苦々しげに吐き捨てる。


「そうだよ、そうするつもりだった! だから、お前に協力するふりまでして……だけど……お前のことを知っていくうちに、お前を騙すことが辛くなった。お前を裏切ることが苦しくなった。お前はいつも純粋な好意を俺に向けてくれて……それが俺にはまぶしすぎたんだ!もう、これ以上お前を騙せないんだよ、レン!」


 その瞬間、セイの目から涙が零れ落ちた。あとからあとから、頬を伝っていく。月明かりがその涙を照らし、真珠のようにきらめかせる。


「ごめん、レン。お前を騙して、裏切って。お前は俺のことを信じてくれたのに、言えなくて……! 本当にごめん」


 震えた、弱々しい声が耳に届く。その声が、僕の視界をぼやけさせた。温かいものが頬を伝っていく。もう、限界だった。


「セイラ……言ったよね? 僕を信じてくれるって。協力してくれるって!」

 いつも明るくて、笑顔で、僕の前を歩いて、名前を呼んでくれた。褒められたらちょっと照れて、食べ物に目を輝かせるところが、すごく、可愛かった。



 僕は……セイラのことが好きだった。



「ごめん、本当にごめん」

 でも、そのセイラはもうどこにもいない。セイラ・レオンハートという存在は、もう――いないんだ。


 目の前にいるのは、藍色の髪を揺らす少年。 肩を震わせ、頭を深く垂れて、言葉にならない後悔を背負っている。許せないはずなのに。それでも、今のセイを前にすると、感情は静かに崩れていった。


 だから代わりに、行き場のない気持ちを空へと吐き出した。


「……僕、失恋、したんだね」


 その言葉に、セイの頭が勢いよく上がった。瞳が驚きに染まり、月の光を受けて、涙の跡がきらりと光る。


 僕は、精いっぱいの笑顔を浮かべた。

「セイラのこと、好きだったよ」

「っ、レ、ン……」


 セイの瞳が揺れる。右に、左に。感情を持て余したように、焦点を定められずに。その顔は、もうどうしようもないくらい苦しそうだった。そんな姿を見ていられなくて、大声を上げる。


「だから!」

 濃紺の瞳は、不安定に揺れた。


「だから、セイ。君は……僕を裏切らないで。約束だよ?」


 また、セイの瞳が大きくなる。その目の奥には、罪悪感と後悔が渦巻いていた。押しつぶされそうになっているその瞳が、壊れてしまう前に――僕は言葉を重ねた。


「約束して。絶対だからね?」


 沈黙が落ちる。そしてセイは、ゆっくりとうなずいた。


「……あぁ、約束するよ、レン」


 その声は静かで、けれど力強かった。今交わされた約束、それだけを信じるほか、ない。


「今度こそ破ったら、許さないから……だから、気負い過ぎないでよ……僕は、いつもの生意気なセイが良いんだよ」


 その言葉に、セイは一瞬だけ目を見開き――そして、あきれたように笑った。


「っレン……ほんっと、お前にはかなわないんだからさ!」


 その笑顔はもう、曇ってはいなかった。瞳は前を向いている。月が雲の隙間から顔を出し、部屋に光が戻る。その中で、僕たちは並んで立っていた。



 *

 同時刻。

 カイは廊下を急ぎ足で進んでいた。渡された資料に関して、どうしてもチトセに確認したい点があったからだ。階段を下り、重厚な扉の前に立ち、軽くノックを打つ。


「カイです、夜遅くに失礼します。ここの資料の点で、次回の演奏会に……」


 扉を開け言いかけた瞬間、視界に入ったのは――見知らぬ男だった。すらりとした体格に、髪が月光を受けて揺れている。その横顔は彫刻のように整っていた。男は困ったように微笑んだ。その笑みは柔らかいのに、どこか冷たい。まるで、仮面を被っているようだった。


「あぁ、チトセさんなら今、席を外しているよ」


 声は低く、よく通る。けれど、どこか冷たく響いていた。カイは一歩、無意識に後ずさる。その時ふと、男の手に目が留まった。細く、けれどしっかりとした指先には銀色の指輪が、月光を受けて淡く光っていた。


 その光は、妙に冷たく、鋭く――まるで、何かを警告しているようだった。

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