19.まるでセイラにまかれたようだ
温かい陽の光が差し込むお昼過ぎ。セイラは満足げに笑って、手を軽く振った。
「ごめん、ちょっと……行ってくるね」
「わかった。ここで待ってるよ」
彼女の背中が人混みに紛れていく。市場は賑やかで、焼き菓子の匂いが風に乗って漂ってくる。さっき食べた白いやつ――ファフパフって言うらしい――意外と美味しかった。セイラが戻ってきたら、次は何をしよう。そんなことを考えながら、僕はベンチで足をぶらぶらさせた。
けれど、時間が経つにつれて、胸の高鳴りは不安へと変わっていった。セイラが……戻ってこない。もう三十分は過ぎたのに。不審に思い始めたその時、ふいに声をかけられた。
「あの……」
振り向くと、女性が二人。どこか戸惑ったような表情で、僕を見ていた。
「はい、何か?」
「ついさっき、あなたと一緒にいた女の子が黒ずくめの人たちと、裏路裏へ入っていったのを見たんです」
「黒ずくめ?」
「間違っていたらごめんなさい、ただ、少し不安になってしまって……」
「どこですか。案内してください」
僕の声は、自分でもわかるくらい低くなっていた。二人は目を見合わせたが、すぐにうなずいた。
「この辺は道が入り組んでますから……ついてきてください」
薄暗く、ひんやりとした路地に響く足音。いくつもの角を曲がり、ようやくその足が止まった。
「ここ、です」
そう指さした先はよく見えなかった。足元を生ぬるい風が吹き抜ける。
「ありがとうございます、助かりました」
「気をつけてくださいね。警備の方には知らせておきます」
礼を言って、僕は路地へと駆け込んだ。けれどすぐ、壁に突き当たってしまう。行き止まり? いや、そんなはずはない。かすかだけど、人の気配がする。そう思って注意深く辺りを見渡すと、一つだけ、出っ張ったレンガがあった。それを押すと、低い音とともに壁が崩れ、湿った土の匂いが流れ出した。
セイラ……!
階段を一気に駆け下りる。 奥の方から、男たちの声が聞こえてきた。
「思ったとおり……これは早く……」
「――逃げられるとでも思ったのか?」
ようやくドアの前まで辿り着き、その取っ手を回す。開かない!?
「セイラ! セイラ、いるの!? 返事して!」
扉をたたくと、すぐに驚いたような返事が返ってきた。
「レ、レン……!?」
何かが倒れる音とともに、ドアが開いた。
顔を出したのは――セイだった。
「セイ!? なんで……!? セイラは!?」
「セイラ? ここには来てないけど……どうかしたのか?」
セイは一歩前に出て、ドアを後ろ手で静かに閉める。その隙間から、一瞬だけ赤く光る何かが見えた気がした。
「何があった?」
心配そうに聞かれて、僕は、さっきの出来事を手短に説明した。セイは腕を組み、顎に手を当てて考え込む。
「こっちには誰も来てないけど……何かの勘違いじゃないか?」
「でも、セイラが戻ってこなかったから、心配で」
「まずは元いた場所に戻ってみろ。もしかしたら、もう戻っているかもしれない」
「……分かった、行ってみる」
階段を駆け上がりながら、ちらりと振り返る。セイはまだ静かにこちら見つめていた。
……どうしてこんな場所にセイが?
記憶を頼りに、走って最後の角を曲がる。そこで、息をのんだ。藍色の髪が日差しにきらめいているのが見える。
「あ、レン! どこ行っていたの?」
頬を膨らませて、こちらを睨むセイラ。
「……え?」
頭が真っ白になる。
「プレゼント買って戻ったら、レンがいないんだもん!」
そう言って、セイラは紙袋を持ち上げてみせた。
「な、なら……よかった……」
安堵で膝から力が抜けそうになる。
「で、レンはどこに行ってたの?」
「え、えっと……散歩に……」
言い訳のようにそう言うと、セイラの目が一瞬だけ揺らいだ。けれど、すぐに元の明るい笑顔に戻る。
「そっか、ならよかった! さぁ、お買い物再開しよっ!」
くるりと踵を返すセイラ。 けれど、次の瞬間――その足元がふらりと揺れた。
「っ……!」
「セイラ!?」
倒れかけた体を支えると、彼女の熱が腕に伝わる。思わず手を離しかけるほどの熱さだ。
「どうしましたか!?」
慌てて走ってきた護衛らしき男。
「セイラが倒れました。すぐに帰る手配をしてください」
「は、はいっ! ただちに!」
男は胸元から通信器具を取り出し、そこに叫ぶ。
「セイラ様が倒れた! “アレ”の使いすぎだ、急げ!」
“アレ”……? 使いすぎ……?
疑問が脳裏をよぎる。けれど、今はそれどころじゃない。僕はセイラに体を冷たくする魔法と、気休めの回復魔法をかけ始めた。
その胸に、不安と、わずかな疑念を抱えながら――




