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第三王子は血縁の糸をほどけない  作者: ひまだひまこ
王位継承権編

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18/50

18.セルラルドの城下町で

 嵐は、突然やってくる。


「よし、終わり!」

 手に残っていた最後の手紙を置いて、大きく伸びをする。涼しい風が、さらりと頬を撫でた。頬杖をついて、雲がゆっくりと動いているのを眺める。


「もう、ここともお別れかな」

 コンサートが終わり、王子としての任務も終了して、この国に残された義務はすべてやり終わった。けれど、セイラには一度も会えていなかった。それに、ノアだけをこの城に残して帰るのは……不安で仕方がない。

 背後から、ふわりと風のような気配が近づいてくる。


「レン! 遊びに行こ?」

 振り返ると、そこには微笑んだ少女が立っていた。陽の差し込む部屋の中で、彼女の髪が光を受けて揺れている。きらめく瞳は僕を捉えて、僅かに揺れていた。


「ひさしぶり! そんなに驚かなくてもいいのに」

「セイラ? なんでここに!?」


 立ち上がりながら僕は答える。人の気配がしなかった。それに、部屋、鍵かけておいた気がするんだけど……? 不思議に思いつつも、彼女のその服装に首をかしげる。


「その服……」

 レースも刺繍もない、動きやすそうなワンピース。街の女の子が着るような、軽やかな装いだった。


「レンと一緒に、セルラルドの市場に行こうと思って。変装だよ!」

「市場? セイラと?」

「え……レンは、一緒に行きたくないの?」

 不安そうに眉をひそめる彼女に、すぐに首を振る。


「ううん、そういうわけじゃ」

 ない、という返事を待たずにセイラは顔を輝かせて、手を握る。


「じゃあ決まりね! ルグナー、服、お願い」

 その声と共に、扉の向こうからメイドが現れた。何かを抱えながら。


「それ着て、30分後に裏庭集合ね。絶対遅れないでよ?  じゃ、またあとで!」

「え? ちょセイラ」


 ひらりと身を翻して去っていく彼女の後に続いて、メイドがお辞儀をする。その口元には笑みが浮かんでいるようにも見えた。それと入れ替わりに執事が入ってきて、僕の手から服をとる。そしてそのまま着替えの準備を始めた。


「さぁレン様、ぼさっとしてないで早く服を脱いでください」

 執事が前かがみになりながら僕の服をめくる。その手を抑えて、静かに話しかけた。


「ジェームズ、僕一人で着替えられるよ?」

 その声に、生意気変態執事はにこりと微笑む。


「平民の服を? ()()のレン様がですか?」

「……」


 阿呆のように、手を万歳させられている時、なぜだか微笑む執事。その顔に冷たい声を投げかける。


「ねぇ、何がそんなに面白いの?」

「そんな、めっそうもございません。ただレン様もついに二人っきりで城を抜け出すお年頃かと思うと、この胸が嬉しさで締め付けられるだけです」


 大げさまでに、涙を流すふりをするジェームズ。


「出かけるって言っても、セイラは町を案内してくれるだけだよ?」

「あぁレン様、どうかそのような鈍感な発言は私の前だけにしてくださいね」

「はぁ?」


 あきれ顔で尋ね返そうとすると、大きな手が僕の視界を覆う。気がつけば、僕はどこかに立っていた。太陽と、草の匂いと、セイラ。


 あの野郎、何も言わずに僕を飛ばし

「遅いよ、レン!」


 すねた顔で腕を組むセイラ。けれどすぐに笑顔になって、僕の手を引いた。


「さ、行こ!」


 石畳の坂道を下る。朝露が乾きかけた草の匂いが、風に乗って鼻をくすぐる。遠くには市場の屋根が並び、色とりどりの旗が風に揺れていた。陽射しは柔らかく、空は高く澄んでいる。歩くたびに靴の裏が乾いた音を立て、ふたりの影が並んで伸びていく。風に揺れるワンピースの裾が、彼女の足元をふわりと包んでいた。


 市場の入口に近づくにつれて、空気が変わっていく。人の声、笑い声、呼び込みの声。焼き菓子の香ばしい匂い、果物の甘い香り、香辛料の刺激的な香り。目の前に広がるのは、セルラルドの賑やかな街並みだった。


「あ、こっち、ここの食べ物美味しいんだよ!」

 セイラが僕の腕を引く。彼女の手は風にさらされたせいか、少し冷たかった。


「ここは焼き菓子! で、こっちは串焼きで、あ、あれ美味しそう!」


 僕の手には次々と食べ物が積みあがっていく。


「甘いもの大好きなんだよね! レンも好き?」


 そう振り返ったセイラは、足を止めた。ゆらゆらと不安定に重ねられたその山を見て、すれ違う人達が何故か拍手を送る。ぽつりと、声が聞こえた。


「とりあえず、食べよっか?」


 ……とりあえず!?


 市場の端にある木陰のベンチに腰を下ろす。木漏れ日が揺れて、地面に模様を描いていた。遠くでは楽器の音が聞こえ、子どもたちの笑い声が風に乗って届いてくる。セイラが食べているのは、赤っぽくてヌメヌメした何か。


「それ、美味しいの?」

「うん、とっても!」

 笑顔で、棒に刺さった白いものを差し出してく。おそるおそる口に入れると、サクッとした歯ごたえ。中はふんわりしていて、魚……のような。ほのかに甘い味がする。


「これ、おいしいかも」

「でしょ?」

 そう言いながら、セイラは脇にある飲み物を手に取った。その中には、色とりどりの果物が沈んでいる。


「ん? これ欲しいの?」

 ちらっと見ただけの僕に、セイラはすかさず笑いかけた。いたずらっぽく目を細め、手に持ったカップを差し出してくる。


「いいよ、飲んでみなよ」

「……いいの? じゃあ、ちょっとだけ」


 それを受け取って、一口飲む。 甘いのと酸っぱいのと、まろやかな風味。口の中でふわっと混ざって、驚くほど美味しかった。でもやっぱり甘い!


「……あまっ、おいしい!」

 思わず笑ってそう言うと、セイラの動きがピタッと止まった。 彼女は一瞬目を見開いて、それから変にまばたきを繰り返す。


「どうかした?」

「……べつに。なんでもない」

 セイラはすぐに目をそらし、そっぽを向きながら言う。


「それ、もうあげるよ」

「え、いいの?」

 甘いもの好きって言ってたのに、いいのかな? 

 セイラの、小さな団子をもぐもぐ頬張るその姿は、小動物を想像させる。


「じゃあ、もらっちゃうね。ありがと」

 僕が笑うと、セイラが何かを呟いた。


「普通、ちょっとは気にすると思うけど」

「え?」

「なんでもなーい」

 セイラは僕を見ようともせず、次のお菓子に手をかける。


 その横顔は、どこか照れているようで、でも意地を張っているようにも見える。


 風が吹いて、木の葉がさらさらと音を立てる。光が揺れて、影が地面に並んだ。その影を見ながら、僕は思った。平和なこの時間が、ずっと続けばいいのに。


 二人の足元を何かが走る。裏路裏へ消えた先――闇の中にいくつもの目が浮かんでいた。その影たちがこちらを覗いていたことに、僕はまだ気づいていなかった。

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