14.よめない隣国第二王子
「なにをしている、モーモートン」
その声は、空気を切り裂くように鋭く、しかしどこか冷静だった。
曇った視界の奥で、ホールのシャンデリアの光が、少年の瞳に反射しているのが見えた。星のように、やけに眩しく。彼は、静かにそこに立っていた。誰よりも強く、堂々と。
「なんだお前は?」
モーモートンが苛立った声を上げる。その口元には、隠しきれない笑みが浮かんでいた。
「今いいところなんだから、邪魔するなよ」
僕を横目に見て笑う。ざわめきが大きくなった。
「“なんだお前は”とはなんだ。ずいぶん偉くなったな、お前も」
少年は静かに微笑みながら、モーモートンの視線をすり抜けるように歩み寄る。その足取りは、まるで風のように軽い。
「俺はこの国の第二王子だぞ?」
その言葉が落ちた瞬間、ホールの空気が一変した。ざわめきが広がり、誰かが小さく呟く。
「やっぱりセイ殿下だった……」
「あぁ、それに気づかないなんて……」
モーモートンの顔が引きつる。さっきまでの余裕は消え、手をこすり合わせながら、猫撫で声を作り始めた。この態度の変化に気付いたのは、きっと僕だけじゃない。
「だ、第二王子!? いやぁ〜、で、でんか、これはですねぇ……」
セルラルド王国麗しき第二王子は、にやりと笑って一言だけ告げた。
「お前と話すことは何もない……牢屋に連れて行け」
「「ハッ!」」
兵士たちが駆け寄り、モーモートンを取り押さえる。彼の声が、辺りにみっともなく響く。
「せ、セイ殿下!? な、なぜですか!?」
「話は牢屋で聞いてやるよ」
遠ざかっていくモーモートンに、王子は軽く手を振った。その仕草には、あどけない子供っぽさに加えて不思議と威厳があった。僕は、ただ呆然とその背中を見つめていた。同い年のはずなのに、どうしてこうも違うんだろう。
モーモートンを見送っていたセイ王子は、こちらを振り返り、深く頭を下げた。
「うちの者が、すまなかった」
「い、いえ顔を上げてください」
カイへの侮辱と、セイラへの行い。ただそれだけが知りたかった。拳を握り締めると、セイ王子はゆっくりと顔を上げ、僕の耳元に囁いた。
「あとで、一緒に牢屋に行こう。真実を教えてあげる」
その声に驚く間もなく、手を取られる。
「さぁ皆さん、先程はご無礼いたしました。どうぞ、心ゆくまでパーティをお楽しみください」
そう言って、僕の手を引いて歩き出す王子。
「な、何するんですか!」
小声で尋ねながら手を振り払おうとするけれど、抜けない。
「ん? ダンス」
いたずらっぽく笑って、僕を大広間まで引っ張っていく。男同士でダンス!? さっきの空間が嘘のように、和やかな雰囲気が漂い始める。ていうか、力が強すぎて振りほどけない!
曲が流れ始め、王子は僕の手を取って踊り出す。どうやら彼が女役らしい。優雅に回る王子。ダンスも上手いとか、完璧すぎる。
そもそもこの人今、僕の許可なしに踊っているってことだよね? それなら、ちょっとくらいこの顔を崩してみたい。
そう思って少しだけテンポを早めて、独特なステップを踏んでみる。王子は一瞬驚いた顔をしたけれど、すぐに笑って合わせてきた。それだけかよ、とでも言っているような表情。
音楽に合わせて他からは分からないように、少しずつリズムを崩していく。ターンすべきところで止まり、逆に動かないはずの箇所で回ってみせる。これなら、教えられた動きとは違うはずだ。
「っ!」
楽器が止まったタイミングで王子が一瞬体勢を崩した。すかさず手を引いて、もう一方の手で腰を支える。間に合った。
その瞬間、大きな拍手が巻き起こった。曲がちょうど終わった。誰もが盛大に拍手を送っている。
その様子を見て、僕達は顔を見合わせ同時に吹き出した。
「おい、お前、俺に喧嘩売ってきてなんのつもりだ?」
「ごめん、つい」
改めて、と僕は手を前に差し出した。
「僕はオルフェオ王国第三王子、レン・オルフェリア・クライン。よろしく、セイ王子」
「セイ王子? セイでいいよ。俺もレンって呼ぶから」
目を開いておどけて見せるセイ。その笑顔からは、さっきまでの堅苦しさが消えていた。
「それで、セイ、モーモートン伯爵のことなんだけど」
「あぁ、あいつ? ついてこいよ」
華麗に振り返り、歩き出すセイ。すぐにその背中を追いかけた。
絶対に、セイラに何をしたのか聞き出してやる。
薄暗い階段を降りていく。靴音がこだまし、セイが口を開いた。
「ところでさ、お前モーモートンになんて言われたんだ?」
「僕の家族を侮辱して、それから……その、セイラを襲った写真をばら撒くって」
「うわ、最悪。安心しろよ、それ全部嘘だから」
「え!?」
しかめっ面をして吐いた真似をする。けれど、僕の心のどこかでは張りつめた空気が流れている。
「おっ、ついたぜ」
兵士が見張る頑丈な扉の前に立つセイ。
「お疲れ。モーモートンは?」
「はい、G14番に収監されています」
「お、近いじゃん。いつもありがと」
まるで友達のようなやり取り。兵士の一人がこちらを見て、表情を引き締めた。
「セイ様、お気をつけて。囚人ではありますので……」
「わかってるって」
それを聞いて、疑問が浮かび上がってくる。セイは、この第二王子は謎に包まれている。厳格のように見えてユーモアがあるし、その素顔を知らない人もいる。ダンス、おそらくマナー全般は完璧だけれど、看守とも慣れた口を聞いている。
一体、何者なのか。
「おいレン、行くぞ?」
こちらを振り返って手招きをしてくるセイ。でも、その背中を――信じてみたい。




