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序章 『失華ノ代償』

『Recode Soul 〜君に宿る光〜』

スピンオフ作品──



正しいって、誰が決めるの──


失うことが正しいの──


神様なんて…




──信じない!!──




野狐燐華が生きた道。


あなたは何を感じますか──




『Recode Soul -Judgement-』

~狐火の鎮魂歌~







「ラブ〜ぎゅうしてあげるねぇ」

愛犬のラブラドールが尻尾をゆっくり揺らし燐華に近づいた。

まだ7歳の手には大きすぎる顔を、燐華はゆっくりと丁寧に撫でていく。


「今日も仲良しだな。よし!パパと一緒に散歩に行こう。もちろんラブも一緒だ」

父、啓介はラブと燐華を抱き寄せた。

「燈子〜、ちょっと散歩行ってくるね」


「それなら帰りに塩買ってきてくれる?」

夕飯の支度をしていた母の燈子が玄関まで駆け寄って来た。


「塩ね。分かったよ」

啓介は愛犬にリードを繋ぎながら頷いてみせた。


「あとお茶も切らしてるの」


「お茶もね」


「あ、あとお弁当に入れるウィンナーも」


「ウィンナー好き〜!」

燐華は燈子の膝にしがみついた。


「…ウィンナーね」


「あれ?お米もそろそろ…」


「多いな…」


「冗談。塩はお願いね」

燈子はくすりと笑う。

「気を付けて行って来てね。燐華とパパをよろしくねラブ〜」

燈子はラブの頭を両手で包み込み、玄関先で大きく手を振り見送った。


「うん、すぐ戻るから。」


「ママ行ってきます!」


「行ってらっしゃい燐華。ラブもお爺ちゃんだから、あまり遠くに行かないであげてね」


「もちろん」


玄関の扉が音立てて閉じた──




夜の匂いは、少しだけ甘い。

まだ幼い燐華の背丈では、街灯に照らされた路地の端が遠くて、影が伸びていくのが不思議だった。


父親の手の温もりが、燐華の手を伝う。


父の背中も、白衣に染みついたインクの匂いも、髭のジョリジョリもいつだって感じられた。


口癖みたいに繰り返す言葉──


「AIは正しい。必ず、人を救う力になる。」


燐華には、その意味はよく分からなかった。

ただ、その声があれば眠れたし、母も笑っていた。

それで十分だった。


わたし達は、ちゃんと家族だった。



あの日が来るまでは──




──その日、世界は静かに、選別を始めた。









夏の終わり、空が赤く焼けた夕暮れだった。

父はもう帰らなかった。


遠い場所で起きた事故。

ニュースが告げたのは無機質な言葉だけ。

「救助判定は優先度変更──」

テレビのアナウンサーが読み上げる声を、燐華は覚えていない。


ただ、母が叫ぶ声だけが耳に残った。


「どうして……! なんで……あなたは正しいって言ったじゃない!!」


机の上に散らばる書類を掴み、投げ、床に叩きつける音。

燐華は震えながら、その背中を見ていた。

母の肩が、嗚咽で小さく揺れていた。


その日を境に、家の色が変わった。

壁に掛けられた父の白衣も、香りの残ったカップも、

すべてが“失った”という現実だけを突きつけてきた。


聞きたかった。


ママがどうして泣いているのか。


何が正しいのか。


パパは何故帰ってこないのか──



次の日、家にはスーツを来た大人が2人来てた。


わたしは怖くてママの足にしがみついていた。


ただ、ママが泣くから、怖くて──


助けてあげたくて──


でも動けなくて──


何か言ってあげなきゃと思うだけで、支えてあげられる言葉を知る術もなかった。


後に知ったことは、父は AI肯定派の研究者 で、E.L.I.S.I.O.N.関連の仕事をしていた。


『高等知性倫理統制機構(こうとうちせい りんり とうせいきこう)』


通称:E.L.I.S.I.O.N.(エリシオン)


それは、人類の感情を読み取り、争いを避け、選択の自由を残しながら最善へと導く“補助AI”。


そのシステムの管理中に事故は起こった。


管理棟の1つが突如爆発。


棟の3分の2が爆発で吹き飛んだ。


表沙汰では不慮の事故として片付けられているけど、火元や原因は分かっていない。


事故直前、父はまだ生きていた。


要救助者はおよそ60人とされた。


救える者から救おうと最初は自衛隊も含め捜査された。


しかし──


エリシオンのシステムの1つがそれを拒否した。



それが


Orbisシステム──


従来Orbisは個人の適正をみて職業を判別するシステムだ。


しかしそれが、あらぬ形で裏目に出た。


父が重症と判断したOrbisは、今後の職業の適正無しと判断して、父を



見捨てた──



─────────────────────


Orbis判定中──



『対象者──九条 啓介

職業適正:なし

将来的貢献度:低

優先救助順位──除外』



──判定完了。



─────────────────────


その文字列は、ただ冷たく光る数字に過ぎなかった。


父はオービスの救助判定で“後回し”にされたのだ。


それが、父の命を奪った。



────



「AIは正しい。必ず、人を救う力になる。」──



──────



──パパ…



──────







燐華は父親のベットに顔を埋めた。


枕を強く抱き締めて、瞳から溢れるものが染み渡る。


「パパ〜!」


嗚咽は留まることを知らず、部屋中に響いた。


父親を呼んでも、もう応えてくれることはない。


幼いながら、どこかでそれは理解できた。


燐華の名前を何度も呼んでくれた父の顔を思い出す。



苦しい──


会いたい────


パパ〜──────



カチャリと部屋の扉が開いた。

ノソノソと入ってきたのはラブだった。


ラブは重そうな身体を引きずりながら、そっと燐華の隣に座り身体を寄せた。


そしてポトリと何かを落とす。


それは啓介が買ってくれた物。

ラブと遊んでいた時に使っていたぬいぐるみだった。


ラブは燐華の手をそっと舐めた。

クゥ〜ンと小さく声を上げると心配そうに燐華を見つめた。


ラブは再び部屋を出ていくと今度は何かを引きずって戻ってきた。


それは燐華の使用しているブランケットだった。


ラブはブランケットを咥えたまま燐華の横に寄り添うと顔を舐めだした。


燐華は堪えきれずラブを強く抱き締めると、ありがとうと会いたいを交互に言葉にする。


ラブは燐華の頬に顔を寄せた。


そして大きな身体で燐華に覆いかぶさった。



今日も仲良しだな。よし!パパと一緒に散歩に行こう。もちろんラブも一緒だ──



ゆっくりと、優しく。


その夜、ラブが燐華から離れることはなかった。


片時も離れずそっといつまでも寄り添っていた。



まるで、父・啓介の様に。










「燐華!」

燈子の声がリビングに響いた。


部屋の中央にはラブが息苦しそうに横たわる。


燈子は必死にラブの身体を摩った。


階段を駆け下りる音は大きくなり、リビングの扉が開いた。


「ラブ!」

燐華はラブの足をそっと握った。


ラブは燐華の存在に気付くと、クゥンと小さく声を上げた。


顔を上げないところをみると、もう気力は残っていないのだと思われた。


「今お医者さん呼んでるから!もう少しだよラブ!」

燈子は必死にラブの身体を摩った。


燐華は、ラブの名前を何度も呼び泣き縋り、顔をラブの頬に当てる。


ラブの視線は、燐華と合うことは無かった。


もう、見えていないのだろう。


2日前からご飯をあまり食べなくなって、病院に連れて行こうという矢先の出来事だった。


「ラブ〜元気になって〜!」


その言葉に反応するように、ラブは足を数回バタつかせると立ち上がってみせた。


立ち姿が震えてるのが見て取れる。


燈子も燐華も驚いていると、ラブは一直線に自身のおやつを引っ張り出した。



おやつを咥えると、ラブは食べるでもなく2人の前にそっと落とした。


燐華は涙声で小さく呟いた。


「…ラブ、食べないの…?」


そして大きくワンッと低く声を上げる。


『食べて元気になって』──そう言っているようだった。


そしてリビングで崩れ落ちた。


クゥ〜ンと小さく声を上げる。


途端、息遣いが小刻みになる。


ラブは最後の気力を振り絞って、飼い主に心配掛けまいと元気に振舞ってみせた様だった。


ラブはそっと燈子の手を舐めた。


「ラブ!あなたって子は…」

燈子は顔を手で覆う。


「行かないでラブ〜!もう誰も離れて行かないで!燐華を置いて行かないで…」


室内に2人の声がこだまする。


2人はラブを抱き締めて、その身体が冷たくなるまで離さなかった。









あれから数日が経過した。


2人は一気に家族を失った喪失感から身動きが取れなくなっていた。


「…パパ…ラブ…」


また目尻から雫がこぼれ落ちた。



その時──


インターホンの音が家中に響いた。


燈子は誰にも会いたくなかったが、何度も鳴る呼び鈴に足を運んだ。


相手は配達員だった。


大きな箱が玄関に置かれた。


ずしりとした音が玄関に響くと奥から燐華も足を運んだ。


こんな大きな物を頼んだ覚えはなかったが、宛先は確かに野狐家だった。


結構な重みであったが、運べない程ではない。


2人はリビングに箱を運んだ。


中身は何かを燐華は燈子に問うが、燈子も首を捻るばかりだった。


意を決して箱を開ける燈子。


覗き込む2人の目に飛び込んで来たのは、信じられない光景だった。


ラブだ!──


ラブに似てる──


「ラブだよママ!ラブが帰ってきたよ〜!」


しかし何かが違う。


箱の中身をよく見ると、説明書が入ってることに気付く。


燈子は震える手で説明書を手に取った。



そこに書かれていたのは、


亡きラブの細胞と記憶を組み込んだペットAI・OG00-βのことだった。




説明書の内容はこうだった。


愛犬はシステムのマイクロチップで管理されており、亡くなったことを把握することが出来る。


愛犬の保険システムの受理及び施行。


細胞及び記憶の保存、保管及び管理について。


ペットAI・OG00-βによるペットの復元について。



署名サインには


野狐 啓介の名前が記されていた。



啓介──



燈子の目からこぼれた雫はペットAIにポトリと落ちた。


「燐華、パパからの贈り物だよ」

目にいっぱいの涙を浮かべ燈子ほ燐華にそっと語り掛けた。


「…パパ…ラブを連れて帰ってくれたんだね…」


2人はリビングに置いてある家族写真に目を向けた。




パパ、わたしはこの時、心から嬉しかったんだよ…


ウソじゃない…


パパが信じたものをわたしも信じたいと、そう思ったの──



でも、これはまだ始まりに過ぎなかった──




序章 ~完~



皆さん、いつも作品を読んでくださりありがとうございます。


『Recode Soul ~君に宿る光~』のスピンオフとして、6話から登場する野狐燐華の物語の執筆を開始しました。


構想は始めからからあったものですが、やっと形にすることが出来ました。


今後も本編と共に少しずつ他の登場人物のスピンオフを書いていきたいと思います。


皆さん応援よろしくお願いいたします。

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