勇者テュシア
Xにて挿絵公開中。
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@aiueo4564654
来たれ英雄の卵。
それが冒険者ギルドの掲げる人材公募の標語。
けなして笑う者、心で馬鹿にする者、瞳を輝かせる者。賛否両論別れる標語だったが、あながち間違いではない、とヘルトは思う。
ギルドの創設者はかつての勇者であったことは周知の事実であるし、ギルドでも一握りの特急冒険者たちは戦乱の世に生まれていればそれこそ英雄になっていたような豪傑揃いだ。
騎士団を凌ぐほどの戦闘力を誇るギルドは、世界各地にその根を張って、世界が抱える膨大な数の問題を日夜解決している。
つまりは、何が言いたいかというと。
「……どうしてこんなにもギルドは煌びやかなのに、ヘルトさんはお金がないんですか?」
「それはね、一部の奴らが稼ぎ過ぎているからだよ」
ギルドには各地から金が集まる。
依頼料として動く金額だけで世界の取引の三割を占めている、そう言われるほどの組織であり、その総元締めであるこの建物は小国の王宮よりも豪奢なものだ。
大理石をふんだんに使った建物は三階建て。土地不足に悩まされる王都にありながら、その敷地は目を向くほどに広い。
彼らはそんな金の暴力が為す建造物の三階に位置する、応接間に通され、信じられない程にふかふかのソファに並んで座っていた。
「はは……それは、確かにその通りかもしれませんが、あなたはその一部になれるのではないですかな?」
そんな彼らに対面から声がかかる。
その若干しわがれた声の持ち主は、細身の体を黒を基調とした高級な衣服で包み、皺が深く刻まれた顔には苦笑が浮かんでいる。
「そうなんですか?」
「こら、知らないおじさんの話を真に受けるんじゃありません」
「知らないおじさんって……これでもギルド長なんですが」
男の名はランドリック。名乗りの通りこの世界の冒険者ギルドの長である。
本来であれば話すことどころかお目通りすら敵わないような相手に、ヘルトは相も変わらずの口調で言った。
「それで? いつまで待たせるんだ? もう一人ってのは一体いつ来るんだ」
苛立たし気な声に、ランドリックはまだ五分くらいだろ、と言いそうになるのをぐっとこらえて言葉を返す。
「まあまあ、落ち着いてください。手紙はあなた達と同じくらいの時間に届いたことを確認していますので、もう少々お待ちいただければ、と。それよりも、そちらの彼女は?」
今回依頼を出されたのは、ヘルトともう一人。彼らはその人物の到着を待っている最中なのだが、徐々にヘルトの機嫌は悪くなっていく。そんな彼をなだめるように、ランドリックは話を振る。
「本来であれば依頼の内容を部外者に聞かせるわけにはいかないのですが、まあ、今回は不問としましょう。ヘルトさんのお知り合いであれば融通を効かせるのもやぶさかではありません」
本心ではヘルトに突っかかられるのが面倒だから、という理由なのだが、腐ってもギルド長。そんなことはおくびにも出さない。
「あー、こいつは──」
そんな時だった。
背後で音もなく扉が開いたことをヘルトが感じ取った直後、ブーツと大理石が立てる小気味よい足音が室内に響く。
ランドリックの顔がほっとした表情になるのを見て、待ち人が来たことをヘルトは悟った。
「ようこそおいでくださいました。ささ、こちらへ」
彼が指し示したのはソファの右端。ヘルトとはジニアを挟んで座ることになる。
コツ、コツ、コツ。
徐々に大きくなっていく足音は、ソファの横でピタリと止まる。
ふわり、と甘い香りがヘルトの鼻孔を擽った。
一体どんな奴がこんなに待たせたのか。一つくらい文句を言ってやろう、そう意気込んでヘルトは顔を上げてから。
「っ!」
──言葉を失った。
黒曜石のように黒く鋭い瞳。上部で緩やかに纏められた長髪と細い身を包む衣装も闇夜のように暗い。所々施された金の装飾と、その透き通るような肌の白さがあってもなお、彼女が放つ重苦しい雰囲気は中和されることはなく、重苦しい空気を放って彼女はヘルトを見下ろしている。
「お待ちしておりました──」
ヘルトの脳裏に忌々しい思い出がフラッシュバックする。
ドクドクと限界を超えて心臓が動き出す。
ヘルトは、いや誰もが彼女を知っている。
「──勇者テュシア様」
世界を救い、ヘルトを絶望へと叩き落とした少女がそこにいた。




