ジニアの手帳
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@aiueo4564654
「良かったんですか? 訂正しなくて」
翌日、王都の目抜き通りを進むヘルトに、並んで歩くジニアが問いかける。
すでに日は中天に上り、石造りの街並みは惜しみなくその白さを発揮して、眩むような明るさだ。しかし、歓喜にあふれる街の住民は、それすらも歓迎するかのように、道の脇には多種多様な露店が立ち並び、戸を開けた飲食店からは楽しそうな声が聞こえてくる。
そんな陽気な空気にあてられて、瞳を細めながらヘルトは道を行く。
「何を?」
「私も入れて四人一緒です」
「だったらババアも入れてやれよ」
とことこと歩きながら訳の分からないことを言うジニアにため息交じりでヘルトは返す。
「冗談です。でも、あなたは騎士ではないでしょう? あの二人、黙ったままだと怒るんじゃないですか? 特にプリムさん。初対面の私を縛り上げるような頭がぶっ飛んだ人ですからね」
「あー、まあ、後のことを考えると怖いが、背に腹は代えられないだろ? あいつら、俺が冒険者だと知ったら、やっぱ騎士団辞める! なんて本気で言いそうだからな。そうなると四六時中一緒になる。俺たちの計画を考えると、な」
王国を守る騎士。その身分は高く、高給取りだ。対して冒険者は大概誰もがなれる底辺職。職業に貴賤はないと言っても、人気は大きく違う。そんな事実を知っているジニアは。
「ずいぶんとご自分に自信があるんですね。あの二人があなたのために立場を捨てる、と?」
「捨てるさ」
そう断言するヘルトの顔には微塵の疑念も浮かんでいない。
代わりに浮かぶのは、苦虫を噛み潰したような表情。
「でも、すぐにバレて、やはり辞めてきてしまうのでは?」
「そこは大丈夫だ。騎士団は結構人数が多くてな、知り合いと顔を合わせない日なんて結構ある。それに、一度騎士として登城してしまえば、あいつらだって簡単には辞められないだろうさ」
彼女たちは本日より騎士として働くことになる。そのため、今日はわざわざ早起きをして、一緒に行こ! と言ってくるであろうプリムを躱したのだ。
「そう上手く行きますかね……まあ、私としてはどっちでもいいですが」
「? 意外だな。さっさとあいつら通じて勇者と仲良くなれ、とでも言うとばかり」
「彼女達を介して? ああ、そういえばそんな計画でしたね。でもまあ、勇者と仲良くなるのは別に騎士団に入っていなくとも実行出来る訳ですし。……それで、今はどこに向かっているんですか?」
それも俺を選んだ理由だろうが、と胸中で突っ込みながら、ヘルトはジニアへと一通の手紙を渡す。
「? 読んで良いんですか? 読みますよ?」
ヘルトの回答も待たずに彼女は手紙を開いて、その内容に目を走らせる。
『緊急依頼。速やかに冒険者ギルドに来られたし。本依頼を達成した場合、貴君の負債はすべて不問とする』
「どうだ凄いだろう? 俺のこれまでの合計収入より多い報酬だぞ?」
「生涯収支マイナスなんですね、今」
プリムが孤児院を出て行ったのを確認した後、二度寝を決め込んでいたヘルトの元に舞い込んできた手紙。それは冒険者ギルドからの招集状であった。
「これは、ギルドからの?」
「ああ。危険なモンスターの討伐だったり、貴族の依頼だったり、ギルドが絶対に失敗出来ないような依頼を、メンバーを指名して強制的受けさせる。つまりはこれが届いた時点で俺に否定する権利はない」
「だから今日はそんなにちゃんとした格好をしているんですね」
ジニアはちらりとヘルトを横目で見やる。
普段はどこからどう見てもただの村人、といったような風体であるのに対し、今日の彼はどこからどう見ても戦人にしか見えない。
使い古された焦茶色を基調とした戦闘衣はぼろそうに見えて、ほつれなどは一切なく、腰に差した長剣は物々しい雰囲気を放っている。
カチャカチャと金属音を立てて歩きながら、ヘルトは考える。
そう、今回の依頼に失敗など許されない。では、それがどうして俺に──中級冒険者たる俺に──来る、と。
今回の依頼にどこか並々ならぬものを感じて、ヘルトはジニアへと言った。
「着いてくるのは構わないが、気を付けて……おい、その手に持っているものはなんだ?」
「? リンゴです」
「それは見れば分かる。どうしてお前が持っていて、後ろのおっさんは俺に手を差し出しているんだ」
「どうしてですか?」
「お代をください」
「だそうです」
「おっさんを間に挟むな。買ってほしいなら素直にそう言え。……ったく」
言いながらヘルトは財布を取り出し、銅貨をおっさんの無骨な手に渡してから歩き出す。隣を歩くジニアが果実の瑞々しい音を立てているのを聞いて、自分用にもう一つ買えば良かったとすぐさま後悔した。
「しかし、ずいぶんと素直になりましたね。前は地面に寝転んで駄々を捏ねるまで決して買ってくれなかったのに……どういう心境の変化ですか?」
「百点満点の回答を自分で出してるだろうが」
嘆息してヘルトは言う。その顔は引きつっている。
ここ二週間、ジニアはヘルトに様々なお願いをしてきた。やれふかし芋がもう一度食べたいだの、やれ髪を梳く櫛が欲しいだの、やれ可愛い手帳が欲しいだの。その度に天上で鍛えられた駄々がヘルトの財布を襲い、破産寸前と言っても過言ではない。
「まあまあ、良いじゃないですか。こんなに可愛い子からねだられるなんて、あなたの人生ではもう金輪際ありませんよ? お芋は美味しかったですし、櫛も毎日使ってます。手帳なんて私たちの計画もびっしりと書いて、活動記録も残してるんですよ」
ジニアはその言葉に感謝の意を込めた。しかし、ヘルトは。
「さっきはおっさんにねだられた気がするんだが……おい、今、計画びっしり書いて活動記録も残してるって言ったか?」
「言いましたけど?」
「何やってんだ!? お前自分がどんな計画立ててるのか分かってるのか?! そんなもん誰かに見られでもしたら──」
「大丈夫ですよ。私は持ち物に自分の名前を書くほどお子ちゃまではないですから」
「それ俺の名前は載ってるって言ってるよな?! そうなんだよな?!」
「……。お! つきましたよ」
「無視すんな!」
そんなヘルトの悲鳴は、空しく響いただけだった。




