三人一緒
Xにて挿絵公開中。
よろしければそちらもごらんください。
@aiueo4564654
ホワイトソースの香りがヘルトの鼻孔を擽り、次いで楽しそうに騒ぐ人々の声が鼓膜を揺らす。全身の痛みを堪えながらヘルトは瞼を開いてすぐに、自らがリビングの椅子に座らされていることに気付く。
意識のない人間をこんな体勢で放置するな、と文句を言おうとした矢先、彼に声がかかる。
「あら? 起きたの?」
視界に映るのは、若干不機嫌そうな顔をしている少女。テーブルを挟んで対面の椅子に座る彼女の深紅の長髪は多少癖毛気味だが、しっかりと手入れをされているのかしっとりと輝いている。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる長身の体を包むのは白いワンピースと茶色いカーディガン。
宝石のように赤く輝く大きな瞳に高い鼻筋、引き結ばれた薄い唇。大人びた美しさを誇る彼女は一体誰なのか、一瞬ヘルトには分からなかった。
「お前……プリムか?」
「! う、うん。ただいま!」
目を見開き、驚きながら言う少年にプリムはニコリと太陽のように笑って言った。その双眸にはほんの少しだけ涙が浮かんでいる。
万魔の至宝プリム。
第一から第五までの段階で区分けされた魔法。その最難関である第五階位のものを行使できるのは世界で三人だけ。その高見へと僅か十五歳の若さで登り詰めた天才魔法使いであり、勇者パーティの一員。
そして同時にヘルトにとっては、同じ孤児院で育ったいわば家族とも呼べる存在であり、共に学園に入学した仲間でもある。
「二年ぶりか。……なんかいろいろと変わったな」
「ヘルトこそ……」
プリムが魔王討伐に出立してから二年。再び会えた二人の間にどこか甘い空気が流れる。
「僕もいるよ」
「イディオ?!」
右方からかけられた明るい声にヘルトは首を向ける。
そこには同じく椅子に腰かけた旧友の姿。トレードマークであった、短く刈り込まれた緑色の髪に理知的な眼鏡は変わらない。しかし、旅に出る前は同じくらいだった身長は大きく差をつけられてしまったことが、座った状態でも分かる。
にこやかな表情を浮かべる少年に向けてヘルトは言う。
「今も眼鏡をかけているのは頭が良く見えそうだから、なんて理由なのか?」
「ははは、まさか。僕だって成長しているんだ。いつまでもそんな理由じゃないさ──」
キラリと獰猛な光がエメラルドのような瞳の奥で光る。
百武の雄イディオ・ヴァルフォード。
その拳は大岩すらも砕き、その足はドラゴンより高く飛ぶ。されどその常人離れした身体能力も彼の才の前では霞んでしまう。剣、槍、弓、古今東西ありとあらゆる武器を天性の勘で達人レベルに使いこなす超人。
しかしその才に驕ることなく、誰にでも平等に、誠実に接する心優しき少年はプリムと同じ勇者パーティのメンバーで。
「──かけ続けてたら本当に目が悪くなったんだ」
真正の馬鹿である。
「で? どうしてここにいるんだ? 家の場所が分からなくなったのか?」
「違うよ! いくら僕だってあれだけ家が大きければちゃんと帰りつけるさ。そうじゃなくて、家族より先に君に会いに来たんだ。僕たち親友だろう?」
「貴族の家に生まれて良かったな」
イディオの生家であるヴァルフォード家は王国で一、二を争うほどの名門貴族だ。その屋敷はこの王都で王城に次ぐ広さと豪華さを兼ね備えている。本来であれば平民たるヘルトには関わることすらできない人物であるのだが、学園の同級生という偶然が奇跡的に彼らを結びつけた。
「ふふっ」
「あははははは!」
「ははっ」
誰ともなく笑いだす三人。
ある者は目に涙を浮かべながら、前と同じように接してくれる意中の少年の態度を心の底から嬉しそうに。
ある者は大きく口を開けて、昔のように冗談を言ってくれる親友の姿に歓喜を前面に押し出して。
ある者は久方ぶりの二人との再会に、感情を表に出さないように、控えめに。
絶命必死の旅路を乗り越えた二人と、彼女らが愛する者との再会の時。
テーブルにはそれを祝して豪勢な食事が並べられている。緑が映えるブロッコリーの入ったグラタン。瑞々しく赤色を咲かせるトマトと、雪のように白いチーズのカプレーゼ。ポテトの黄。ブドウの紫。テーブルの全面を飾る色とりどりの料理が、彼らの邂逅を鮮やかに色づけていく。
開け放たれた窓からは春の穏やかな風が吹き込み、レースのカーテンを揺らした。
英雄たちの帰還、そう題された絵画の一場面のような状況で、ヘルトは。
「で? お前はなんで縛られてるの?」
斜め向かい、プリムの左隣に荒縄でぐるぐる巻きにされて椅子に座らされているジニアを見て言った。
「? 泥棒猫よ? 縛るに決まってるじゃない」
仲良し大作戦の不良役はこいつで良いのではないか、と思うヘルト。
「ほら、あーん」
「んぐんぐ……ほう! あなた良い腕をしてますね。すごく美味です」
「あんたまで何してんだ」
ため息を吐きながらヘルトは言う。
向けた視線の先には白髪を肩からたらした老婆。顔には深い皺が刻まれているものの、そのしっかりとした手つきや足腰は現役の冒険者と紹介されても信じてしまうだろう。
彼女は鋭い視線をヘルトへと向ける。
「なんだい? この子に食べさせるなって言いたいのかい? まったく……あのねえ、食事はみんなで食べた方が美味しいんだよ!」
検討違いの怒りを返してくる老婆に、ついに耄碌したのか、とヘルトは呆れる。
彼女はこの孤児院の長であるマイ。シスター服を着ていなければ確実に、反社会勢力と思われること必至の聖職者である。
なおも餌付けを続ける老シスターと、それに甘んじる天使を指し示しながらプリムは。
「で? あの子誰? ヘルトとどんな関係なの? まさか恋人だなんて言わないわよね?」
半眼でヘルトを見つめながら訪ねた。
その紅の瞳に浮かぶのは多大なる嫉妬心と猜疑心。そして、悲壮感。しかし、童貞たるヘルトがその真意に気付くはずもない。
「ん? 拾った。ここは孤児院だからな。ただの孤児。俺とお前と同じ関係性だ」
素っ気なくそう言った。
嘘ではないし、マイにもそう言ってこの孤児院に住まわせている。
勇者暗殺にあたってジニアの住処の確保は急務であった。その点ではヘルトの孤児院ではもってこいの場所であったし、孤児であると言えばマイが断れるはずもない。
「どこで? いつ? あの子のお父さんとお母さんは?」
「王都の裏路地。二週間前。魔王軍に殺されたみたいだ」
あらかじめ決めていた彼女の来歴をつらつらと述べる。ちなみに考えたのはヘルトだ。一度ジニアに考えさせたが、その通りに答えると、ジニジニ星、二の二乗の二倍、ナポリタンを喉に詰まらせて死んだ、となる。ヘルトは天使を初めて叩いた人物となった。
「……そう」
ヘルトの説明に不承不承納得するプリム。
この世界ではよくある話であるし、何よりもマイが納得しているのであれば、プリムは口を挟むことは出来ない。
勝った。そう確信したヘルトだったが、慢心せずに二人の注意を他へと逸らす。
「で? お前らこれからはどうするんだ? 魔王討伐の報奨金があるとはいえ、家にずっと引きこもるようなタマじゃないだろう?」
まんまとそんなヘルトの策に引っ掛かり、二人ともよくぞ聞いてくれたとばかりに顔を輝かせる。
「そうそうそれそれ! 一番言いたかったの! 確かにもう一生遊んで暮らせるほどのお金も貰ったし、家で魔法の研究をするのもいいんだけど、私、騎士団に入るわ!」
「僕もだよ! 家督を継ぐのはまだまだ先のことだし、貴族に必要な知識を身に着けるのは僕には不可能だと両親は思ってるし、結構時間があるんだ!」
かつての輝いていた日々を思い出しながら、二人はまるで太陽のように笑って言った。
「「だから、また三人一緒ね!」だね!」