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勇者の帰還

Xにて挿絵公開中。

よろしければそちらもごらんください。

@aiueo4564654

 勇者テュシアとその一行が帰還した。


 その報は瞬く間に王都全体に広まり、街は歓喜の声に包まれた。


 王都の目抜き通りでは夜通しのパレードが開かれ、南国の果実や東方の酒等普段は滅多にお目にかかれないようなものでさえ、一般民衆に振舞われた。


 三日三晩に渡って開かれた宴は、月の浮かばぬ夜ですら暗闇が出来ない程に煌びやかなもので、まさしく魔王討伐がどれほどの偉業か、異世界の人間にすら一目で理解させうるものであった。


 二週間経った後も人々の興奮は冷めることはなく、街を歩けば勇者パーティの面々の名を聞かぬ日はない。


 誰しもが明日への希望に瞳を輝かせる王都の一角。路地裏の入り組んだ奥にある孤児院の一室で、天使が戯れていた。


「ほら、ここでぎゅっとするんですよ、ぎゅって」


 氷の彫像のように無表情のまま、ヘルトよりも頭一つ分低く、細い自らの体を抱きすくめるジニア。不気味なまでの美しさを誇る彼女には、背後に輝くステンドグラスも相まって、ある種の神秘性を感じなくもない。


「ぎゅって、お前なあ」


 童貞たる彼にはいくら一蓮托生の仲であるとはいえ、美少女を抱きしめることなど出来る訳がない。代わりとばかりに説明を求めた。


「おい、それよりも何なんだ。人がせっかく気持ち良く寝てたところを無理やり起こした挙句に頭を撫でろだろ、ニコリと微笑めだの、見つめながら名前を呼べだの。いい加減理由を教えてくれ」


 ヘルトは孤児であり、ここは彼が住む孤児院兼教会。ベッドと机と椅子と本棚。最低限の家具の他には床に散らばったいくつかの本。雑多とも整然とも言い難い彼の自室にジニアはいきなり訪れて開口一番こう言ったのだ。


「仲良し作戦です」


「そのいかにも頭の悪そうな作戦について教えろと言っている」


「仲良くするんです」


「誰と誰が? 俺とお前か?」


「それは嫌です。そうではなくてあなたと勇者テュシアが、です」


「……そ、そうか」


 若干傷つきながらもなんとか言葉を返したヘルト。そんな彼を見ながら、ジニアは部屋の隅にあるベッドに腰かける。年季の入ったそれが軋む音がした。


「だが、ちょっと待て。仲良くするだと? 俺と勇者が? なぜ?」


 ようやく彼女の言葉を飲み込んだヘルトは見下ろしながら問うた。


 彼らの目的は勇者の暗殺。ジニアの言葉を信じるのであれば殺害自体に問題はない。考えるべきはその殺害場所、そして彼女をどうやってそこまでおびき出すか、だ。


 そこまで考えて、ヘルトは一つの答えに辿り着く。


「もしかして、俺にあいつと仲良くなってそこまで連れ出せ、と?」


「そうです。だからこそこれはその予行練習のつもりだったんですが。何なんですかあなたは。頭を乱雑に触るわ、ニチャって笑うわ、あくびをしながら名前を呼ぶわ。ここまで異性に好かれなさそうな人間を初めて見ましたよ」


 朝っぱらに叩き起こされてこの言われよう。ヘルトのこめかみに血管が浮く。


「そ、そうか。だったら別に俺じゃなくてもいいんじゃないか? 例えばお前があいつと仲良くなれば」

「私には無理です。あの勇者は人間不信ですからね」


 ジニアは人間でないことを突っ込むべきか、さらりと自らが人間扱いされていないことを怒るべきかヘルトは真剣に悩んだ。


「だからこその仲良し作戦なんですよ!」


 抑揚なく器用に叫ぶジニアに、今度こそヘルトは頭を抱えた。


「ちょっと待て、本当に訳が分からん。どうして人間不信の相手に取り入ろうとするんだ。どう考えても無駄足になる気がするぞ」


 それに彼女が人間不信だなどという話は聞いたことがない。


 確かに以前勇者選定の儀であった時は誰彼構わず好かれるような人間には見えなかったが、人間不信だと断言するには情報が足りない。


 しかし、ジニアはそんなヘルトの反論などそもそも聞く耳が無いのか、頑なに己の作戦を説いていく。


「良いですか? 古来より人間不信の美少女と底辺の屑がくっつく話は王道です。ほら、想像してみてください。裏切られ、傷ついて人を信じられなくなった少女。そんな彼女の目の前に現れた犬を蹴り飛ばして遊んでそうな不良少年。最初は怖かった彼の誠実かつドキリとする言動に徐々に心を開いていく少女。そうして最後に、二人は結ばれる……」


 胸に手を当てて見上げる少女。感動的な物語を語っているつもりなのかもしれないが、相も変わらずのその声音では全くヘルトの心には響かない。


「これぞ王道! これぞ真実の愛。そうなれば最早どこにでも呼び放題ですよ。ホテルだろうが、結婚式場だろうが、人っ子一人いない洞窟の奥深くだろうが。では、ここで問題です! この関係に至るためにあなたに足りていないものは?」


「犬を蹴り飛ばして楽しむ心」


「そうです誠実かつドキリとする言動です。では、ほら!」


 ヘルトの言葉を無視して、ジニアはベッドに座ったまま両手を挙げて彼の抱擁を待つ。


 ステンドグラスによって鮮やかに着色された陽光が彼女を照らす。白桃色の首筋が艶めかしく、赤く照らされた頬が愛らしい。まさしく神話時代の生物たる少女は、光すらも味方にとってその魅力を最大限に発揮していた。


 その白く、細い首筋はまるで絹のように滑らかであるのだろう。さらさらとした黄金の髪からはまるで金木犀のように心地良い香りがするのだろう。白いカッターシャツに控えめではあるものの膨らみを見せる胸部、黒いスカートから覗くすらりと伸びた足からはまるで重力に引き寄せられるように目が離せない。


 さしもの童貞も神々が造りたもうた天上の美の前で抗う心など持てはしない。


 何もかもを忘れて、楽園を前にしたかのように体が自然と彼女の方へと動いていく。


 そう、何もかもを忘れて。


 具体的にはここは孤児院であり、当然他の人間の住処でもあること。


 他の人間とは二人であり、その内一人は魔王討伐を果たした魔法使いであること。


 その魔法使いは王城で歓待を受け、本日やっと帰還すること。


 その魔法使いが──。


「人がせっかく急いで帰って来たってのに……! 【インフェルノバースト】!」


 ──誰よりも嫉妬深いことを。


 地獄の業火がヘルトを焼いた。


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