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ぶっ殺して無理矢理転生させてしまおう

 世界には魔王がいる。魔族がいる。勇者がいる。人間がいる。そしてエルフもいれば、オークも、ゴブリンもグリフォンもいる。それがこの世界の常識であり、子供でも知っている自明の理。


 そして、天使がいない、それもまた同様だ。


 もしも天使を自称する者などいれば嘲笑の対象となるし、そもそもそんな恐れ多いことを騙る人間など聖教会の権力が強いこの国では死刑にされてもおかしくはない。


 であるのであればヘルトの目の間に突然現れて、尚且つ。


「ん、これおいしい。もう一個買ってください」


 ふかし芋を心底おいしそうに食すこの少女も、大層な咎人なのだろう。しかし──。


「……なあ、お前マジで天使なの?」


 懐から財布を取り出して小銭を渡しながらヘルトは問うた。ジニアはそれを受け取ると、軽やかな足取りで屋台へと向かい、ふかし芋を大事そうに抱えながらベンチへと戻ってきてヘルトの隣へ腰かける。

 必死に芋を咀嚼する少女を見ながらヘルトは頭を抱えた。


 天使など架空の存在だ。本当にいないのかを証明することは彼には出来ないが、これまでの歴史の中でそんな存在が出現したことなど一度もない。


 であるのであれば彼女の正体は自らを天使と語る非常に危ない人間の可能性が極めて高いはずなのだが、先ほどの光景がヘルトの頭から離れない。突如と顕現した光の翼がヘルトが否定することを拒絶する。


「だからそう言っているでしょう。はむ、んぐんぐ、他に、あむあむ、あんなに綺麗な羽根を持つしゅ、はふはふ、ぞくが他にいますか?」


 塩をかけては芋にかぶりつくジニア。ヘルトはそんな彼女を冷ややかな視線で見つめる。


 天使の存在、それが登場するのは物語の中だけだ。例えば英雄メリルの物語ではスラムに生まれた少年を導く。英雄リドスの物語では、悪龍に飲み込まれた彼を命からがら救い出す。名もなき英雄の叙事詩では、その命を刈り取った。


 穢れ無き皓白の両翼を持つ彼ら彼女らはいずれもその姿は神秘的なまでに美しいものとして描かれ、ただ神の命をもってその行動を律する完全生命体。


 どう考えても王都の広場でただのふかし芋を食べているような存在とは結びつくはずもない。


「お、塩辛も意外といけますね」


 イカの塩辛など口にするはずもない。


 だが。


「はぁぁぁぁぁあああ」


 ヘルトは頭を抱えて大きなため息を吐いた。


 認めるしかない。彼女が先ほど見せた翼は魔法を選択肢に入れたとしても到底人間が作り出せるようなものではない。


「で? なんで神さまは勇者を殺したいんだ?」


 さすがのヘルトといえど、天使などという伝説上の存在に出会ってしまえば、その意思を無視することなど出来はしない。


 路地裏で翼を見せつけられてすでに数十分が経過している。腹が減ったとジニアが言うので仕方なしに場所を王都一の面積を誇る広場へと移し、ようやくふかし芋の屋台を見つけて腰を落ち着けることが出来た。十分に彼女の腹が満たされる頃合いを見計らって隣あって座る少女へ向けてヘルトは本題を切り出す。円形の広場の外周に備え付けられたベンチ。周りには人がおらず込み入った話をするのにはぴったりだ。


「そうですね、どこから説明しましょうか。うーん……あなたは輪廻転生という言葉を知っていますか?」


 広場の中心にある噴水に目を向けながらジニアが言った。意図しない彼女の言葉にヘルトは目を白黒させる。


「輪廻転生? 死んだ後に生まれ変わるっていうあれか?」


 確か聖教会の教えの中にそんなのがあったはずだとヘルトは思い出す。


「ええ、そうです。人がその生を終える時、魂だけとなり、やがてその魂が新たな肉体を得て新たな生を授かる。それが輪廻転生の考えです。では本当に人は死んだ後に生まれ変わることがあると思いますか?」


「知らん」


 バッサリとヘルトは切り捨てる。魂の存在、それは長年魔法使い達の間で議論が交わされ、今も決着がついていない。人が死んだ後その意識は一体どうなるのか、その答えは誰にもわからない。


「そんなものはないんですよ。はむ、本来でれば、んぐんぐ」


「魔法界に激震が走るようなことをふかし芋を食いながら話すな、って本来?」


 ヘルトはジニアの言葉に引っ掛かりを覚える。


「ええ、本来は、です。実は異世界では一度死んだ人間が別の世界に生まれ変わって好き勝手暴れる話が人気でして、女神様もそれをいたく気に入りましてね。よし、真似しよう、と。それで──」


「待て待て待て。異世界? 女神様?」


 またも天使の口から語られる衝撃的な事実の羅列にヘルトは思わず口を挟む。


 異世界があること。世紀末じみた物語が流行っていること。神がいること。そして好きだから真似をするなどと短絡的な思考を持っていること。そのどれもがヘルトにとっては初耳であり、思いもよらぬ事実であった。


「なんですか全く。良いですか? 異世界とはこことは違う世界のことで、神というのは……えーと、難しいですね。あの方は一体何なんでしょうか? うーん、人間の言葉で強いて表すとすればニート、ですかね」


 天使は神の忠実な僕ではない、その事実も明かされた。


「言葉の意味は知ってるんだよ。だが、異世界に神だと?」


 どちらも魂と同様にその存在自体が議論の的だ。異世界の存在についてはある可能性が限りなく高いと結論付けられ、神の存在については議論自体がタブー扱いとされるものだ。


 そんなヘルトの言葉を受けて、ジニアは食べ終わったふかし芋の包み紙をくしゃりと潰しながら答える。


「ありますしいますよ。というより言葉の意味を知っているのであれば邪魔しないでください。私は天使です。そこはあなたも認めているのではないですか? そんな超常の存在が語る言葉を疑ってかかったところでどうせ反証も出来ないんですから、時間の無駄でしょう?」


 ぐ、とヘルトが言葉に詰まる。それを見て満足したのか、ジニアは再度語り始めた。


「女神様が真似したんですよ。その異世界転生というものを」


 異世界転生。聞きなれない言葉に眉根をひそめるヘルト。その表情からジニアはさらに詳細に説明を始めた。


「例えばあなたが道に生えているキノコを食べて死んだとします。その魂は本来地獄へと落ちるはずなのですが、なんと! 死後のあなたを待っていたのは閻魔大王などではなく、それはそれは美しい女神様! ああ! 慈悲深い女神様はあなたにもう一度生を与えてくれると言うではないですか!」


 大仰な身振りをもって説明するジニア。しかし、やはりその美しい顔には感情一つなく、まるで見えない糸で演じられる人形劇のようにヘルトの瞳に映る。彼にとっては非常に不快な例え話だったが、いちいち突っ込んでいては話が進まない。余計な茶々を入れることなく、続きを促した。


「あなたが主人公じゃないこの世界ではなく、別の世界で生きなさい。女神様はあなたに力を授けます。万物を切り裂く剣、無限の魔力、命令を強制する魔眼、なーんでも。そうしてあなたは異世界で力を使い、魔王を倒して勇者となり、楽しい生涯を送るのでした!」


 ジニアはピタッと両手を掲げて止まる。そしてやはり感情一つ浮かばない顔をヘルトへと向けた。

「これが別の世界で人気の物語です。でも、これっておかしいと思いませんか?」


「……何が?」


「だって魔王を倒すような実力者ですよ? 言っておきますが、凡人にはどれだけ強い力を授けようとも魔王を倒すことなど叶いません。ほんの一握りの、そうですねえ、体感で言えば大体転生者百人の内一人くらい? が死闘の果てに勝利を手にするんです」


「だから何だよ。──っ!」


 ずいっとジニアがその小さな顔を寄せて来てヘルトは思わず面喰う。至近距離で交差する視線。吐息がかかるほどに近づけられた顔と顔。他者が見れば仲睦まじい恋人同士のように映るであろう二人だったが、その表情に甘さの欠片も浮かんではいない。


「再利用しないのはもったいないと言ってるんです。だから女神様は転生者達と契約を交わしました。新たな生を与える、強力な能力を与える。その見返りとして世界を救い続けろ、と」


「だが、それは──」


 真っ直ぐに告げられるジニアの言葉に、ヘルトは気圧されながらも口を出す。それは、あまりにも──。


「助けを求めている異世界は他にもあるんです。未知の病魔が猛威を振るう世界や、悪しき翼竜が支配する世界。そして──」


 しかし、ジニアはそれを許さない。まるでヘルトの意識をその方へ向けないように、お前の考えるべきはそこではないと断じるかの如く、ただ純然たる事実を述べた。


「──魔王の侵攻により多くの人々が命を落とす世界、そうです、つい先日までここがそうであったように」


 その言葉にヘルトははっとする。


 やっと彼女の言わんとすることを理解した。


「つまり……つまりお前は、テュシアがその転生者だと、そう言いたいのか?」


 視界に大きく映る彼女の整った顔が微笑んだような気がした。初めて垣間見えた彼女の感情。だが、それが意味することをヘルトは飲み込むことが出来ずに狼狽える。


「ええ、そうです。彼女は女神様と契約を交わし、別の世界からこの世界を救いに来たのです」


「お前は……お前は何を言ってるんだ。そんなことありえないだろう。転生者だと? 神から力を授かっただと?」


 ヘルトの瞳が揺れる。馬鹿かお前は。そう言って流すのは簡単だ。だが──。


 だが、そんな理性とは裏腹に、心は躍動する。


 もし、それが本当なら、俺は──。


 ヘルトの纏う空気が明らかに変わった。それを悟ったジニアが一呼吸置いてから言った。


「あなたにも心当たりがあるのではないですか?」


「──っ!」


 その通りだ、と。本来、勇者には自分がなるはずであった、と。二年間抑えてきた醜い考えがヘルトの中に湧き上がる。


 勇者になる方法、それは簡単でこの国の王にそう指名されること。そして、指名の対象に選ばれるには、世界各地にいる五名の権利者の内の一人から推薦を取り付ければ良い。


 ヘルトが推薦を取り付けたのは学園の長。これは勇者選定において非常に重要な意味合いを持つ。

 かつて学園の長の推薦を取り付けたものは皆、例外なくそのまま勇者に選ばれる。そんな背景もあってか、当時は皆誰もがヘルトが勇者になると思っていた。


 しかし、実際に選ばれたのはテュシアだ。それまでに数々の功績を挙げていたヘルトや他の候補者を抑えて勇者となった。


 ずっと疑問だったのだ。自分が選ばれないのはまだ良い。だがどうしてテュシアなのかと。なんの功績もなく、その名を知る人がいないような人間。まるで勇者選定の儀の直前からこの世に存在しているような少女が何故勇者になれるのかと。


「それが神の力ですよ」


「っ!」


「勇者になるために全てを擲ってきたあなた方ではなく、あの子が選ばれたのは神の力があったからです。だからこそ私はあなたにこの話をしているんです。私は知っています。あなたが勇者になるために毎日剣を振ってきたこと。あなたが勇者になるために寝る間を惜しんで魔導書を解読してきたこと。勇者になるために誰にでも手を差し伸べてきたこと」


 天使は告げる。滔々と、粛々と、つらつらと。その美しい天使の声をただヘルトのためだけに紡いでいく。


「先ほどの闇ギルドの件、あなたは自ら命を絶つようなことをしましたね? でも、それも無理からぬことでしょう。だって、自分の人生全てを否定されたようなものですから。それまでに費やした全てが無駄になったんですから」


 感情の籠らない、まるで静かな水面のような声がヘルトの耳朶を打つ。しかし、彼にとってはそれが不思議と心地良く、二年間蓄積されてきた淀みがすっと押し流されていくような感覚を覚える。


「本来ならばあなたが勇者に選ばれるはずでした。それをテュシアが邪魔をした。であるのであれば、彼女が亡き者となれば次はあなたが選ばれるのは必然」


 魔王が倒れたからといって勇者の仕事が無くなるわけではない。魔王軍の残党の排除や、街の復興。身命を賭してそれらに従事する英雄。ヘルトは自らの姿をそこに投影する。


 沸々とかつてあった衝動がヘルトの中に再び沸き立つ。


 テュシアが転生者である。それは理解した。ならば──。


 ヘルトはジニアの瞳を見つめて問うた。


「どうしてお前らはテュシアを殺したいんだ?」


 そうして、最初の疑問に舞い戻る。異世界から転生してきたテュシア、女神との契約。それらを理解した上でヘルトはその答えを求めた。ジニアはそっとヘルトから視線を逸らし、青く晴れた空を仰ぎながら言う。


「彼女は女神様を裏切ったのですよ」


 彼女の声に初めて感情が籠る。ぞくり、とヘルトの背筋が凍った。憎悪、憤怒、殺意、それら全てがないまぜになったかのような声音だ。初めて声から発露したその感情に、少しだけ声を震わせながらも彼はその続きを促す。


「裏切った?」


「ええ、そうです。彼女がこの世界で与えられた役目は魔王を倒すこと。それはつい先日達成された」

 再び感情を無くした声が紡がれる。


「本来ならば彼女はもうすでに別の世界を救いに行かねばなりません。しかし彼女は、転生して初めて訪れたこの世界で──」


 そっと目を伏せるジニア。その続きを察してヘルトが代わりに言葉を発する。


「転生を拒否した、と」


「ええ、彼女は女神との契約を一方的に破棄しました。転生したくない、ただその一心で定められた刻限、場所に姿を現さなかったのです。」


 再び挙げられた顔はやはり美しい。


 その姿から目を離せない一方、ヘルトは得心する。


 つまりは、テュシアは転生の権利をもらったのにもかかわらず、一度も義務を果たすことなく放棄したのだ。


 女神から裏切りととられてもしょうがない。


「女神様は言いました。転生したくないのであれば──」


 ふわりと一陣の風が吹く。朝日を浴びて一層煌びやかに輝く黄金の髪がたなびき、白く透き通るような指でそっと抑える少女。反射的に閉じられた瞳と長い睫毛。あまりにも美しいその光景にヘルトは目を奪われる。


 どこまでも美しい少女は言った。


「──ぶっ殺して無理矢理転生させてしまおう、と」


 やはり短絡的だ、とヘルトは思う。しかし、彼の心の天秤は傾きかけている。


 勇者になりたかった。


 物語に出てくるような強くて、優しくて、格好良い。


 勇者になるためだったら何でもした。この身が剣を振らない日はなかったし、この頭に魔術書の内容を詰め込まなかった日はなかった。どれだけ嫌な人間でも、救いの手を差し伸べてきた。


 ぐっと、拳を握る。


 ヘルトの中に残る僅かな良心が邪魔をする。辞めろ。踏み止まれ。後悔するぞ。だが、そんな彼の心を嘲笑うかのように彼にとってのトラウマを平然と見抜いた上でジニアは告げる。


「──良かったじゃない。勇者になれなくて」


「っ!」


 その一言で、ヘルトが必死に押さえつけていたものが決壊する。そして、堰を切ったかのように忌々しい記憶が呼び起こされる。漆黒の髪。黒曜石のような瞳。整った顔立ちが浮かべる陰気な笑み。彼女を形成するすべてが鮮明に脳裏に浮かび上がる。


 絶望。憤怒。嫉妬。二年間必死に封じ込めてきた感情が、まるで灼熱のようにヘルトの心奥で燃え上がった。


 もう、止められない。止まらない。何かがヘルトの中で壊れる音がして、ニィっとジニアの口角が吊り上がった。


 ヘルトはゆっくりと、その手を持ち上げて。


「よろしくお願いします。ああ、大丈夫。復讐ものも異世界では人気がありますので」


 少女のほっそりとした陶器のような手を取った。その美しい少女の顔が、今はまるで悪魔のようにヘルトは感じた。


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