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呪う

Xにて挿絵公開中。

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@aiueo4564654

「【フラッシュ】!」


 凛と声が鳴る。


 詠唱を省略して紡がれた魔法は、稀代の天才によって太陽光のように輝く光をもって広大な空間を照らす。壁に入った黒色のシミ、床に落ちた錆びた硬貨、柱に走る極小の罅、闇に隠された全てを暴き、目を背けていたヘルトですら眩むような光量が顕現する。


「「「「「──っ!」」」」」


 ヴァルキリーの面々の声にならない悲鳴を合図に、ヘルトとイディオは駆け出した。


 彼我の距離はものの数秒で詰められ、先行したイディオは瞬く間に一人を剣の柄で打ち、傍にいたもう一人の腹部にその強靭な豪脚を叩き込む。あまりにも強大な一撃に、呻く間もなく二人は地に崩れ落ちた。


 一瞬の内に二人を無力化したイディオを横目で見ながら、ヘルトは駆け抜けた。


「クソっ! くそっ! くそおおおおお!」


 その焦げ茶色に映すのはラウレルただ一人。


 魔法に焼かれた瞳を掻きむしるようにして叫ぶ彼女へと、ヘルトは肉薄する。


「──っし!」


 気迫一閃。


 命を奪うことがないよう鞘を付けたまま振られた剣は、吸い込まれるようにラウレルの細い首元へと走る。


 しかし──。


「お頭!」


 すんでの所で差し込まれたショートソードが火花を散らす。


「この野郎!」


「ちっ!」


 数瞬遅れて背後から襲い掛かるナイフに、衣服を切り裂かれながらも回避に成功し、大きく左へ跳躍する。


 すかさず剣を構えて相対するは、茶褐色の肌をした禿頭の大男と、緑のローブを小柄な体にまとった小柄な男。二人はラウレルを守らんと、その身で彼女をヘルトの視界から隠す。


 イディオの方へとちらりと見てみれば、ヘルトと同じく、運よくプリムの魔法の直視を避けた三名に囲まれていた。


「どけっ!」


 ラウレルに回復の間を与えてなるものか、とヘルトは即座に踏み込み、電光石火の突きを禿頭の大男の鳩尾へと繰り出した。


「くっ!」


 しかし、相手は最強の闇ギルド『ヴァルキリー』の一員。眉間に皺を寄せながらも、手に持つショートソードで弾く。


 すかさずローブの男が、手に持ったナイフを持って襲い掛かる。リーチの短いそれは、しかして有り余る手数を持って縦横無尽にヘルトを襲った。


 弾き、躱し、逸らし、ナイフの攻撃をいなす間にも、禿頭のショートソードが命を刈り取らんと煌めいて、大きく後退を余儀なくされる。


 強い。


 眉根を寄せながら、ヘルトは思う。


 王都最強たる所以をその身で感じながら、ヘルトは舌を鳴らす。


「てめえは──!」


 ローブの下から覗くぎょろりとした瞳がヘルトを捉え、一瞬の後に怒りの炎が通る。禿頭の大男もショートソードを握る右手に一層の力を込めて睨みつける。


 彼らからしてみればヘルトはギルド崩壊の原因を作った張本人。到底冷静な感情など保てるわけがない。しかし、彼らはラウレルからつかず離れずの距離を保つ。


「あなた達! 何が起こっているの?!」


「お頭! 奴です! へ」


 じり、とヘルトは背中が焼き付くような感覚を覚え、地を蹴って剣を振り抜く。


 大男は言葉を止めて、顔を歪めながらもヘルトの剣を弾く。


 すかさず繰り出す連撃が大男の顔を苦渋の色に染め上げる。魔王軍四天王すらも屠った男の連撃を大男とローブの男は立ち替わり、入れ替わり何とか防いでいく。


 大男が苦心して剣を弾いた隙に、ナイフがヘルトを襲う。ローブの男がヘルトの気を引き付ける間に、大男のショートソードが煌めく。


 一朝一夕では身につかないコンビネーションの前に、ヘルトは均衡を崩せないでいた。


「【ライトニング】!」


「がっ!」


「──っ!」


 苦し紛れに放った魔法ですらも、彼らの内一人の体勢を崩すに留まり、残った一人の猛攻に晒される。


「くそっ」


 続く一進一退の攻防の中、ヘルトは徐々に焦りを感じ始めていた。


 彼らの背後に匿われた彼女、ラウレルは徐々に視力を取り戻し始めたのか、その銀の瞳の焦点があってきている。その口元は、絶対絶命の状況を打破するための策を必死に練っているのか、引き結ばれていた。


(クソ。このままじゃダメだ)


 心中で舌を鳴らす。


 ヴァルキリーほどの闇ギルドとなれば捕えられれば死罪しかありえない。それを理解し、文字通り死に物狂いで戦い続ける彼らの守りを突破することが出来ない。


 ヘルトの剣技では大男、ローブの男を突破できない。


 捕縛のために威力を抑えた魔法だけでは、彼らを倒せない。


(もう、やるしか──!)


 十分だった。


 感情の浮かばない金色の瞳は。


 十余年にも及ぶ憧れは。


 ヘルトの覚悟を決めさせるのには十分であった。


「天地を貫く雷霆よ、我が呼び声に応じ──」


 地下水路の広大な空間に轟く熱い雄叫びの中に、冷ややかな詠唱の声が響く。




 ヘルトの指示通り目くらましの魔法を放った後、これまたヘルトの指示通り、プリムは後方待機に徹していた。


 前方で繰り広げられる死闘をプリムは、その整った相貌に一抹の不安を滲ませながら見ていた。


 イディオが速攻で二人を無力化したため、残るは八人。そのうちの三人は目くらましの効果が今も残っており、目を押さえてうずくまるばかり。


 ヘルト、そしてイディオはそれぞれ二人、三人を相手取り剣戟を繰り広げる。王都屈指の猛者達との闘いはいくら彼らであろうとすぐさま決着がつくことはなく、均衡を保っていた。


 大きな胸部の下で組んだ両腕にぐっと力を入れて、彼女は成り行きを見守った。


 魔法でしか戦えない彼女は、同士討ちの危険性のある敵味方入り乱れての乱戦においては見ていることしか出来ない。


「ヘルト……」


 桜色の唇が、か細い声を上げる。


 勝利はおそらく、間違いない。


 終始優勢の彼らならば、例え目がくらんだ三人が参戦してきたとて必ず勝利を収めるはずだ。


 二人と共に過ごしてきた時間がプリムの中に揺るぎない信頼を与える。


 その赤い瞳が真摯に見つめるのは、焦げ茶色の髪をした少年。闇ギルド二人を相手取って大立ち回りを演じるヘルトだ。まるで雷のように動く彼の姿に、プリムの胸に熱い思いが去来する。


 その姿はまさしく彼女が恋焦がれた少年のもので、今にも駆け寄って抱き着きたい、そうプリムの深奥が叫ぶ。


 ああ、やはりヘルトだ、と。


 何も変わっていないのだ、と。


 胸に微かに残る不安を吹き飛ばすかのように、心中が騒ぎ立てる。


 しかし、プリムの耳はそれを捉えた。


 響き渡る轟音の中、少年への恋慕が無常にもプリムに気付かせた。


「……ダメ!」


 悲鳴にも似た声を上げながら、プリムは駆け出した。


「プリム!?」


 近づいてくるプリムに気付き、驚愕の声を上げるイディオ。しかし、彼女はそれを無視して突き進む。


「大気を震わせる雷鳴よ、嵐を従え、万物に裁きを下せ──」


 徐々に近づくヘルトとの距離。プリムはその声貌を鮮明に捉える。


 その焦げ茶色の瞳には不気味な程に静かな光が宿る。


 激闘の中、その口が紡ぐは第四階位魔法【ヴォルトカラミティ】。


 術者の前方に致命の雷を放つ大魔法。


 ヘルトはラウレル達を殺害しようとしている。


 その覚悟を悟り、プリムは走る。


 足の遅さがもどかしい。


 イディオなら、ヘルトなら、一瞬で駆け抜ける距離に数十秒もかかる自分の鈍間さを呪った。


 切れ切れの息がうざったい。


 彼らなら息一つ切らさないだろうに、と自らの脆弱な体を呪った。


「暗雲裂きし稲妻よ、光の刃となり敵を貫け──」


「ぜっ! はっ」


 なおも続く詠唱と圧倒的酸素不足の中、プリムは思考を巡らせる。


 彼女が旅立つ前と、後。


 昔と同じように接してくれるヘルト。しかし、その評判は大きく異なる。


 勇者の最有力候補として人々から尊敬の眼差しを向けられていた以前。


 王都で一番の厄介者として語られる今。


 昔と変わらない。再会していた当初はそう思っていたプリムだが、日に日に拭い切れない違和感が募っていた。


 彼女が孤児院に帰った翌日、共にべリアスに行った日。魔法を教えるといった彼女の提案を彼はどうして断った?


 昔の彼ならば、強さを貪欲に求めた彼ならばきっと断りはしなかったはずだ。


 どうして騎士団をクビになるような真似をした?


 出会った頃の彼ならば、きっとそんなことはしなかったはずだ。


「その轟きこそが終焉の兆し──」


「どうして……なの?」


 その呟きは未だ死闘を繰り広げる男たちの雄叫びによってかき消される。


 しかし、プリムの心の奥深くに突き刺さり、一層彼女を苛んだ。


 時間が経てば人は大なり小なり変わるもの。それはプリムも百も承知である。


 だが、ヘルトの変化は彼女にとって許容できるものではなかった。


 どうして彼は変わってしまったのか?


 ──そんなのは分かり切っている。


「【ヴォルトカラミティ】!!!!」


「ヘルトだめええええええええ!!!!」


 ヘルトの心を変えた自らをプリムは呪った。


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