知らない
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@aiueo4564654
「ちょっと! なんで私たちがそんな面倒くさいことしなきゃいけないのよ!」
「そうだそうだ! 公務執行妨害だ! 重罪だぞ!」
広場の喧騒に負けじと叫び声が轟く。
広場の中心で赤髪を振り乱す美人と、緑色の瞳を怒りに染める偉丈夫の姿を善良なる一般市民たちは心配そうな瞳で見つめ、ヘルトはその喧騒をやはり遠目から眺めていた。
彼女達の前には銀色のプレートアーマーを身に着けた二人の男。
「公務執行妨害は貴様らだ!」
「な、ど、どういうことだ?!」
国家騎士相手に公務執妨害などとほざく緑色の髪をしたイディオの頭を本気で心配しながら、ヘルトは嘆く。
どうしてこんなことに、と。
プリムとイディオの出現により、混乱に陥った広場に現れた騎士団は集まった住人達を速やかに散らして、鎮静化に成功する。
ここまではいい。だが、その後が問題だ。
彼らは言った。
お前たちのために入団式にどれほど金をかけたと思っている! それを速攻で辞めて無駄にしやがって! と。
「騎士団長は大層お怒りである。いくら魔王を討ち果たした者達とはいえ本来であれば打ち首でも良いのだぞ! しかし慈悲深い隊長は、その所業を許すとおっしゃっておる。その代わりラウレルを捉えて来い、と」
一か月程前に突如壊滅した王都一の闇ギルド『ヴァルキリー』。大半のメンバーは倒れているところをそのまま捉えられたが、その首魁であるラウレルは未だに騎士団の追跡を振り切って逃げきっている。
それを捉えてこい、そんな指令がプリムとイディオに下された。
しかし、せっかくの休みにそんな仕事を背負いこむ程、プリム達はお人良しではなく、口論が巻き起こったのだ。
「嫌よ! せっかくのお休みだもん! 私はヘルトとデートするのよデート! あんた達みたいなモテない男には縁のないことだから分からないでしょうけれど、とっても大事な日なのよ!」
「そうだそうだ! あれ? その場合僕はどうなるんだい?」
「公園によく犬の散歩してるカップルがいるでしょう?」
「確かに! そういうことだ騎士団!」
何が確かにで、何がそういうことなのか、ヘルトには分からないが、イディオが納得しているのであれば余計な口を挟むまい。
そもそも関わりたくない、とヘルトはその場から動かない。
しかし、騎士団はイディオの良く分からない反論には耳を傾けず、プリムの言葉に反応を示す。
「ヘルト? ヘルトだと? おい、奴がここにいるのか?」
「ええ! いるわよ!」
「出でよヘルト!」
ヘルトは動かない。
「……おい」
「あ、あれおかしいな? ヘルト? ヘルトーいるんだろー? どこだい?!」
「ヘルト! 助けて! 暴漢に襲われているの!」
ヘルトはやはり動かない。
「…………おい」
「ヘルトーカモーン!!!!!」
「ヘルトー! 助けてー!」
ヘルトは動かな。
「ヘルト、来ないとベッドの下に隠してるエッチな本をマイさんに」
「辞めろ騎士団! 公務執行妨害だぞ!」
騎士たちの前にヘルトが現れた!
「で? あんたら一体何の権利があって俺たちに指令を下しているんだ?」
広場の中心では悪目立ちが過ぎる。一行は人通りの少ない裏路地へと移動した上で、口論を再開した。
いくらかつては騎士だったとしても、今は善良なる冒険者。指令を下される謂れはない。
それにラウレル達はジニアの正体までは知らないものの、その人間離れした戦闘能力を身をもって体験している。ヘルト達の計画を秘匿するためにも、出来る限りプリム達と接触はさせたくない。
プリムの卑劣な作戦から、何とか気を取り直して、ヘルトはキリッと彼らを睨みつけながら言う。
「お前、さっきあんな間抜けな登場をしておいてよくそんな凛々しい顔が出来るな」
「うるさい。さっさと話せ」
「はあ。まあいい。お前、先ほど権利と言ったな? 権利ならばある」
そう言って騎士の内の一人が懐から一枚の羊皮紙を取り出してヘルトの眼前へと突きつける。
「えっと何々? 有罪、判決? ……ねえ、ヘルト? ここにヘルトが窃盗罪で禁固三十年って書いてるけど?」
「へ?」
読み上げたプリムに素っ頓狂な声をイディオとヘルトは返す。
「ヘルト、犯罪者なの? ……まさかあのエッチな本!」
「違う盗んでない。ちゃんと買った……じゃなくて、おい、なんだこれ。俺は窃盗罪なんかバレちゃいねえ」
「やってないと言え。捜査しなきゃならんだろうが」
「お前も言葉に気を付けろ。おい、ヘルト。これがどういうことか、お前分かるな?」
相方をたしなめながら、もう一人の騎士が神妙な声で言い、その言葉にヘルトは眉をひそめた。
この国の罪の償い方は主に二通りある。一つが判決に従って刑を受けること。
そして、もう一つがその量刑に応じて国の仕事を全うすること。
騎士団の指令となればそれはまごうことなき国の仕事であり、彼らはそれをもってヘルト個人へと命じているのだ、とヘルトは悟る。当然ヘルト達の関係性は騎士団は百も承知だろうし、彼個人が動けばプリム達も動くことを理解しての行動だろう。
しかし、彼女は諦めなかった。
「え、冤罪よ! 冤罪に違いないわ! ヘルトはやってないって言ってるじゃない!」
せっかくの思い人とのデートを邪魔されてたまるか、とイディオの存在をすっかりと頭から追い出して高らかに叫ぶ。
それに、ヘルトへの信頼もあった。
十年にも及ぶ片思いが、彼が盗人などありえないと、そう叫ぶ。
「やってないとは言ってないんだが……まあ、それよりも冤罪、だと?」
しかし、騎士は意にも介さず、冷徹に返す。底冷えするようなその声がプリムの心臓を震わせた。
「貴様は魔王討伐の旅に二年出ていたな? その間のこいつのことを知っているのか?」
「……!」
騎士の言葉にプリムは反論できなかった。
その通りだった。
彼女は知らない。
ヘルトが二年の間何をしていたのか、何を思って生きてきたのか。プリムには分からなかった。
「かつては学園の最優として勇者候補になったこの男だがな、お前たちの知らない間に大層堕落したものだぞ? その証拠に、騎士団をクビになっている」
どくり、とプリムの心臓が鳴る。
「おかしいとは思わないのか? 学園において史上初のアンダーファイブの達成者が、ただの冒険者に成り下がるなど。いいか? こいつは貴様らの知っているヘルト、ではない」
「────っ!」
騎士の言葉に、たまらずプリムはヘルトへと視線を向ける。しかし彼が何かを口にすることはなく、ただうつむいたまま。
正義を掲げ、どんな強敵にも立ち向かってきた彼の姿は、そこにはなかった。
「……ヘルト」
縋るような声がプリムの喉から零れる。
「ヘルトは大罪を犯したのだ。その秋刑として騎士団を追われ、この判決書がある。こいつが犯した罪、それはな──」
「……」
やはりヘルトは何も言わない。自らの罪を認めるように、ただ下を向いて立っている。
プリムの瞳に涙が浮かぶ。
窃盗で三十年など長すぎる。一体どれ程の重要なものを盗んだのか。プリムには分からない。
だが、どうして彼がそこまで追い詰められてしまったのか。それだけは彼女の心の中にしかとある。いまだ彼女の心を茨のように締め上げる事実が存在する。
そんな顔をしてほしかった訳じゃない。
ヘルトを追い詰めたかった訳じゃない。
今となっては空しい言い訳が、プリムの頭に濁流のように押し寄せる。しかし、それが口を突いて出ることは終ぞなく、罪が告げられた。
ヘルトが犯した大罪、それは。
「──団長のおやつをつまみ食いしたことだ!」




