その他大勢
Xにて挿絵公開中。
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@aiueo4564654
「ふわぁー」
翌日、王都で一番広い円形広場、その中央に位置する噴水の前でヘルトは大きなあくびを浮かべる。
遥か遠くに暗雲が立ち込めるも、直上は晴れ渡ったぽかぽか、というよりはムシムシとした日だった。
活気のある広場は、外周に沿って食料や雑貨、様々な品物を取り扱う露店が立ち並ぶ。噂では世界の果てにある島の果物すら並ぶとされるその露店群を要するこの広場は、王都で一番人が集まる、と言っても過言ではない。
一律で定められた開業時間、それからすでに一時間は経過している。常であれば、それぞれの露店の前には小さい村の人口ほどの人間たちが集まって人だかりを形成している時間帯。しかし、今日はその限りではなく、人々は露店には見向きもせず、どころか露店の店主たちも目の色を変えて、ヘルトの眼前で集団を形成していた。
喧騒が広間を包む。皆一様にその頬を上気させ、汗ばんでいるのは、何も頭上から降り注ぐ陽光だけが原因ではないだろう。
その一団の中心にいたのは。
「ちょ、ちょっと落ち着きなさいって!」
「はっはっはっはっは!」
戸惑いながら必死に声を張り上げるプリムと、何も考えずに楽しそうにしているイディオ。
魔王討伐を果たし、世界に平和をもたらした英雄がいた。
(だから、集合場所をもう少し目立たないところにしろって言ったんだ)
魔王討伐を果たした後、彼女らはすぐに王城へと入り、その後は冒険者となって依頼をこなす毎日で、ろくに街にその姿を現していない。そんな英雄達がようやく直接触れ合える場所に出てきたのだ。囲まれるのは当然の結果だった。
あまり面白くの無い光景を、集団から離れたところで見ていたヘルトは胸中でそう一人文句を言う。
プリムと共に孤児院を出て、ここに来た時、すでにイディオが集団に囲まれていた。あれよあれよという間にプリムもその中へと引きずり込まれ、現在に至る。
「ふあぁー、いつまで続くんだ、これ」
再び大きいあくびをして、冷ややかに眼前を見やる。
しかし、人々の熱気は収まるどころか、どんどんとその勢いを膨れ上がらせる。噂を聞きつけた人間が続々と広場へ押し寄せているのか、形成される人込みは時間が経つにつれ、大きくなっているようにも見える。
今日は一日彼女らと共に街を見回る、と約束してはいるものの、この様子ではいつ解放されるか分かったものではない。
もう一人で先に帰ってしまおうか、白けた気分でそんなことを考えていた時だった。
「ん?」
ヘルトの袖がくいくい、と下方に引かれ、視線を下げると。
「お兄ちゃんはみんなのとこに行かないの?」
人懐っこそうな少女が彼の袖を引いていた。
彼女は人だかりから離れてポツンと立つヘルトを心底不思議そうな目で見ながら問うた。
「行かないな。それよりもお前、親はどうした?」
「お母さんね、サイン貰ってくるから、ここで待っててって言ってあそこ行っちゃった」
少しだけ寂しそうな顔をして、少女は言う。
まだ五歳くらいだろうか、いくら世界を救った英雄が目の前にいるからといって、こんな小さな子を残して行くとは、けしからん親だ、とヘルトは心の中でそう詰る。
「それを売ればいいお金になるから、って」
「……お前も苦労してるんだな」
「お兄ちゃんも苦労してるの?」
「俺? 俺は……まあ、確かに最近は結構苦労してるかもなあ……」
幼い少女に強がりを言ったところで仕方がない。ヘルトは連日の魔物討伐を、そして、昨夜天使から下された命を思い返して言う。
「そうなの?」
「ああ。ほら、あそこの人が集まってるとこの真ん中に、赤髪の胸がデカい女と緑髪の頭の悪そうな男がいるだろ? あいつらと黒髪の根暗女と一緒に悪い魔物をやっつけてるんだよ」
ヘルトの言葉に少女は驚いたように目を見開く。そんな幼い少女の仕草は愛らしく、ヘルトの口端が上がる。
「ふぇ? で、でもあの人たちって勇者様の仲間だよね? え? え? もしかしてお兄ちゃん、へると?」
「ん? 俺のことを知ってるのか?」
勇者一行とヘルトによる先日のべリアス討伐。それはギルドによって民衆へ発表された。
しかし、テュシア達のネームバリューを考えれば、ヘルトの存在などあってないようなものと認識されてもおかしくはない。そう考えていたヘルトだったが、突如として、少女の口から自らの名前が出てきたことに驚きを隠せない。
「うん。べ、べりうす? を倒したってお母さん言ってた。でも、聞いてた話と全然違うね!」
「聞いてた話?」
「うん! お母さん言ってた! へるとは頭が悪くて不良って言ってた! ほうかさつじんなんでもこいの男だって! くそやろうって言ってた!」
「そ、そうか」
純真無垢な少女の罵詈雑言は悪評の絶えないヘルトにとっても心に来るものがある。しかしこれまでの自らの行動を思い返せばそういった評価も致し方無い。
ヘルトは顔を引きつらせながらもなんとか笑顔を浮かべてそう返す。
「あ! ち、近づいちゃだめって言われてたんだった! ばいばい! お兄ちゃん!」
母親に怒られることを危惧してか、はたまたヘルトを恐れてか、少女は途端に怯えた表情を浮かべて、とてとてと駆けだした。
小さな歩幅で離れていく少女の背中と、人々の中心で熱狂的な視線を送られる仲間達へと視線を巡らせてヘルトは。
「まあ、仕方がない」
ため息を吐いて、そう独り言ちる。
そう、仕方がないのだ、と無感情な金色の瞳を脳裏に思い浮かべる。
今更四天王を倒したところで、自分は勇者ではない。彼女の英雄譚に本の数行だけ登場するその他大勢の内の一人。
ぎゅう、とその拳を握りしめながら、思る。
だから、俺は──。
結局、騎士団が出動するまでの小一時間程、人だかりは解消されなかった。
しかし、ヘルトはその間、ただひたすらに仲間達を一人待ち続けたのだった。




