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天使の戯れ

Xにて挿絵公開中。

よろしければそちらもご覧ください。

@aiueo4564654

 その夜、ヘルトの部屋に来客があった。


「そろそろ良いと思うんですよね」


「何がだ」


 自室に訪れるや否や、開口一番に言うジニアにヘルトは口をへの字に曲げて言った。


「仲良し作戦ですよ仲良し作戦。大分テュシアさんとは仲良くなれたのでは?」


 言いながらジニアは勝手知ったる様子で、テーブルの前に置かれた椅子に座る。ヘルトもベッドから体を起こし、彼女と正対してベッドの端に腰かけた。


 さて、なんと答えようか、と思案するヘルト。ジニアは金色の瞳を彼へと向けながら言葉を続ける。


「最近は良く彼女と一緒にいるみたいですし。今日も一緒にご飯を食べてきたんでしょう? ……私を置いて」


 大きな瞳をジトっとさせて見つめる少女。しかし、その瞳にも、表情にも一片の感情は浮かんでいない。


「一緒に飯を食べたいなら、ギルドまで来れば良いだろうが」


 べリアスの討伐依頼を最後に、ジニアはヘルト達と行動を共にすることはなくなっていた。それどころか、夜に帰ってこない日もあり、タイミングが合わなければ一週間以上顔を見合わせないこともあった。

 一体どこで何をしているのか。


 気まぐれな猫のような彼女にそう問うてみると。


「どこで何を、ですか? ……気付いていますか? 最近この辺りに物騒な魔物が多数出現していることに」


「……! ああ」


 さらりと金髪を靡かせて俯くジニア。その美しさも相まって、一気に場の空気は憂いを帯びたものとなる。


 当然ヘルトにも覚えのあることだ。


 突如として襲来する危険なモンスター達。幾度となくヘルトは戦場へと連れ出され、その尽くを屠ってきた。当然何度もその命を脅かされ、テュシア達がいなければとっくに王都は壊滅していてもおかしくはない。


「ドラゴン、フェンリル、魔物の大群……そんなものが王都までたどり着いてしまえば、いくらあなた達がいようと、甚大な被害が出るでしょう」


 儚げに紡がれた鈴の音のような声がヘルトの部屋を満たし、ごくり、とヘルトが唾を飲み込む音が後に続く。蝋燭の燃え上がる音すらも聞こえてきそうな静寂の中、天使は言葉を紡ぐ。


「私は……私は、それらを──」


 ぎゅうと握り締められる彼女の小さな拳。震える細身の体。


 それだけで、ヘルトは分かってしまった。


 彼女が、助けてくれていたのだと。


 神の僕たる彼女が人類を助けて──。


「それらを近くまで連れてくるのに手間取りまして。知ってました? フェンリルって豚肉は食べないんですよ?」


「ぶっ飛ばすぞ」


 一気に消失する深刻な空気感に、ヘルトは頭を抱えた。


「ぶっ飛ばすとは何ですかぶっ飛ばすとは。全てあなたのためですよ」


「フェンリルが豚肉を食べないって情報が俺のためか?」


「いえ、そうではありません。というよりそれはどちらかと言うと悪い情報ですね。おかげで高い牛肉を買う羽目になって、あなたの貯金はほとんど消え去りました」


「……なあ、本当にどこが俺のためなんだ?」


 ベッドの下にためていたへそくりを取り出してみると、中身はもぬけの殻。涙目になりながらヘルトは問うた。


「仲良し作戦ですよ仲良し作戦」


 またもやそれか、とヘルトは辟易する。彼の自伝を書けば一番登場する回数が多いであろう単語について、詳細を、とヘルトは視線で促した。


「だってあなた、強制依頼でもなければテュシアさんと行動を共に出来ないでしょう?」


「……お前はそのためだけに王都を危機に陥れたのか」


「はい」


 断言するな、とヘルトは言ってやりたかったが、彼女の行動が到底人間には理解できないものであることは分かっていたし、そもそも彼女の言う通りであることは間違いない。黙って喉から出かけた言葉をそのまま飲み込む。


「だから、そろそろ良いのではないかと思いまして。大分仲も深まったでしょう?」


「いや全然。あいつが俺に対して好意を抱いているとは到底思えん」


「は? 好意? 何を気持ちの悪いことを言っているんですか?」


 はて、と首をかしげる少女の姿に、ヘルトは思わず声を大きくして言い返す。


「お前が言ったんだろうが! あいつに好意を抱かせてどうこうって!」


「ああ、あれですか。冗談です」


「お前なあ……」


 真顔で言うジニアにヘルトは頭を抱えた。


「そもそもそんな作戦を本当に実行するならば、もっと魅力的な人を協力者に選びますよ。こんな不細工素行不良借金男なんて誰が好きになるんですか?」


「俺は不細工素行不良借金男はどんな作戦にも誘わないけどな」


「確かにそうですね。不細工素行不良借金ニート男さん」


「しれっと付け加えるな」


「でもまあ、あなたを選んだのは最初に言った通りプリムさん達と面識があったからですよ。そこから友情を育むことを期待したんですが、ギルドからあんな依頼が来るなら必要なかったですね。友達としてならもう大分仲良くなったでしょう?」


 再度首を傾げる少女の愛らしい視線に、ヘルトは言葉に詰まった。


 テュシアの態度は相当に軟化している。それは間違いない。


「し、しかしだな……そ、そうだ。前のべリアスの時あっただろ? あの時あいつ俺たちの計画に気付いているみたいだったぞ? もう少し慎重に計画を練った方が良いんじゃないか?」


 再度、問いかけられた質問に、咄嗟にヘルトは話を逸らす。


そんなヘルトの反応をどこか楽しむようにも聞こえる声音でジニアは言い放つ。


「それは当然でしょう。何度も我々に転生させられてきた彼女は当然、襲撃を想定しているはずです。それに、マナシールを使ったんですから」


「……なんだそれ?」


 疑問符を浮かべながら、ヘルトはそういえば、と思い出す。あの時テュシアはその言葉を伝えられてから何かに気付いた様子であったことを。


「古代に失われた魔法ですよ。かけられた者は術者が死ぬか、解くまで魔法が使えなくなるんです」


 それを聞いてヘルトは得心する。


 魔法とは案外簡単に失伝する。


 魔力の流れさえ体得していれば省略が可能な詠唱とは違い、魔法名は必ず口に出さなければならない。そして、魔法名は最初に行使したものが好き勝手に命名できる。それがこの世界のルールだ。


 そんなルールのせいで、後世の者が同じ魔法を発明したとて、先達が命名した魔法名を知らなければ魔法は発現しない。つまり魔法名が失われればその魔法自体もよほどの偶然が起きない限り失われてしまうのだ。


 つまりは【マナシール】とはその失われた魔法の一つであり、そんなものを現代において行使できるものなど、超常の存在しかありえない。


 転生を義務付けられた彼女はそこから天使の暗殺計画を察知したのだろう。


「なら、やはり慎重になるべきだ。あの場にはテュシアと俺と、お前しかなかったんだ。俺たちを疑っていても……いや、もしかすると俺たちが犯人だと分かっているかもしれないだろう」


「別に大丈夫です」


 平然と言うその姿にヘルトの眼が点になる。


 一体どこが大丈夫だと言うのか。


 そもそも仲良し作戦とは人間不信のテュシアの警戒心を薄れさせた上で人気のないところに呼び出す作戦のはずだ。相手の疑いを誘っていては元も子もない。


「だ、だが……」


「大丈夫ですよ。考えてもみてください。彼女からしてみれば、いきなり魔封じをかけられて、それを解かれただけです。殺害に動いた形跡もないでしょう? それに加えてあなたのべリアスとの大立ち回り。私はともかくあなたへの疑いはほとんど晴れたと言っていいと思います」


「私はともかくって……」


「私は良いんですよ。犯人だと断じられていなければ。良いですか? 転生というものは無暗矢鱈と人間にバラすわけにはいかないんですよ。そんなものがあると知れば今世を諦める人間が出るでしょうから」


「まあ、確かに」


「だから私たち、そしてテュシアさんのような者たちも、転生のことを極力一般人にはばらさない。そのようにして動いている。そんな常識の中で何千年も生きていた彼女は、私たちのような存在が一般人であるあなたを巻き込むはずがない、そう思い込んでいます。だから、あなたが疑われていなければいいんです。必然的にあなたの関わる事柄に女神の影はない、そう判断するでしょう」


「ぐ……」


 抑揚なく紡がれる天使の長台詞。彼女達の常識など知る由もないヘルトにとって、それは反論の許されない絶対的論理となる。


 そもそも端からヘルトには決定権などないのだ、と事ここに至って改めて思い知らされるヘルトだったが、なおもその態度は煮え切らない。


 そんな彼へ矢継ぎ早に天使は詰問する。


「あなたは勇者になりたいのでは?」


「ああ」


「だとすれば彼女の存在は邪魔ですよね?」


「……ああ」


「ならば殺すべき、それは分かりますね?」


「…………ああ」


「では、悩む必要はないのでは?」


「…………」


 ああ、とは答えられなかった。


 天使の告げた事実が、勇者の見せた悲しい笑顔が、ヘルトの決意を鈍らせる。


 ほんの一か月前であれば即答が出来た質問が、今では考えることすら嫌になる。


 しかし、ヘルトのそんな逡巡を天使は許さない。


「はあ、彼女に同情をしたのかもしれませんが、もうここまで来て後戻りはできませんよ? 約束を違えれば我々の事情を知るあなたはただの邪魔者です。女神様がそんな存在を野放しにするとでも?」


「──っ!」


 その言葉に、いや、彼女の一挙手一投足にヘルトの背筋がぞっとする。


 その傾げられた小首が、透き通るような瞳が、さらさらとした金髪が恐ろしい。


 この世の美しいもの全てを煮溶かして、真に輝く部分だけを抽出したような少女。感情などはただの汚点として、真っ先に捨て去ったとでも言わんばかりの彼女の姿がただただヘルトを慄然とさせる。


 彼女と出会った時の光景がヘルトの脳裏に蘇る。


 王都最強の闇ギルド『ヴァルキリー』の面々を瞬殺した彼女の姿。他を寄せ付けない程の暴力が今でも瞼の裏に焼き付いている。


「……ちっ! 分かったよ」


「よろしい」


 心の底の怯えを隠すように悪態を吐くヘルトと、やはり無感情で言うジニア。


 粟立った両腕を彼女から隠すように後ろへ回しながら、ヘルトは問いかける。


「で? 具体的にどうすればいい? どこに呼び出すんだ?」


 愛情と友情の認識の違いはあったといえ、仲良し作戦の目的はテュシアと仲良くなって、人気のないところに呼び出すまでが彼の仕事。そこに立ち返って、ヘルトは聞いた。


「場所はもう決めてあります。この前あなたがべリアスと戦ったところがあったでしょう? あそこにしましょう」


「……あんなところにどうやって呼び出すんだ」


 人気のないところ、その条件にはぴったりと当てはまるが、歩いて半日はあまりにも遠すぎる。そんなところ相手が人間不信でなかったとしても、連れ出す理由に苦労する。


 半眼で言うヘルトにジニアは。


「べリアス戦の時に大事な物を落とした、探すのを手伝ってくれ、とでも言えば着いてくるでしょう。意外と責任感ありますからね、彼女」


 取ってつけたような理由だが、ヘルトはううむ、と唸る。


 洞窟の中で二人でいた時、彼女はヘルトを巻き込んだのは自分のせいだ、と言った。


 もしジニアの言う通りの人物であるのであれば、勝算はあるように感じた。


「……分かったよ」


「なるべく早めにお願いしますね」


 そう言うジニアの瞳はやはり感情が欠落しており、ヘルトの瞳は自分が為すべきことを憂慮してか、まるでどぶ川のように濁り切っていた。


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