私は、行かないわ
Xにて挿絵公開中。
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@aiueo4564654
勇者テュシア一行の魔王軍四天王討伐から一か月が経過した。
暖かだった春の日差しは、雨季の前の最後の一押しと一層輝き、人々の衣服がすっかりと薄く、短くなった。そんな陽光の下で、草花は歓喜し、その身をすくすくと天へと伸ばしていく。
そんなある日の夕刻、ギルドの一階広間。受付と併設された酒場は多くの人々でごった返していた。使い古された装備を身に着ける冒険者、疲れた顔でため息を吐くギルド職員、一仕事を終えて上機嫌に飲む商人等々、多種多様な人々の中で一際目注目を集める一行がいた。
彼らはその身に、尊敬、羨望、嫉妬、これまた非常に多くの感情を持った視線を受けながらも、平然として酒を酌み交わす。
「ぷっはー! やっぱり一仕事終えた後はこれよねこれ!」
「そうだね! このためだけに僕は生きている!」
長方形のテーブルを囲むのはプリム、イディオ、ヘルト、そしてテュシアだ。
ヘルトが対角線上に座るイディオをちらりと見てから、右隣に座ったプリムの豊満に育った胸部を存分に凝視していると。
「……ねえ、ちょっと?」
対面に座ったテュシアから睨みつけられる。
四天王を倒してから、ヘルトを取り巻く環境は二つの大きな変化が起きた。
一つ目は上級冒険者になったこと。
素行の悪さから長らく中級冒険者止まりだったが、今回の功績から上級冒険者として取り立てられることとなった。当然受けられる依頼も大幅に増え、収入も増えた。べリアス討伐前と比べるとヘルトの懐事情は天と地程差がある。
しかし、同時に負担も増えた。
ヘルトを戦力とみなしたギルドは、プリムとイディオ、そしてテュシアと共に高難易度の強制依頼を度々出すようになったのだ。
今日はその内の一つ、東の山脈に突如として現れた大型ドラゴンの討伐を完了して、やっと王都に帰還を果たしたのだ。
連日続く緊急依頼の数々のせいで、べリアスを倒してからというもの、ほとんど毎日をテュシア達と過ごしていた。
ヘルトが必死に言い訳を考えている間にも、彼女らの話題はそこに移っていたようで。
「ねえ、本当に毎日なんなの? こんなに緊急依頼ってあるものなの? 世界大丈夫?」
「確かにそうだね。ドラゴンにオークの群れ、あと、何だっけ? あのー犬?」
「……フェンリルよ」
頬杖をついて文句を言うプリムと、必死に頭を働かせるイディオ、冷ややかに言うテュシア。三者三様の反応を見せていた。
しかし皆一様にその表情には疲れが色濃く浮かんでいる。プリムのローブはところどころほつれ、テュシアの黒衣はスカートの裾が破れている。イディオに至ってはご自慢の眼鏡にひびが入っている始末だ。
「そうだな。お前らが帰って来てから、色々とやばそうなモンスターが出るようになった」
「それ、私たちが悪いって言ってるの?」
ヘルトを再び睨みつけながらテュシアは言った。
二つ目の大きな変化が彼女だ。
べリアス討伐時には一人勝手な行動をとっていた彼女だったが、ここ最近はそんな行動は鳴りを潜めており、食事も一緒に取るようになった。
その変化はジニアの頭の悪そうな作戦が順調に進行していることを意味し、ヘルトは複雑な胸中である。
「私たちのせい、ってのは冗談だとしても、最近になって危ないモンスターが王都の近くに出るようになったってのは本当のことなのよね?」
「ああ」
「そうなのかい? ううん、それは少し心配だね。今は僕たちだけで対処が出来ているけど、このまま増え続けた場合、犠牲者が出るかも」
「確かにそうかもしれないが、今そんなことを考えたってしょうがないだろ?」
ヘルト自身、近頃の物騒な状況に一抹の不安を覚えながらも、元気づけるようにそう言った。
「……それもそうね。ねえ! だったら明日はみんなで出かけない? 今のところ緊急の依頼も入ってないし! 思えば王都に帰ってきてろくに街を見て回れてないわ!」
思い人からの励ましに心を浮き立たせてそう話すプリムに、イディオも同調する。
「それはいいね! 学園の先生方にも挨拶をしないと!」
「あ! あと、あそこにも行かなきゃ! えーと、そう! カフェ・グラリア!」
かつての友人と思い出の場所を巡る。
そんな光景を想像して、一斉に色めき立つ二人とは対照的に、テュシアは一人グラスを傾ける。どこか寂しそうにしている彼女に、ヘルトは迷いながらも声をかけた。
「お前はどこか行きたいところはないのか?」
「……私?」
これまでの流れで話しかけられるとも、ましてや誘われるとも思っていなかったテュシアは目を丸くして疑問符を浮かべる。
「お前だよ。一緒に来ないのか?」
べリアスに勝利を収めた後、変わったのはヘルトの周りだけではない。
千の世界を救った勇者。三千世界の犠牲。
それがテュシアであると、ヘルトは知った。
一体どれ程辛いことなのだろうか、とヘルトは考える。しかし、答えは出ない。
どれだけ友情を育もうと、愛情を募らせようと必ず訪れる別れを千度経験した彼女は、一体どれ程心を苛まれて、人を拒絶するようになったのだろうか。
必ず別れるのであれば、最初から関わらない。
そんな悲哀に満ちた決断をするのに、一体どれだけ涙を流せば良いのか、ヘルトには分からなかった。
「私は……行かないわ」
グラスを置いて静かに笑う彼女が、どれほど悩んだ結果答えを出したのか、ヘルトには分からなかった。




