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勇者を、殺してはくれませんか?

Xにて挿絵公開中。

よろしければそちらもごらんください。

@aiueo4564654


ヘルトの脳裏に浮かぶのは黒装束の少女。二年も前のことだが、心底羨やむような表情でそう言った彼女のことをヘルトは今でもはっきりと覚えている。


 幼い頃から勇者になりたかった。物語に出てくるような、強くて優しくて格好良い。誰もが憧れるような存在にヘルトはなりたかった。


 そんな彼にとってのトラウマ、勇者選定の儀での出来事である。


「ガハッ!」


 腹部を襲う強烈な痛みに悲鳴と共に意識が覚醒する。蝋燭の灯りを頼りに見回せば、自らを取り囲む数十人の男達。彼らが形成する円の中に、ヘルトは後ろ手に椅子に縛り付けられていた。


 男達の後ろには木製の壁。ボロボロのそれには所々穴が空いており、冷たい外気が吹き込んでくるがその先には夜闇が広がるばかり。ヘルトの正面の壁には鉄製の扉がついているが、今は固く閉ざされていた。


 全身がズキズキと痛む。骨の一本や二本は折れているに違いない。ぬるりと頬を撫でる感触はきっと自らの血液だろう。


 満身創痍だ。であるのであれば先ほどの少女の幻影、あれが走馬灯というものかとヘルトは結論付ける。


「あら、お目覚め?」


 凛と鳴るソプラノ声。それが目の前に立つ女性のものだと察して、ヘルトは視線を上げる。


 銀色の髪を肩甲骨の辺りまで伸ばした細身の女性。彼女のブーツに血の飛沫が付着していることから、先ほどの衝撃の正体はその足から繰り出された蹴りだとヘルトは気付く。


「はっ、お陰様で」


 黴臭い空気を目一杯吸い込み、皮肉を返しながらもヘルトの心臓が早鐘を打つ。


 闇ギルド『ヴァルキリー』


 それが今ヘルトを取り囲んでいる者達の総称。戦乙女の名を冠しているのにも関わらず、女性は棟梁のラウレルしかいないむさ苦しい集団だ。しかしその凶悪さから王都でも随一の闇ギルドともっぱらの噂だ。


 そんな危険な集団に監禁されている。どう考えても非常事態だ。


「で? 言い訳を教えて貰える? 一応」


 凍てついた瞳をヘルトへ向けながらラウレルは言った。


 すでに散々暴行した後に聞くことじゃねえ、と内心毒付くヘルトだが、それを言ってしまえばどうなるかは火を見るよりも明らかだ。これは自らが生き残る最後のチャンスだろう、そう悟り、ヘルトはしっかりと言葉を吟味する。


 まずは、どうしてこんな状況になったか、だ。一連の行動を思い出す。


 ヘルトは冒険者だ。ギルドに持ち込まれた依頼を受けて、報酬を得る者。基本的には誰もがなれる冒険者にも例外が存在する。それが彼ら闇ギルドに所属するような重犯罪者達。彼らは資金調達の一環として、冒険者が受けた依頼を代わりに遂行して、その報酬の一定割合を受け取る。


 ヘルトはヴァルキリーとそんな契約を交わした。もちろん違法行為だが、そこまではまだ良い。問題は──。


「あなた言ったわよね? 私たちがフェンリルの分体を倒したら報酬の八割を渡すって。それで、実際に渡してきたのは五割の五十万。一体全体どうしたらそんなことになるのか教えて欲しいものだわ」


 ラウレルの言う通り、ヘルトが彼らへ渡す対価をちょろまかそうとしたことだ。それがバレて現在に至る。


「えーっと、実は妹が病気で」


「そいつは孤児ですぜお頭」


「孤児院のババアが病気で」


「そのババアは昨日街のクソガキどもをシバいてましたぜお頭」


「そのクソガキどもの治療費を」


「奪って酒に変えるような男ですぜこいつは」


 言うや否や否定される言い訳にヘルトはぐっと下唇を噛む。


「はあ……嘘を吐くならもう少しまともなものをついてほしいものだわ。変わり果ててしまった、とそんな評判をよく聞くけど、本当のようね。学園の最優さん?」


 嘲るように笑うラウレル。その言葉にヴァルキリーの構成員の一人が反応を示した。


「学園の最優? なんですかいそれ?」


「あら? 知らないの? 彼、有名人なのよ?」


 王都の最高教育機関、通称「学園」は武術から魔術、学問に至るまでこの国の教育を担う。全国各地から入学してきた猛者達が鎬を削り、かつて幾度となく勇者が誕生してきた場所。


 そんな学園でヘルトは最優と称されていた。


「彼が勇者になる、誰もがそう思っていたわ。でもね、実際に選ばれたのは」


「テュシアですねお頭!」


「そう、どこの誰とも知れない小娘。そんなのに勇者の座を取られてグレにグレて、今では私たちと関わりを持つほどに落ちぶれたのよ。この男」


 嘲笑が男達に広がった。が、ヘルトには何をすることもできない。


 全てが事実だったから。どれほど歯痒くても、どれほど虫唾が走っても、どれほど認めたくなくとも、それが覆しようのない事実だったから。


今から二年前。十五歳の時。ヘルトは全てを否定された。勇者になるために剣を振ってきた。勇者になるために魔術を修めて来た。勇者になるために、どれだけ嫌なことでも受け入れてきた。


 それら全てを、たった数秒の間に、たった数十文字の言葉で否定された。


 そこからは雪崩のように全てが崩れ去った。信じていた友には裏切られ、仕方なしに入った騎士団はクビになり、流れに流れて望めば基本的には誰でもなれる冒険者だ。


「勇者テュシアが旅の途中で死んでくれればまだ可能性はあったのにね。本当に魔王を倒しちゃうんだもの。そろそろ旅から帰ってくる頃だけれど、あなたはどういう顔で彼女を見るのかしら。あ、それとも見たくないからこうして私達に喧嘩を売って死にたかったの?」


 ラウレルの言う通り、つい二週間前魔王が倒されたとの知らせが全世界に広がった。


 数百年前、突如として魔族の王に君臨した存在は人間の領土へと攻め込み、以降絶えない戦火が世界を覆った。そんな魔王が討ち果たされたとなれば当然世界は歓喜し、勇者を生み出したこの国の住民たちは今か今かとその少女の帰還を待ちわびていた。


 しかし、ヘルトは──。彼の脳裏に黒装束の少女が浮かび上がり、苦々しく口元を歪めて、そして、ふっと破顔した。


 そうだ、もう終わったのだ、終わっても良いのだ、と。絶対絶命の危機の中、そんな考えが頭に浮かぶ。


「うるせえな、もういいだろ。さっさと殺せ。言っとくけどちょろまかそうとしたのに別に理由はないぞ。闇ギルドのやつらなんかどうせまともな教育を受けてないだろうから簡単に騙せると思っただけだからな」


 いつものように不敵に笑ってヘルトは言った。もはやその心に恐怖などなく、ただただ無心で刑の執行を待つばかり。


 その言葉に一斉にヴァルキリーの面々が殺気立つ。今にも飛び掛からんばかりの男たちの中、ラウレルは一歩前に出る。すでにヘルトの目と鼻の先、その手には蝋燭のかすかな明かりの中でも不気味な光を放つ長剣。ヘルトはそれを一瞥した後、そっと視線を下げる。


ああ、もし生まれ変わりがあるのであれば──。


「それじゃ、さようなら」


 感情を殺した冷たい声と共に、小気味よい風切音が鳴る。


 ──次は勇者になれますように。


 そんな切実な願いと共にヘルトの十七年の生涯は終わりを。



「ストップ」


「なっ!?」


 

 抑揚のない声と共に金属同士がぶつかりあう甲高い音が響き、ヘルトは咄嗟に顔を上げる。


 彼の視線に写るのは小柄な少女の後ろ姿。微かな光源の中でも燦然と輝く金髪を肩口で切り揃えた細身の少女が、右手に持った短剣でラウレルの剣を止めていた。


 視界の端に映る扉は閉ざされたまま。突如として出現した彼女にヘルトだけでなく、ヴァルキリーの面々も言葉を失った。そんな静寂を破ったのは金髪の少女。彼女は再度抑揚のない声を発する。


「ちょっと多いですね。まあ、いけますけど」


 彼女の肩が上下するのと共に、小さな呼吸が聞こえる。そして。


「ぐぁっ!」


 ラウレルの悲鳴が響き、その身がドサリと崩れ落ちた。


「……!?」


 そこから先は一方的だった。まさしく暴力の化身。そう呼んで差し支えないほどに一方的な戦いが展開される。


 呆然とするヴァルキリーの面々に目で追えないほどの速度で迫った少女は、屈強な男たちの体を破壊する。ある者は腕を折られ、ある者は足を折られ、またある者は地面に派手な音共に叩きつけられる。やがて正気を取り戻して正体不明の少女に襲い掛かる男達だったが、変わらず少女はその戦闘能力を持って叩きのめす。


 かつて悪魔を召喚したは良いものの制御が出来ずに滅ぼされた村がある。そんな話がヘルトの脳裏に呼び起される。ああ、まさしくその時、その村では眼前の光景が繰り広げられたのだろう。


 そうして、数十秒が経ち。


「ふう」


 王都最強の闇ギルド『ワルキューレ』を瞬く間に壊滅させた少女は軽く息を吐く。激しい戦闘の後だというのに、身に纏った白いシャツには血痕一つ付いていない。


 背中を向けて立つ少女にヘルトの全身が強張った。


 普通ではない。単身で、それも無傷で闇ギルドを崩壊させるなど。一体この少女は何を思って自分を助けたのか。いやそもそも助けるための行動なのか。ヘルトの中で少女への恐怖が、疑念が渦を巻く。


 ジワリと背中を汗が伝う。いまだ背を向けた少女がこちらを振り向いた時何が起こるのか、心臓がバクバクと音を立てる。彼女の一挙手一投足から目が離せない。一秒が引き伸ばされて、まるで時間が止まったかのような錯覚にすら襲われる。自らが行きつくのは生か死か、そればかりが頭に浮かぶ。


 そして、やがて少女はゆっくりと振り向いた──。


「──っ!」


 ヘルトは思わず息を呑む。


 その少女があまりにも美しかったから。おそらく過去、現在、未来全ての芸術家が集おうとも彼女の美を表現することは出来ないだろう。


 すっきりと通った鼻筋、薄く引き結ばれた唇。滑らかな頬にはほんのりと朱が差している。その均整の取れ過ぎた顔には一切の感情は浮かんでいないが、それすらも少女は魅力に変える。


 星の輝きを宿しているかのような両の瞳がヘルトを捉え、黒いスカートに包まれたその細長い足が軽やかな足音を立てて動き出す。一歩一歩をゆっくりと進んでくる少女。彼我の距離が近づくにつれ、ヘルトは視線がさらに釘付けになる。


 どれほど瑕疵を探そうと、どれほど汚点を探そうと見つかることはない。そうして無駄な時間が過ぎていき、やがて彼女の歩みが止まる。


「……!」


 至近距離で付き合わされる顔と顔。吐息がかかるほどの距離で彼らは見つめ合う。ふわりと、微かに金木犀の香りがした。


 ドクドクと先ほどとは違う音でヘルトの心臓が高鳴った。


「こげ茶色の髪と瞳。細身で長身、性格の悪そうな顔……あなたがヘルトさんですか?」


 やはり抑揚がない、しかし澄んだ水が流れるように清らかな声がヘルトの耳朶を打つ。一瞬悪口を言われたような気もしなくもないが、もはや彼の頭にまともに考えられるだけの容量はない。それほどまでにヘルトは少女に見惚れていて、ただ彼女の言葉に頷きを返すことしか出来ない。


 夜が明けて来たのか、うっすらと壁に空いた穴から微かな光が差す。空気中に舞う塵がそれを反射し、キラキラと光りを纏う少女は神話の登場人物のように神々しい。


 天使がいるのであれば、まさしくこの少女のような姿形をしているのだろう。


 そんな考えがヘルトの脳裏をよぎる。


 ふっ、と少女の表情が和らいだ気がした。


「私はジニア。ヘルトさんあなたにお願いがあります」


 次はどんな言葉をかけてくれるのだろうか。どんな表情で語りかけてくれるのだろうか。ヘルトの心に淡い期待が浮かぶ。もはやどんなことを言われようと、彼女が言葉を発してくれた、その事実だけで彼の心は満たされるだろう。


 少年はじっと少女の言葉を待つ。


 たっぷりと数十秒かけて、少女の朱色の唇が小さく動いて。


 彼女はその細い首を傾げて言った。



「勇者を、テュシアを殺してはくれませんか?」



挿絵(By みてみん) 

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