負けるわけにはいかなかった
Xにて挿絵公開中。
よろしければそちらもご覧ください。
@aiueo4564654
何度目とも分からない轟音が響く。
痛い。
本当に痛い。
腹だけではない、全身が。
足はもう歩けないと悲鳴を上げ、腕はもう上がらないと叫ぶ。心臓に至っては休憩を要求している始末だ。
だが。
「き、貴様!」
「おい…………こら、猪。てめえ、まだ…………終わって、ねえぞ!」
ヘルトの脳はそれら全てを聞き取った挙句に、命令を下す。
「ヘルト!?」
テュシアを守れ、と。
べリアスの太い腕で彼女の心臓へと突きつけられようとしていた槍は、ヘルトの剣によって軌道を変えられ、真横の地面へと突き刺さる。
「はあ……はあ…………」
全身から夥しい血液を流しながら、ヘルトはべリアスの前に立ち、その剣をべリアスへと振り下ろす。
「ぐぅああああ!!!」
咄嗟に突き出された茶色の体毛に覆われた右腕を切り落とす。
なおもヘルトは止まらない。
返す刀は牙を砕き、回転しながら腹部を切り裂く。たまらず後退ったべリアスの右足は腿からバッサリと切り付けられ、繰り出された後ろ回し蹴りがその巨体を吹き飛ばす。
ヘルトはすぐさま距離を詰めて剣を振り下ろす。しかし、それは残った左腕によって阻まれる。
べリアスが押し上げ、ヘルトは押し込む。鮮血が舞い、咆哮が轟く。
「ぐおおおおおおお!!!!」
「あああああああああ!!!!!!!」
魔王軍四天王の圧倒的な腕力に、全体重を乗せて全身全霊をもって対抗する。
ぐしゃり、とべリアスの骨がひしゃげる音がする。ぶちり、とヘルトの腹の傷が広がる音がする。周囲にはもうもうと獣の匂いが立ち込め、錆びた鉄の香りが充満する。
紅に染まった洞窟で、何よりも赤く、黒い、一人と一匹は最後の力を振り絞る。
(クソが)
痺れる両手に、激痛の走る腹部に、震える両足に、ヘルトは言った。
(どうして俺が、こんなこと)
血を失いすぎて朦朧とした頭で考えても答えは出ない。
(いったい何のために)
霞む視界は、固まった鼓膜は、詰まった鼻は、彼女の存在を覚知することはない。
感覚が、感情が、記憶が、最早全てが曖昧になった世界でなお、ヘルトはその両腕に力を込める。
どうしてかは分からない。
なんのためかは分からない。
だが──。
「このクソ野郎があああああああああ!!!!!!!!」
憤激、悲哀、羨望、憧憬、それら全て、己ですら理解出来ぬ感情も全て載せた叫びが轟く。
二年間、やさぐれて生きてきた時間を吹き飛ばすような、抱えてきた劣等感を消し去るような咆哮と共に、一片の余力も残さず繰り出された剣は。
ごとり、と。
静かにべリアスの首を切り落とした。
「はあっはあっはあっ……」
ドサリ、とヘルトの身が後ろに倒れる。
達成感も充足感も、安堵も感じない。
感じる余裕など残っていない。
「ヘルト!?」
駆け寄るテュシアの足音はヘルトの鼓膜を揺らすことはない。
「ヘルト?」
しゃがみ込むテュシアの姿をヘルトの網膜が捉えることはない。
「ヘルト!」
泣きながら抱きすくめるテュシアの甘い香りがヘルトの鼻孔を擽ることはない。
──だが、負けるわけにはいかなかった。
落ちていく意識の中、ヘルトの心にはただ、それだけが焼き付いていた。




