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負け犬

Xにて挿絵公開中。

よろしければそちらもご覧ください。

@aiueo4564654

「ふむ、良かろう」


 逡巡の後、べリアスから帰ってきた答えにテュシアはほっと胸を撫で下ろす。


「そう。ほら、もう行っていいわよ」


「ダメだ。この女がいつ気が変わって襲ってくるか分からん。死すまで見届けよ」


「……」


 ──悔しかった。


 宿敵と、ライバルと、そう思っていた相手に一方的に助けられることが。


 ──怒鳴り散らしたかった。


 二年前と同じ、物語の舞台にすら上がることが出来ない自分に。


 ──辛かった。


 彼女を守れないことが。


 そうして、ハッとする。


 俺は今、何を考えている。


 どうしてそう思う必要がある。


 ジニアとの約束が守れないからか?


 いいや、違う。


 そもそも、俺の目的は勇者になることだ。


 それはテュシアが死ねばそれで済むことだ。


 ジニアの目的が達成されるかどうかなんて関係ない。


 そんなことは最初から分かっていた。


 最初から分かっていた?


 なら、どうして彼女を治療した。


 どうして、彼女をここまで連れてきた。


 この胸の内から湧き上がる怒りは、闘争心は、戦意は。


 どうしてだ?


「かはっ」


 べリアスの腕がテュシアの細い首を掴み釣り上げる。たらりと垂れた右足は未だなお痛々しいほどに腫れ上がっている。


 やめろ。


 そう、心が叫ぶ。


「テュシアよ。魔王様を打ち破ったこと、誠に感服する。その雄姿、しかと私が後世へと伝えよう」


 やめろ。


 理性がそう叫ぶ。


「では、さらばだ」


 やめろ!


 だが、身の内から溢れ出す、正体不明の衝動は止まらなかった。



 金属同士がぶつかり合う甲高い音の後、ドサリと体が岩盤に落ちる音がする。折れた足にかつてない程の痛みを感じながら、テュシアはそんなのは些細な事と、目の前の光景に目を見開いた。


「ちょっと! 何をしているの!?」


 悲鳴にも近い声でテュシアは叫ぶ。


 目の前の男は何を思ったのか、いきなりべリアスへと切りかかったのだ。


 すんでのところで気付いたべリアスと鍔迫り合いに興じながらヘルトは叫ぶ。


「知らん!」


「人様に切りかかっておいて知らんとは……貴様!」


 ぶん、とべリアスがヘルトの体ごと槍を大きく横に振って押し返す。宙に浮いたヘルトは体を上手く制御して、着地する。


「辞めなさい! 今からでも逃げて! あなたに敵う相手じゃない!」


「もう、逃がさんよ」


 勇者の悲鳴も空しく、勇者候補だった者と魔王軍四天王の戦いが始まる。


 鉄すらも切り裂こうほどに鋭く舞う剣。岩盤すらも貫通する威力をもって突き出される豪槍。銀の閃光が閃き、一瞬の間に幾筋もの軌跡がぶつかっては消えていく。その度に甲鉄の響きが反響した。


 常人であれば一突きで絶命する威力を持った槍を、ヘルトは躱し、弾き、逸らしていく。


 かつて学園の最優と称され、勇者候補の一人にまでのし上がった少年が流した血と涙がそれを可能にした。


「……っ!」


 テュシアの瞳が驚愕に染まる。


 相手は魔族。そもそもの地力が人間とは段違いの種族の最上位に君臨するべリアスと、その身一つで渡り合う齢二十にも満たない少年。


 一体どれ程の血の滲むような努力がそれを可能にさせるのか。想像して、テュシアの背筋に冷たいものが走る。


 しかし。


「ふはははは! 意外とやるではないか小僧! だがな!」


「ぐあっ!」


「ヘルト!」


 浮彫になる膂力の差。抗い難い種族の差がヘルトを襲う。


 全力を持って放った袈裟切りはいともたやすく打ち払われ、体勢を崩したところに恐ろしいほどの威力を持った突きが襲い掛かる。横へ飛び退って躱したところへ、圧倒的な風圧と共に繰り出された蹴りがヘルトの腹を打ち、吹き飛ばす。


 止まった甲鉄の音の代わりに、テュシアの悲鳴が広間に響く。


 ヘルトが激突した岩壁からは土埃が立ち上り、彼の姿は見えない。駆け寄りたい思いが折れた足によって邪魔され、テュシアは初めてその足を歯痒く思った。


「ヘルト! 大丈夫!? ねえ、返事しなさい!」


「ふっ、勇者よ。貴様とは違うのだ。人間は脆い。本気の力を込めた。原型すらとどめておるまい」


「べリアスっ!」


 テュシアの心で、長らく感じていなかった怒りの炎が燃え上がる。だが、べリアスは歯牙にもかけない。


「ふむ、ただの人間にあのようなものがいようとは、これは私が魔王になった後も!?」


 炸裂する火球がべリアスの背を襲う。油断していたところに直撃を食らったべリアスはたたらを踏みながらも、地に足を付けて立つ。


「おいこら、戦いの最中に何を女とべらべら話してんだ。こっち見ろこっち」


「き、貴様、魔法も使えるのか?!」


 立ち上がる少年の姿に、今度はべリアスもその瞳を剥いた。


「【フレイムドロップ】【フロストプリーズ】【ライトニング】!」


 省略された詠唱と紡がれた魔法名。


 顕現した火球が、氷の礫が、電流がべリアスへと襲い掛かる。べリアスはそれらを槍で払い、飛び退り、体を捻って回避する。


 パラパラ、と壁にぶつかった魔法が小さく広間を崩していく。


「このっ!」


 第一階位の殺傷力の弱い魔法とはいえ、遠くからちまちまとやられては敵わない。べリアスは体を倒して、一機にヘルトへと肉薄し、その剛腕をもってしてヘルトの心臓へと槍を突き出す。


「うおっと!」


 しかし、ヘルトもすんでの所で回避、後方へ回転しながら距離を取る。


「【紅蓮の焔よ、怒りの咆哮となりて】」


「させん!」


 なおも詰められる距離と、飛んでくる槍。一秒の間に五度と振られ、突かれるその全てを躱し、弾くヘルト。


 甲鉄の音が、まるで嵐のように再び鳴り響く。


 それでもなお、詠唱は止まらない。


「【燃え上がれ。灼熱の嵐で全てを焼き尽くせ! バーニングブラスト】!」


「ぐあっ!?」


 槍を突き出した足元から突如として吹き上げた火柱に、咄嗟に身をよじったべリアスだったが、轟音と共にその右腕を飲み込まれ、苦悶の表情を浮かべた。


 香ばしい猪の匂いにヘルトはにやりと口端を緩めながら、再び距離を取る。


「【極寒の大地に眠る氷晶よ──】」


 繰り返されるヘルトとべリアスの攻防を、ただただ勇者は愕然とした面持ちで見ていた。


「……な、何なのよ彼」


 信じられない。


 ありえない。


 この際、ヘルトがどんな経歴で、どんな人間なのかそんなことは考えなくて良い。ただただ純粋に目の前のヘルトの存在はありえない、テュシアはそう思う。


 魔王軍四天王を相手に剣一本で攻撃を防ぐ?


 第一階位の魔法は詠唱を省略し、第三階位の魔法ですら戦闘しながら詠唱?


 齢二十にも満たない少年が?


 ありえない。


 ありえるわけがない。


「【サンダーボルト】!」


「ぐおおっ!」


 少年の剣先より放出された雷撃がべリアスへと一瞬の内に到達する。すんでのところで弾かれた雷撃が轟音と共に岩壁へとぶつかり、洞窟全体を轟かせた。


「はあっはあっ……しぶといなてめえ!」


「ふっ、私は魔王軍四天王! ただの人間に敗北なぞ、ありえん!」


 少年と魔王軍四天王が吠える。


 もはやその眼には互いしか映っておらず、目の前の敵を抹殺することしか頭にはない。


 激化していく戦い。


 勢いを増して突き出される豪槍と、残像を残して舞う剣閃。


 弾ける炎と、凍てつく冷気で乱高下する広間内の温度。


 されど両者の熱は留まることを知らず、上がっていく一方。


 そうして、遂に戦いは決着を迎えた。


「……ぐふっ」


 腹部を貫いた槍と、流れ出る血流をもってして。


「ヘルト!」


 崩れ落ちる少年へ、テュシアは声を挙げる。


 しかし。


「……」


 少年から帰ってくる言葉はない。


 腹部からドクドクと流れ出る血が銀灰色の地面を濡らしていき、その胸の上下運動は次第に鈍化していく。


「ヘルト! ヘルト! ヘルト!」


 どんな言葉でも良かった。


 うるさい、でも。


 騒ぐな、でも。


 なんでもよかった。


 でも。


「……」


「へるとぉ!」


 少年からの答えはない。


「ふん!」


 手心なく引き抜かれた槍が、周囲へより一層赤を撒く。


「はぁはぁ、見事だ」


 どすどすと重厚な足音を響かせて、べリアスが近づいてくる。


 人類の敵、魔王軍の四天王。


 出会ってしまえば逃げる間もなく殺される絶対絶命の象徴。


 しかし、テュシアは恐れない。怒りをもってして、その醜悪な顔面を睨みつける。


「あんた、絶対に許さないから」


「……ふん、貴様に何が出来るというのだ。剣も握れず、魔法も使えない貴様に」


 テュシアのあまりの迫力に一瞬気圧されながらもべリアスは言う。


「あの男、生きていれば歴史に名を遺す英雄になったかもしれんな。だが、それももう叶わん。ここで、名もなきその他として死ぬ。貴様のせいでな」


 どくり、とテュシアの心臓が跳ねた。


「……うるさい」


「……はあ、まったく。貴様は本当に面白味の無いやつだな。勇者だからといって魔王様を倒してしまえば最早用済みであろうに。どうしてあの小僧は貴様を助けようとしたのか。理解できんな?」


 べリアスの言葉に、テュシアは唇をギリっとかんだ。流れ出る血の味が口内を染め上げていく。


「さて、言い残すことはあるか?」


「……」


「ふん」


 無言のテュシアを、丸太のように太い腕が押す。細身の体はなすすべもなく、地面へと倒れ込む。


 テュシアの視界で槍が光る。茜色の陽光に照らされたそれは、テラリと陽光以上に赤く輝いていた。


 テュシアは悔しさを耐えるように瞳を固く閉ざす。


 どうして、か。


 胸中でテュシアは呟いた。


 そんなの分からない。


 あの男は私を嫌っていた。そんなのは目を見れば分かる。一体どうして嫌われたのかは分からないけれど、元来人に好かれるような性格ではないことは理解している。


 ならば、どうして。


 心底嫌いな人間を守るなんてどうかしている。


 そんなのはまるで……まるで──。


「では、さらばだテュシアよ」


 風切り音がテュシアの鼓膜を揺らした。


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