あなたに会えたのが、最後で良かった
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@aiueo4564654
血のように赤い日差しが差し込む洞窟で相対したべリアスは、妖しく笑う。
「まさかこんなところで見えようとは……」
その獰猛に光る瞳は、間のヘルトを素通りし背負われたテュシアへと注がれている。
「しかし、一体これはどういうことだ。魔王様を倒した貴様が、そんな様とは」
頭に手を当てて、失望した、そう体では表現しているものの、口元に浮かべた笑みはそのままだ。
膨れ上がった殺意を隠そうとしないべリアスの気迫に、ヘルトは一瞬気圧された。
しかし、背負われたテュシアは冷静にべリアスを見つめながら返す。
「そうね、どうしてかしらね」
「ふむ、相変わらず話の面白くない奴だ」
「そう、別にかまわないわ」
やはり淡々と言うテュシア。べリアスは心底面白くなさそうに言葉を返す。
「おい、貴様は今の状況を正しく理解しているのか? いくら貴様といえど、それだけの怪我をしていて、この私から逃げ延びられるとでも? いや、それとも敬愛する魔王様を倒した貴様を私が逃すとでも思っているのか?」
「その敬愛する魔王様を置いて逃げたのはどこのどなた?」
「ふっ、逃げ出したとは人聞きの悪い。戦略的撤退、いえ、戦略的進行と言ってほしいものだな」
ニタリ、と大きな口を歪ませるべリアス。他のオークも良くする仕草だが、魔王軍四天王の一人と知ってからは、この上ないほどの恐怖をヘルトに呼び起こした。
たらり、とヘルトの背に冷たい汗が流れる。
「お、おい、テュ」
「ここまででいいわ。下ろしなさい」
魔法を使えず、歩けない勇者。従者はただの冒険者。相対するは魔王軍でも最高レベルで危険な存在。
どこからどう見ても詰んでいる。そうテュシアは判断した。
だから、ヘルトの言葉を遮って言った。
「は? 何言って……て、おい暴れるな! お、落ち! ……あ」
ドサリ、とヘルトの腕をすり抜けてテュシアの体が落ちる。
地面に自然落下の後叩きつけられたテュシアはよろよろとしながらも、自らの足で立ち上がる。折れた足から走る激痛に顔を歪ませることなく、その黒曜石の瞳はしかとべリアスを捉えている。
「お、おい、テュシア」
「あなたは黙ってなさい。今あなたに出来ること、無いでしょう? べリアス! あなた、どうしてここにいるの?」
ぶつけられた言葉に頭を殴られたような衝撃を受ける。
その通りだった。反論が出来なかった。
ヘルトはただ、彼女が何とかしてくれることを祈ることしか出来ない。
「どうして、だと? 決まっておろう。魔王様亡き今、魔族は混乱の最中にある。そう、つまりは私が魔王になるには最大のチャンス! 人間族の街を征服し、私が魔王と名乗りを挙げるのだ」
べリアスもヘルトを一瞥することなく、テュシアへと返す。
それはヘルトなど眼中にない、そう言外に伝えていた。
相対する魔王軍四天王と人類の希望。
まさしく英雄譚の一幕で、本来ならば彼女の隣には勇敢な戦士や聡明な魔法使いが立ち、死闘の末に悪を打ち滅ぼす。
だが、今の彼女の傍にいるのはヘルトだけ。
仲間ですらない、彼女の命を狙う小悪党として彼はテュシアの英雄譚の一幕にいる。
ギリっと彼の拳が音を上げた。
「そう、あなたが逃げ出したのはそういうことね。つまりは私たちが魔王を倒すのを見越して虎視眈々と狙っていた、と」
「ああ、貴様らの帰還が想定外に早く、どうしたものか、と気を揉んでいたところだ。一年ほどかけて帰ってくるのが通例ではなかったのか?」
「それは歴代の勇者達が旅の途中で立ち寄った村に挨拶をしていたからよ。そんなコミュニケーション能力、私にはないわ」
「誇って言うことか? と、それはまあいい。しかし、まさか最大の懸案事項がまさか飛び込んでくるとはな。しかも、満足に歩けず、魔法も使えない状態で」
再度牙が顔を覗かせる。
やはり気付かれていた。ヘルトは心の中で舌打ちをする。
しかし、テュシアは絶望的な状況の中でも、その不適な笑みを崩すことはない。
「ねえ、一応聞くけど、私たちをこれからどうするつもり?」
「殺す。当然だ」
「そう。なら、取引をしましょう」
「取引、だと?」
「考えてみなさい。手負いとはいえ、あなた如きが私を無傷で倒せるとでも?」
明らかな挑発の言葉にべリアスの眉がピクリと動く。だが、テュシアは反論を許すことなく、言葉を続ける。
「私はあなたの討伐依頼を受けてここに来た。当然万魔の至宝と百武の雄もいるわ。戦闘になればその気配をかぎつけてすぐにでも駆けつけてくるでしょうね。だから、取引よ」
二人の名を聞いて、ベリアルの空気が一変したことをヘルトは感じ取る。
(一体何を言うつもりだ? この状況から助かるような方法があるのか?)
勇者と言えば魔王軍からすれば何としても屠らなければならない存在。何をどう交渉したら二人を見逃してくれるというのか。
(もしや、魔王軍の重要な機密を握っている?)
そうだとしてもテュシアを殺せば済む話だ。
(一体どうすれば、この状況から二人とも生き延びる?)
分からない。ヘルトの頭ではいくら考えようと、その答えは分からなかった。
だが、そもそもの前提が間違いである、そうテュシアから告げられる。
「彼だけは見逃して」
「は? 俺?」
彼女の白い指がヘルトを指し示す。
「その男を見逃せば貴様は無抵抗で殺されると?」
「ええ、悪い条件じゃないでしょう? 彼がどんな人物かあなたは知らないでしょうけれど、流石に私よりも重要な人物ではないはずよ。仮に彼があの二人を呼んで来るとしても、それまでにあなたならこの場から逃げ去るのは容易なはずよ?」
「ふむ……」
「お、おい待てテュシア! 俺を見逃す代わりに殺されるだと?! 一体何を言ってるんだ?!」
彼女の口から出た、思いもよらぬ提案にヘルトは怒鳴る。
「そのまんまの意味よ」
「そんなことを聞いているんじゃねえ! どうして俺を助ける! どうしてお前が犠牲になる! そんなこと頼んでねえだろうが!」
「頼んでない? あなた、何を言っているの? 頼まれなきゃ人を助けちゃいけないの?」
「言葉遊びをすんな! お前は勇者で、俺はただの冒険者だ! どう考えても命が釣り合わねえ! どう考えてもこの場はお前だけでも生き残れるように動くべきじゃないのか!」
「釣り合い? あなた何を言っているの? 命の価値は平等……いえ、違うわね」
テュシアは目を伏せる。
「そうだろうが! だったら、さっさと俺にべリアスの足止めでもなんでも命じてみろ!」
そうだ。それこそが彼女なのだ、とヘルトは胸中で叫ぶ。
彼女は自分の命惜しさに神との約束を違えた大罪人であり、ヘルトの人生を否定した傲慢な女。
それがテュシアなのだ、と叫ぶ。
そうでなくてはならないのだ、と絶叫する。
しかしテュシアは──。
「いえ、私が死ぬべきよ。命の価値は平等じゃないもの。ねえ、ヘルト──」
「──あなたに会えたのが、最後で良かった」
そう言って、笑った。




