怒り
Xにて挿絵公開中。
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@aiueo4564654
深淵の底に鈍い音が二つ響いた。
「っつー!」
数十秒の自由落下の後、着地。可能な限り魔法で衝撃を殺したものの、全身に走った痺れにたまらずヘルトは声を挙げた。
一寸先も闇。そう表現するのにふさわしいほどの漆黒が彼を包む。落ちてきた頭上を見上げても、先ほどまでは眩しく照らしていた光の一辺すらもない。
完全な闇の中、全身をくまなく触診し、打撲程度の怪我しかないことにほっとする。痛む部位に回復魔法をかけたヘルトはさらに魔法を唱える。
「【トーチ】」
生み出された光球によって、辺りが照らされる。
上部と変わらずごつごつとした岩肌。しかし、地層に変化があったのか色は赤褐色ではなく銀灰色。ヘルトが落ちた円形になった小さな部屋、つながる通路は一つだけ。
「今度は、ちゃんと袋小路だろうな」
先ほどの出来事を思い出し、疑心暗鬼になりながらもヘルトは辺りを見回す。
「おい、テュシア。大丈夫か?」
魔法の行使には二つのステップを踏む必要がある。
呪文の詠唱と魔法名の宣告。
その二つを経て魔法が発現するのだが、卓越した実力があれば呪文の詠唱は省略することが出来る。
明かりをつける程度の低級魔法であればヘルトも魔法名だけを唱えるだけで事足りる。しかし、数十メートルにも及ぶ落下の衝撃を殺しきることは不可能だ。
だが、彼女は魔王を倒した勇者だ。当然自身よりも華麗に着地を決めているだろうと、ヘルトは高を括っていた。
だから、視界の端にうずくまる黒い塊を見た時に、それが何なのか初めは全く分から無かった。
「……ぐぅっ、ぁあ!」
「テュシア!? ──っ!」
慌てて駆け寄った後、思わず目を背ける。
細く雪のように白かった右足は黒紫色に膨れ上がり、しなやかだった手指はあらぬ方向に折れ曲がりペンすらも握れないだろう。頭部からはおびただしい量の血液が流れ出て、銀の地面に深紅の血だまりを作っていた。
「そういう、ことか……!」
予断を許さない容体の彼女を前に、ヘルトは意を決したように息を吐く。
それから、テュシアの治療に取り掛かった。
出血部位を回復魔法で塞ぎ、骨折した右足へは剣の鞘をあてがって固定する。
徐々に冷たくなっていく彼女の体に触れる度、声にならない絶叫があがる。
「──ぁぁぁあ!」
(クソが!)
彼は思う。
彼女の言ったことをようやく正しく理解した自分に対して。
テュシアはジニアに殺されなければならない。ならば当然、彼女に殺されるまでは死なせるわけにもいかない。
つまり、彼女はヘルトに約束させたのだ。
テュシアを守れ、と。
「ぅぐ……い、いた…………い」
(どうして俺が!)
彼は思う。
おそらくはこの状況を作り出したジニアに対して。
このままテュシアを見殺しにしたとして、おそらく目的は達成されない。でないと、ジニアが落ちる間際に言った言葉の意味が分からなくなる。
どうして仇敵たる彼女の命を救うために、これだけ必死にならなければならないのか。
「ぃゃ、だ……」
(ふざけんな!)
彼は怒る。
何に、かは彼自身も良く分からない。
こんなことをさせられている自分自身にか。
こんなことをさせる彼女にか。
それとも──。
「……し、に…………たく、ない…………」
彼の心には荒れ狂う嵐のように、どうしようもないほどの怒りが吹き荒れていた。




