約束、守ってくださいね
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@aiueo4564654
「ったく、ちょっとふざけただけなのに、あんなに怒らなくてもいいだろうが」
顔を真っ赤にして怒るプリムの顔を思い出して、そう独り言を言いながら、ヘルトは用を足す。
仲間達の下から通路に入って一、二分程歩いたところにある袋小路。魔法で照らされてその姿を露わにする謎の壁画がヘルトの琴線に触れて、そこで用を足そうと決意した。もしかすると文化的価値があるものかもしれないが、そんなの彼には関係がなかった。
「ふぃー……」
下半身に満足のいくまで付き合った後、魔法で出した水で手を洗う。そして、いざ仲間達の下へと踵を返した時。
「終わりました?」
「ほわぁっ!?」
ジニアがいた。
「お、おま、お前、なんでここに!?」
「どうしてそんなに顔が赤い……ああ、そういえば人間は下腹部を見られると恥ずかしがるんでしたね。大丈夫ですよ、見てませんので」
「そ、そうか」
淡々と発されるジニアの言葉に、ヘルトの頬はさらに紅潮していく。
「少しあなたと話がしたかったんですよ。それで、私もおしっこって言って来ました」
「お前はもう少し恥ずかしがれよ」
そんな言葉にジニアは一瞥を返しただけで、返事はない。キラリと陽光を受けて光る金瞳が落ち着け、真剣に聞けと雄弁に物語っている。
「後付けで大変申し訳ないんですが、彼女の殺害についてはいくつか決まり事があるんです。言わなくても大丈夫、と今までは思っていたんですが、昨日からのあなたの様子を見てそういうわけにもいかなくなりました」
「決まり事だと?」
「ええ、決まり事です。あなた、テュシアさんに相当の殺意を抱いているでしょう? 私と出会った時以上のものを、昨日の夜から」
「……」
天才魔法使いとはいえ、人間であるプリムにも気付かれたのだ。天使であるジニアがヘルトの感情の動きを見逃すはずはない。
図星を突かれてヘルトは押し黙る。
「私的には大変ありがたい心持ではあるんですが、テュシアさんが転生するには彼女がただ殺されればいいというわけではありません。それだと強すぎますので」
それにはヘルトも気が付いていた。もしも彼女が死んだだけで他の世界に転生するのであれば、それはもはやゲームオーバーになろうとも何度でも挑めるゲームと大差がない。
そんなことが出来るのであれば、勇者の使い回しなどする必要が無いからだ。
「彼女が次の世界へと転生するルール、それは神に属するものから死を与えられることです」
その言葉でヘルトはルールの全容、そしてジニアが言いたいことを理解する。
「神に属するもの、つまりはお前か。そして、俺が殺すのはダメ、と」
「ええ、その通りです」
「なら、別に心配しなくても良い。俺は別にあいつのために自分の手を汚そうなんて考えはないし、そもそも俺があいつに勝つことは不可能だ。ちゃんとお前に殺させてやるよ」
それはこの任務の中で明確にヘルトの中に芽生えた確信だった。
揺れ動かない体幹に、油断なく張り巡らされた注意の網。先ほどのヘルトの冗談にも、一際早く構えを取っていた。
それに何より、二年の間に成長したプリムとイディオ。人類の中でも一、二を争うほどの実力者達を従えているその事実が何より彼女の強さを示す。
おそらく、彼女の言う通り魔王軍四天王程度であれば本当に一人で倒してのけるだろう。
自分では完全に実力不足だ、とばかりに頭を振った。
「そうですか。では、約束ですね」
そう言って差し出された小指。
「? なんだ?」
「異世界での約束の仕方ですよ。指切りげんまんというやつです。ほら、小指を出して」
「あ、ああ」
戸惑いながら差し出された小指に、ジニアは自身の小指を絡める。
「嘘ついたら針千本飲ーます。指切った」
「ははっ、なんだそれ」
彼女の言葉にヘルトの口から乾いた笑いが漏れる。ジニアも相変わらずの無表情の中にはどこか喜色が浮かんでいた。
そして、交わした契りの証が解かれる。
その冷たくも柔らかい指に少しだけ名残惜しさを感じつつ、照れ臭さを隠すためにヘルトは言う。
「じゃあ、戻るか。全く、こんなことで人の小便を覗きやがって」
「だから見てませんってば。そもそも、そんな繊細ならこんなところでしなければ良いじゃないですか」
「繊細だからこんなところで縮こまってやってたんだろうが」
「? でも、もし前から人が来たら丸見えですよ?」
「? どうやったら前から人が来る」
袋小路の奥、ジニアの言葉にヘルトの脳内でははてなマークが躍る。
会話がかみ合っていない。
「通路だからですよ。それともあなたは全人類が、進んだ道は決して戻らねえ、なんて男らしさを曲解したような考えをしているとでも?」
細い顎に右手を当てて小首を傾げるジニア。
キラリとその瞳が光るのを見て、ヘルトはまさか、と勢いよく振り返った。
魔法で作った照明は必要最低限。数歩先が見える程度のものだ。
なら、どうして彼女の瞳が輝くのか?
「──なっ!?」
衝撃に、ヘルトの瞳孔が開き、飛び込んできた光の奔流に目が焼かれる。
袋小路だったはずの通路、ちょうどヘルトが即席のトイレとして使ったごつごつとした壁は綺麗さっぱり消え去り、光の差す広間が広がっていた。
突如として現れたそれに、ヘルトは動転しながらも駆け寄って中を覗き込む。
洞窟、もはやそう表現するのが正しいのか思い悩むほどにそこは光で満たされていた。端から端まで百歩はかかるであろう広大な空間の頭上にはぽっかりと穴が開き、陽光が降り注ぐ。壁面には深紅や青緑、薄紫様々な色を持つ鉱石が顔を出しており、視界の端々で綺羅星のように輝いている。
まさしく幻想郷を体現したかのような空間の中、一際存在感を放つのは中央に築かれた台座。そして──。
「剣?」
その台座に深々と突き刺さった剣だった。
頭上の光がまるでスポットライトのようにそれを照らし、まさしく我が世界の主役である、と主張する。
細身の刀身は長い年月を経てすっかりとさび付いており、切れ味は火を見るよりも明らかだ。にもかかわらず、底光りするその神秘性がそれの唯一性を見る者の視界に焼き付ける。
「剣? 剣がどうかしたんですか? 見せて見せて」
暗闇に慣れた目を細めながらも剣に剣に視線を奪われるヘルトの背後から、ジニアも顔を覗き込ませる。が、その反応は驚きに目を向くヘルトとは打って変わって薄い。
「なんだ、あれですか。こんなところにあったんですね」
「知ってるのか?」
「ええ、勇者の剣ですよ。あれ」
「ユウシャノツルギ? ユウシャノツルギ……勇者の剣!? って何?」
字面に大げさに驚いてみたものの、初めて聞く言葉にヘルトはジニアへと問いかける。
かつて歴史の表舞台に勇者は数人登場したが、別に皆固有の武器なんてものはなかったはずだ。剣を使う時ももちろんあるものの、ある時は槍を使い、またある時は弓を使う。中には投石で戦った、などとサルみたいな逸話をもつ者もいる。
偉大なる英雄達の華々しい伝説を思い起こすも、やはり分からない。
勇者の剣とはなんぞや。
「聖剣カルディアスですよ。この世界の最初の勇者アリアが使った聖剣。アリアが死した後は台座に戻り、新たな勇者が現れた時再びその光をもって世界を照らす。知りませんか?」
カルディアス。
アリア。
知らない。
「はあ……その様子だと知らないみたいですね。でもまあ、それも自然の流れですか。アリア以降は誰も抜いていないみたいですし、そうこうしている内に女神様が異世界から勇者を連れてきましたからね。そんな実態のない大昔の伝承なんて風化して当然です」
天使によって語られる形亡き英雄の逸話。
今は名もなき英雄の、忘れ去れた伝説。
ヘルトは直感する。
これは、儲け話になる、と。
「おい、もう少し詳しく」
「? 気になるんですか?」
突然目の色を変えて前のめりになりながら聞いてくるヘルトに、ジニアは若干体を引いてそう返す。
そんな間にもヘルトの頭は目まぐるしく回転していく。
本にしたときの印税はいくらになるのか。勇者の剣の挑戦料はいくらにするか。いや待て、その前に権利関係を何とかすべきか。幸いこんな禿山なんて捨て値同然で買えるはずだ。ならば、この聖剣が見つかる前に買い叩いておくべきだな。
これから始まるバラ色の不労所得生活に思いを馳せるヘルトの脳内からは、どうしてこの広間が突如として現れたのか、そんな疑問はすっかりと消え去っていた。
「一体何を考えているのか、なんとなく想像はつきますが……その前に、横、見た方が良いですよ?」
「横?」
左、ヘルト達が通ってきた通路の方へと視線をやるジニア。それに倣い、視線を滑らせていくと。
「何をしているの?」
漆黒の少女、テュシアが薄く笑う。
「用を足しに行ってどれくらいたったのかしらね? 魔王軍四天王が潜伏してる洞窟で逢引かしら? 随分とまあお熱いことで。彼女に言ったらどんな顔をするかしら?」
弓なりになった瞳は全く笑っておらず、その声音は底冷えするほどに冷たい。プリムに密告すると脅すなどと、ヘルトにとっては最悪の事態を持ち出す辺り彼女の怒りが伺えた。
遠くからイディオの声がする。
「おーい、ヘルトぉ! どこだい? 本当は大きいほうかい?!」
目の前の少女と打って変わって底抜けに明るい声がヘルトの神経を逆撫でした。
「用を足すにしては長すぎるから、探しに来てみればまさか二人でいちゃついているとは思わなかったわ」
「いちゃついてなんか」
「じゃあ、ここで何をしていたの?」
うぐ、と言葉に詰まるヘルト。
正直に奥の広間のことを話せば、その歴史的重大な発見にテュシアの溜飲も下がるだろう。だが、言いたくない。
誰かに知られた時点で、俺のバラ色の生活が破綻する!
必死に考えを巡らせるヘルトだったが、一向に良い言い訳が思いつかない。そうこうしている内に。
「実はあの奥にすごいものがありまして」
「奥? 一体何が……?」
天使がヘルトの思惑を完全に理解した上で、とどめの一言を放つ。
テュシアは怪訝な顔をしながらも、ヘルト達の間を通り抜けて広間の方へと向かう。
「ちょ、ちょっと待て!」
「きゃ! ちょっと、触らないでよ!」
突如として二の腕を掴まれて、その歩を強制的に止められる。
とても魔王を倒したとは信じられない程に細い二の腕を掴む手に力を込めてヘルトは叫ぶ。
「待て! 待つんだ! その奥にはたくさんの罠が!」
「別に良いわよそんなの! 気にしないから!」
「そ、それと……そうだ! 危険なドラゴンが眠っているんだ!」
「気にしない! ぶっ倒すわ!」
「あと、そのー、あれだ! その奥にはあまり女性が見るのもあれな壁画があってだな」
「気にしないって言ってんの!」
「気にしろって言ってんの!」
ぐぐぐ、と両者の力が均衡する。
見た目からは想像もつかないほどの膂力にヘルトは驚きながらも、必死にその歩を止めて、彼女を説得する方便を考える。
言動からは想像が出来ないほどにがっしりとした掌の感覚に、少しだけ恐怖心を抱きながら、テュシアは一歩を踏み出そうと全身に力を籠める。
片や孤児から勇者候補へと昇り詰めた男。
片や魔王を打倒せしめた女。
両者の膂力は完全に拮抗し、二人ともその身を小刻みに震わせながら、己の目的のため相手を組み伏せんとした。
古来より実力者同士の争いは両者に付け入る隙を生むのが相場だ。虎視眈々とその座を狙うもの、恨み辛みを募らせたもの、闇に暗躍するもの。それらが好機とばかりに牙を向く。
今がそんな時だった。
──振動が二人を襲う。
「うおっ!?」
「きゃあ!?」
二人の悲鳴をかき消すほどの轟音が臓腑に響き、胃の中のものをぶちまけそうになるほどの振動が襲う。
そろってたたらを踏んで地に倒れ込む。
倒れ込もうとした。
だが、すでにそこに地面はなく、まるで冥界の入り口のように開いた穴が二人を飲み込んだ。
体を包む浮遊感。重力により加速していく体。身を包む凍てつく冷気。
ありとあらゆる恐怖の中で、ヘルトは。
「【マナシール】。──約束、守ってくださいね。ヘルトさん」
優し気な、そんな声が聞こえた気がした。




