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自覚

Xにて挿絵公開中。

よろしければそちらもご覧ください。

@aiueo4564654

 日も落ちかけた頃にテュシアに追いついた時、すっかりとヘルトは陰鬱な気分に包まれていた。さすがは、女神との約束を一度も果たさずに放棄した女だな、と。


「……お前、何してるんだ?」


「野営よ。もう日も暮れたし、洞窟に突入するのは明日。そう決めたから」


「少しくらい相談ってものを」


「うるさい」


 まさしく噂通りの回答に、ヘルトは苦笑する。


 目的地である禿山の麓、まるで山との境界線のように緑と茶褐色が互いの領土を主張し合っている地点で彼女はテントを張っていた。


 薄暗い空の中に輝く星々の下には、煌々とたき火が焚かれ、三脚状に組まれた木々からは鍋が吊るされている。鍋の中は彼女が作ったのか、シチューがぐつぐつと湯気を立てており、地べたに座った彼女は時折鍋の中を掻き回す。


 なおも自身に注がれるヘルトの視線に気づいたのか、テュシアは鍋と彼の間に入るようにその位置を変える。


 お前の分はない。


 そう暗に伝えてくる彼女にさすがに一言言ってやろうかとも思うヘルトだったが、下手に突っかかって喧嘩になることを恐れて、閉口する。横に視線をやれば、プリム達もテュシアの考えを完璧に把握しているのか、薪を拾って火を起こしているところだった。


 同じ依頼を受けた仲間達。彼らは二つのたき火にあたりながら、夜は更けていく。


 テュシア以外の夕食はヘルトが準備した。他の面々に料理など不可能だ。彼の作ったカレーを余さず食べつくし、プリム達が食後の運動を始めた時、遂に天使が動き出す。


「ほら、今がチャンスですよ」


 いまだにシチューを食べ続けるテュシアを示してジニアは言う。


「いや、今食事中だし」


「何を日和っているんですか。あなた、今がどういう状況か分かってるんですか?」


「ぼっち飯してる奴を見ながら内緒話」


「……そう言われるとなんだかひどいことをしているような気がしますが、私が言いたいのはそういうことではありません。ほら、空を見上げてください」


 言われた通りに見上げるヘルト。すでにどっぷりと日は暮れて、星々が存在の主張を一層強くしていた。


「星が綺麗だな」


「そうです、その通りです。今、彼女の下へ行けば星空の下語り合う男女の完成です。良いですか? 女性なんてものはみな一様にロマンティックな状況に弱いんです。そんな状況に持ち込んで、一発チューでもしてくればイチコロですよ」


「俺の命がイチコロになると思うんだが」


「でしょうね」


「ぶっ飛ばすぞ。……なあ、今更なんだが、別に仲良くならなくてもいいんじゃないか? 例えば、あいつに心底嫌われた状態で、果たし状を叩きつける、なんて方が」


「無理です」


 ヘルトの言葉が終わるよりも早く、ジニアは告げた。


「彼女が怒り程度の感情で衝動的に動くことはまずありえません。警戒しているでしょうから。この期に及んで彼女が無警戒に動くとすれば、うれしすぎて心が躍るような出来事しかないでしょう」


 断言するようにジニアは述べる。


 どうしてそこまでの自信があるのか、ヘルトの脳裏にそんな疑問が芽吹き、その花を開かせようとする間も与えず、ジニアは続ける。


「と、いうことで、行ってきてください。別に今の時点であなたに仲良くすることなんて期待はしていません。ただ話すだけで良いんです。単純接触効果というやつです。ほらほら行った行った」


 ぎゅうぎゅうと背中を押すその細腕には信じられない程の力がこもっており、転びかけながら、ヘルトは無理やりにテュシアの前へと踊り出る。


「……何?」


 突然の闖入者にも彼女は動じず、シチューを口に運ぶ手を止めて言った。


「……」


 話したくない。


 彼女の性格だけではない、昔日の恨みがヘルトを心の底からそう思わせる。


 しかし、これが天使の計画に必要なことと、意を決したようにドカッと彼女の隣に座り込む。


 夜空よりも暗い闇を湛える瞳が細められた。


「「……」」


「「……」」


「……」


「ねえ、本当に……何?」


 突然やってきたかと思うと、ずうずうしくも隣に座り込み、沈黙する男。さしものテュシアといえど、無視など出来ない奇行だ。


 ヘルトは、思った。


(──一体、何を話せば良いんだろう?)


 恨み言ならたくさんある。怒りをぶつけることは簡単だ。だが、ジニアの考えた作戦のためにはそんなこと出来るはずがない。助けを求めてジニアの方へと視線をやると、狸寝入りを決め込んでいる。


 あの野郎……、怒りと共に頭を抱えるヘルトだったが、ほわりと鼻孔を擽る甘い香りに自然と言葉が漏れた。


「シチュー、旨そうだな……」


「……そうね、美味しいわ」


 会話終了。


 再び頭を抱えるヘルトに、テュシアがため息を吐きながら言う。


「ねえ、そこにいられると邪魔なんだけど。用が無いならさっさと離れてくれないかしら?」


 無碍もなく言うテュシアに、いよいよ困窮したヘルトはいっそ本当にキスでもしてやろうか、やけくそにそんなことを思いながら、何か会話の糸口はないかと辺りを見回す。


 煌々と燃え滾るたき火。月が照らす草木の生えていない禿山。 魔法の練習と称して好き放題打ちまくるプリム。魔法を避ける練習と称して逃げ回るイディオ。


 視界に映る馬鹿二人の姿に、ヘルトは天啓を受ける。


「な、なあ、魔王討伐の時の話を聞かせてくれよ!」


 我ながらいい案だと、ヘルトは思う。


 勇者の魔王討伐の話など、それだけで本一冊が書けるほどに語ることはたくさんある。ジニアが言った単純接触効果の意味は詳しくは分からないが、これならばただ話すだけ、との彼女の指示も問題なく達成出来る。


 そんな満足感に包まれたのも束の間。


「魔王城に行って魔王を倒してきたわ」


「……それだけ?」


「それだけ」


 会話、終了。


(会話、続かねえええ!!!!)


 心の中で絶叫し、涙目になりながら三度頭を抱える。


 降り立つ静寂に燃え滾る木々の破裂音が小さく響き、たなびく風が緑の爽やかな音を鳴らす。プリムの放つ魔法の轟音がそれらをかき消していく。草木の無い禿山付近には虫も魔物も生息していないのか、それらの音だけが二人の間を流れていた。


 そして、それらに溶けるように声が響いた。


「もう十分でしょう? いい加減離れて。さっきからあなたの恋人が私を睨んでるのよ」


「は? 恋人? 誰が?」


 突然の言葉にヘルトは驚き、テュシアは彼の後方を指し示す。振り返ると、そこには。


「~~~っ!」


 感情の起伏が魔法を強くも弱くもする、そんな教科書の一文を体現するかの如く怒りで顔を真っ赤にしたプリムと。


「うわあああああああああああああ!!!!!」


 傷つけば血が出る、そんな自明の理を体現するかの如く、顔面を血で真っ赤にしたイディオの姿。


「おい、お前まさかあの鬼人の如き女が俺の恋人だと?」


「違うの?」


「違う。どうしてそうなった」


「だって、魔王討伐の最中にずっとあなたの話をするんだもの。ヘルト、ヘルト、ヘルトって。おかげでこっちはノイローゼになりそうだわ」


「……そ、そうか」


 苦虫を噛み潰したかのような表情のテュシアとは対照的に照れた表情を浮かべるヘルト。


 だが、プリムが自らに好意を抱いている、などという幻想を抱くことはない。いくら何でも意中の相手に再会した直後地獄の炎を食らわせる奴などいるはずもないからだ。


 ぶんぶんと頭を振ってヘルトは冷静さを取り戻す。


 が、すぐさまその行為は無駄になった。


「あなたとは今日初めて会ったけれど、結構あなたとお似合いだと思うわ。だから、さっさと彼女の下に行きなさい」


「……は?」


 ──あなたとは今日初めて会った。


 全てを拒絶するかのようなその声以上に、その言葉がヘルトの心を揺さぶった。


 二年前の彼女の言葉をヘルトは一瞬たりとも忘れたことなど無い。


 朝に目が覚めてから、夜に寝るまで常に胸の底にあった。それどころか夢の中にすら出てくる始末。

彼の人生に大きな楔を打ち込んだ件の人物はそれを忘れていると言う。


 その事実がまるで自らの人生を、血の滲むような努力を、全てを真っ向から取るに足らないものとして扱われたようで、マグマのような怒りがヘルトの心奥から湧いてくる。


 全身の血流が沸騰しそうなくらい熱く、体温が急激に上昇していく。握りしめた拳がぶるぶると震え、食いしばった奥歯が痛む。


「話は終わりかしら?」


 過ぎたことだと思っていた。


 とっくに風化したと思っていた。


 そう、思っていただけだった。


 実際に彼女と再会して、そう悟る。


「ああ」


 魔法が立てる轟音だけが静かな夜に鳴り響き、少年は爆発的に燃え上がる情念を自覚した。


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