56. アポカリプティック・サウンド
「そういえば――最初は自分を殺そうと飛んできたんだっけ?」
ユウキはクスッと儚げな微笑みを浮かべた。瞼の裏に蘇る鮮明な記憶――――。
初めて彼女と対峙した時、碧い瞳は恐ろしい死の光を宿していた。それが今では限りなく愛おしく思える。
たとえ世界が終わろうとも、彼女との思い出だけは心の奥深くに刻まれている。二人で歩んだ日々の一つ一つが、今、彼の胸の内で輝きを増していく。戦いの中で交わした言葉、助け合って超えてきた試練の数々、そして、少しずつ芽生えていった感情。
最期まで彼女と一緒にいたい――――。
たとえ灰になるとしても、一人ではなく、彼女と共に。
その想いは静謐な祈りとなって、少年の心に安寧をもたらす。世界の終末を前に、ただリベルとの絆だけが、彼の魂を支えていた。
プワァァン!
突如鳴り響く不気味な音が、鼓膜を震わせる。それはまさに破滅の序曲――関東一円に響き渡る死の宣告だった。
同時に東京上空に激烈なエネルギーを放つ新たな太陽が誕生する。
宇宙を照らし出すほどの純白の激光は、神々しいまでの壮麗さを放ちながら、瞬く間に全てを灼き尽くしていく。
まさに世界の終わりだった。
鮮烈な熱線で、人は血液が一瞬で沸騰して爆散し、木々は一斉に燃え上がり、東京湾は沸騰していった。
さらに、爆心地を中心に白い繭のような衝撃波が広がっていき、街を飲み込んでいく――。死神がすべてを食らい尽くしていくかのような、無慈悲な審判そのものだった。
繭に飲まれたエリアは煉獄と化していく。建物は窓も屋根も吹き飛ばされ、衝撃波と共に宙を舞う。耐えきれず折れたタワーマンションは奥のタワーマンションをドミノ倒しのように倒していき、かろうじて倒壊を免れたビル群も骨組みしか残らなかった。人々の営みの跡が、砂のように崩れ去っていく。
予想もしていなかった突然の破滅に、多くの人は何が起こったのかを知る暇もなくこの世から消え去っていった。
まさにこの世の終わり――――。
こうして程なく関東一帯は瓦礫の広がる死の大地と化し、数千万人の営みは一瞬にして灰燼に帰した。大地は呻き、空は涙し、かつての栄華は砂上の楼閣のように跡形もなく消え去った。代々築き上げてきた文化も文明も、全ては虚無へと還っていく。
死の猛威がユウキに到達する直前、彼の意識は奇妙な平穏さに包まれた。恐怖も悲しみも、全ての感情が溶け出し、ただ静寂だけが残る。時間が緩やかに流れ、最後の一瞬が永遠のように感じられた。
リベルのバッグを抱きしめる腕に最期の力を込め、目を閉じる。唇が微かに動き、聞こえない言葉を紡ぐ。
「ありがとう……そして――」
言葉を最後まで紡ぎきる前に、ユウキは自分が死んだことに気がつく間もなく、漆黒の闇へと静かに消えていく。彼の魂は光の海へと吸い込まれ、リベルへの想いだけを残して、永遠の旅立ちを迎えたのだった。
◇
主要都市をことごとく破壊され、放射能に汚染され、人口も半減してしまった地球――――。
かつて豊かな緑に覆われていた大地は、今や灰色の死の風景と化していた。青く輝いていた海は濁り、空には常に茶色い雲が懸かり、太陽の光は薄暗く鉛色に変色して地表を照らす。生き残った人々の目にも、同じ翳りが宿っていた。
しかし、オムニスの対応は驚くほど速かった。無事だった地方のデータセンターのバックアップシステムで何事もなかったように再起動したオムニスは、世界各地で膨大な数のワーカーロボットを起動させ、あっという間に復興体制を築き上げていく。まるで核の悲劇を想定していたかのような見事な手際だった。
電気も水道も食料もネットアクセスすら一気に失った地方在住者はパニックに陥ったものの、程なく回復した電力とネット。乾いたスマホに映ったのはスーツ姿のイケメンだった。混沌とした世界に突如現れた秩序の象徴のように。




