39. 比類なき死の臭い
「おいおい! どうなってやがる?」
葛城の眼光が、刃のようにユウキを射抜く。その視線には、裏切られた者の怒りが宿っていた。
「話が違うぞ!!」
「こ、こんなの設計図に載ってなかったんです……」
ユウキは慌ててスマホを取り出し、震える指で画面を操作する。青白い光が、焦りに歪んだ顔を照らし出した。
「あ、急遽、対策されたってことでしょうか……」
百戦錬磨の戦士たちの猜疑の視線が、一斉にユウキに集中する。その重圧に、背筋を冷たい汗が伝った。命を預けて作戦に参加した者たちにとって、これは許されざる失態だった。
リベルに頼もうにも今、リベルは敵を引き付けるためにタワーの向こう側で激しい戦闘の真っ最中。遠くで延々と激しい砲撃の応酬が響き渡っていてとても助けを呼べそうにもない。
「チッ!」
葛城は舌打ちすると、素早く指示を飛ばす。
「RPG用意!」
「イエッサー!」
精鋭の隊員が、背負っていたロケットランチャーを肩に担ぐ。手慣れた動作で安全装置を解除していく様は、まるで儀式のように厳粛だった。
「目標シャッター! レディ……」
照準器の十字線がシャッターを捉える――――。
「ファイヤー!!」
バシュン!
鋭い発射音と共に、ロケット弾が白い航跡を引きながら飛翔する。
着弾――。轟音と共に、オレンジ色の火球が広がった。黒煙が、もうもうと立ち上る。
一同は、期待に胸を膨らませながら煙が晴れるのを待つ。しかし――――。
「ダメです! 貫通できません!」
隊員の報告に、全員が凍りつく。シャッターは、表面がわずかに凹んだだけだった。
「はぁっ!?」
葛城の顔が、信じられないという表情に変わる。
「要塞じゃねぇんだぞ……一体どうなってやがる……」
苛立ちを隠せず、煙の残滓を漂わせる着弾跡を睨みつける。その目に、初めて焦りの色が浮かんだ。想定外の事態――それは戦場において、最も恐ろしいことだった。
「ほ、他の進入経路を探します! すぐに!」
ユウキは震える指で、必死にスマホの画面をスクロールする。設計図を拡大し、別の侵入口を探す。だが、オムニスタワーの低層階は、まるで要塞のように堅牢だった。窓一つない、滑らかな壁面が続いている。
「おい! 急げよ!」
葛城の声に、苛立ちが募っていく。
「こんなところでモタモタしてたら、格好の餌食になっちまうぞ!」
その言葉は、痛いほど正しかった。敵地の只中で立ち往生することの危険性を、葛城は骨身に染みて知っている。かつて、同じような状況で仲間を失った記憶が、脳裏をよぎった。
死の影が、ひたひたと忍び寄ってくる。見えない標的にされている感覚が、全員の神経を蝕んでいく。
「ダ、ダメです……」
ユウキの声が、絶望に震える。
「正面玄関以外に入れる場所が見つかりません。でも……」
正面玄関は、最も警備が厳重な場所。そこを突破することは、自殺行為に等しかった。
「てめぇらの立てた計画だろうが!」
葛城の怒りが爆発する。大きな手が、ユウキの胸ぐらを掴み上げた。
「ここまで来て撤退なんてできるわけねぇだろ! 俺たちを殺す気か!!」
「ぐわっ!」
宙に浮いたユウキは、呼吸もままならない。
「ち、ちょっと待ってください! リベルぅ! シャッターが……」
必死の叫びが、言い終わらないうちだった――――。
ズン!
凄まじい衝撃音と共に、重厚なシャッターが吹き飛んだ。鋼鉄の破片が、まるで花吹雪のように舞い散った。
「うわっ!」「ひぃっ!」
隊員たちが、反射的に身を低くする。
煙が晴れた後には、大きく口を開けた搬入口。
「こっち来たらマズいんだからしっかりしてよね!」
青い光の軌跡を引きながら、リベルが優雅に飛び去って行く。午後の太陽を背に受けたそのシルエットは、一瞬、天使のようにも、死神のようにも見える。
「はぁ……とんでもねぇな……」
葛城は、呆然とリベルを見上げる。
かつての宿敵が、今は最強の切り札として機能している。その柔軟な機動性、圧倒的な破壊力は、まさに最強のワイルドカード。人智を超えた力が、戦局を一変させる。
「あ、あの……く、苦しいんですけど……」
まだ宙に浮いたままのユウキが、小さく抗議の声を上げる。
「おっと、悪い悪い」
葛城は我に返ると、慌ててユウキを地面に降ろした。そして、バンバンと陽気に少年の背中を叩く。




