34. 未来への扉
暗闇の中、辺りを警戒しながら地下通路を進む二人の前に、突如として現れた小型ドローン。赤い光を明滅させながら空中に静止すると、そのカメラが二人を執拗に観察し始めた。機械的なレンズの動きが、地下鉄の闇に不気味な影を落とす。
「キミたちが、オムニスの情報を持ってきたという協力者……か?」
小さなスピーカーからラジオのような声が響く。その声音には、長年の戦いで磨かれた警戒心が滲んでいた。電子ノイズに混じる微かなニュアンスが、向こう側にいる人物の疲労を物語っている。
「はい。私たちにはオムニスを倒せる情報があります。だからご相談をさせて欲しいなって……」
ユウキはつばを飲むと、緊張しながらドローンに向かって熱く語った。声は僅かに震えているが、そこには確固たる決意が込められていた。
「ふむ……。まず所属からお願いします」
「えーと、僕と彼女は高校二年生で……」
ユウキは身振り手振りを含めて頑張って答える。
その後も幾つもの質問が投げかけられ、ユウキは一つ一つ丁寧に答えていく――――。尋問のような厳しい質問の数々に、レジスタンスの置かれた厳しい状況が垣間見える。
黒髪の女子高生姿のリベルは横で、興味深そうにドローンを見つめていた。その瞳には、機械同士の共感のような不思議な光が宿っている。
やがてドローンは満足げに光を緑に変え、機械的な警戒から、わずかな信頼の色を宿す。
「付いてきてください」
そう告げると、ドローンは崩れた通路の隙間を抜け、やがて首都高速の裏側に隠された秘密の通路へと二人を導いていった。錆びついた鉄骨の間から、かすかに光が漏れている。
ドローンの羽音の響く中、濡れた壁面を伝う水滴の音が闇に木霊する。その音が地下空間に不気味な反響を生み、時折、バシャバシャと何かが急いで水を蹴る音がする。ネズミだろうか?
そんな深淵につながる迷宮のような通路にユウキの心臓は高鳴っていた。息遣いさえも大きく聞こえる緊張感の中、一歩一歩ドローンを追いかけていく。
リベルはユウキの背中のすぐ後ろを歩きながら、辺りに細心の注意を払っていた。万が一の事態に備え、いつでも戦えるよう秘かに拳を光らせている。その青白い輝きが、時折壁面に映り込んでは消えていく。
狭い管理室に案内された二人を待っていたのは、無精ひげを蓄えた中年の男だった。弱弱しい蛍光灯の青白い光が、憔悴した表情を浮き上がらせていたが、その瞳の奥には不屈の闘志が宿っている。
机の上には、数多の戦闘の痕跡を示す地図や報告書が無造作に散らばっていた。赤いペンで書き込まれた戦況報告が、これまでの苦しい戦いの歴史を物語っている。
「遊撃隊長の葛城だ。早速だが、オムニスの情報というのは?」
男は椅子に深く腰掛けたまま、鋭い眼差しを二人に向ける。その視線には、多くの戦いを潜り抜けてきた者だけが持つ凄みがあった。
「まずはこれを観てください」
ユウキは無造作に置かれていたホログラムディスプレイを見つけると、そこにメモリカードを差し込んだ。
ヴゥン……という電子音が響き、空中にパーティー会場の映像が浮かび上がる。青白い光粒子が織りなす映像が、薄暗い室内を幻想的に照らした。
「な、なんだ……これは……?」
初めて見る煌びやかなガラスの宮殿に葛城は困惑する。その瞳に映る豪奢な光景は、彼にとって想像を絶するものだった。長年の戦いで疲れ切った目が、信じられない物を見るかのように瞬きを繰り返す。手にしたコーヒーカップが僅かに震えていた。
「オムニスタワーの内部ですよ」
ユウキは葛城の反応を慎重に見極めていく。
「はぁっ!? AIの牙城がなんでこんなキャバクラみたいになってんだ!?」
葛城の声が部屋中に響き渡る。その表情には、怒りと驚愕が入り混じっていた。これまで信じてきた現実認識が根底から揺らぐ衝撃に、思考が追いつかない。
「実はオムニスはファントム司佐という男が乗っ取っているんですよ。そして、こうやって好き放題しているんです」
「な、なんだと……」
葛城は目を見開き、その荒唐無稽とも思える話に静かに首を振った。長年信じてきた前提が音を立てて崩れていくような衝撃に言葉が出てこない。
ユウキは一歩前に出ると、ここぞとばかりにオムニスタワーで見てきた話を丁寧に語った。仲間になってもらうには信じてもらうしかない。必死の想いを込め、両手をブンブンと振りながら熱く説明していく。その声に込められた真摯さが、葛城の心に少しずつ染み込んでいくようだった。
「確かに出入りしてる人間がいるのは知っていたが、まさか……」
葛城の表情が強張る。彼の手に握られたコーヒーカップが、僅かに震えていた。漆黒の液体が描く波紋が、混乱する心を映し出している。
「司佐の捕縛に協力して欲しいんです」
ユウキは葛城の目をまっすぐに見た。その眼差しには、人類の未来への切実な願いが込められていた。
葛城は大きく息をつくと椅子の背もたれに身体を預け、残りのコーヒーを一気に流し込む。そこには苦みで混乱する思考を整理しようとする思いが感じられた。
葛城は目をつぶり、黙り込む。
その沈黙がユウキにはとても長く感じた――――。時計の秒針が刻む音だけが、静寂の中に響いている。
やがて、カップを置く音が静かな決意を告げるように響く。
「ふぅ……。AIが暴走して人類を支配しているんだとばかり思っていたが、背後に人間がいたとはな……」
「はい。このバカげた支配を止めたいんです。協力してもらえませんか?」
ユウキは身を乗り出して訴える。その声には、人類の未来を変えたいという切実な願いが込められていた。
葛城は何度かうなずくと、壁に掛けられた無線機に手を伸ばす。
「分かった。幹部たちに相談してみよう」
無線機のスイッチが入れられ、静寂を破る通信音が響き始める。ピッ、ピッという電子音が、歴史の転換点を告げる鼓動のように鳴り響く。ユウキとリベルは息を潜めて、その様子を見守った。室内に漂う緊張が、新たな希望の予感へと変わっていく――――。




