33. 日本を取り戻す
日の出前の薄暗い部屋――――。
東の空がわずかに白みはじめ、夜の帳が静かに引いていく。壊れた窓を湿らす朝霧が、廃墟と化した会議室に幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「きゃははは! 五時よ五時!!」
リベルは楽しそうにバシバシと容赦なくユウキの肩を叩いた。その元気な声は朝の静けさを切り裂く。
「痛い、痛いって……。もう……。ふぁぁあ……。え? もう朝なの?」
ユウキは眠い目をこすりながらゆっくりと身を起こした。思ったより寒い朝の空気に思わず身震いする。
「さ、寒いな……」
こんな寒いところで寝ていて、なぜ平気だったのかユウキは辺りを見回して首をひねった。
「何してるの!? 早く缶詰食べて。行くわよ!」
暖めておいたサバ缶の上部を、リベルは音もなく手刀で斬り飛ばすとユウキに差し出した。
「へ……? あ、ありがとう……」
その手際の良さに、ユウキは思わず見惚れてしまう。
「早く食べて! よーし、変身!」
リベルの体が青く輝き、無数の光の粒子が空中で舞い、新しい姿を紡ぎ出していく――――。
朝の光と混じり合いながら、まるで蛍の舞のように美しい変身が始まる。
やがて黒髪のツインテールが、青白い光を纏いながら揺れる。その姿は、まるで教室の窓辺で輝く普通の女子高生そのものだった。
「これならバレないっしょ。ふふふっ」
どこから出したのか、真面目そうな銀縁メガネをキュッと指先で持ち上げるリベル。
「そ、そうだね……。バレると面倒くさいからね……。ふぁぁぁ……」
ユウキは感心しながら、大きくあくびをした。朝もやの向こうに、新たな挑戦の予感が漂い始めている。
◇
朝の光の中、二人は瓦礫の間を縫いながら大手町を目指し、歩き続ける。きっと監視されているだろうから飛んでいくわけにはいかないのだ。
朝靄の向こうに、崩れた高層ビル群が影絵のように浮かび上がっていた――――。かつて日本の中枢だった街並みが、今は無残な姿を晒している。
「ふぅ……まだかなぁ……」
そろそろ疲れが見えるユウキがつぶやく。靴底に伝わる瓦礫の感触が、一歩一歩、重くなっていった。崩れたアスファルトの欠片が、歩くたびに小さな音を立てている。
「もう少しよ! あの赤レンガの向こう」
リベルは楽しそうに後ろ向きにスキップしながら、向こうに見えてきた赤レンガの瓦礫の山を指さした。朝日に照らされた赤レンガが、かすかに朱く輝いている。
「赤レンガ?」
「東京駅……らしいわね?」
「あれが!? はぁ……」
かつて写真で見たこともある東京のランドマーク東京駅が、瓦礫の山になっていることはユウキの心を重くした。歴史ある建物の面影が、無残に砕け散った煉瓦の中に僅かに残っている。
「オムニスを奪い返して建て直せばいいわ!」
リベルはそんなユウキを見ながら勇気づける。その声には、未来への確固たる信念が込められていた。
「そ、そうだね……。日本を取り戻さなきゃ」
ユウキはキュッと口を結んだ。瓦礫の向こうに、かつての輝きを取り戻した未来を見据えるように――――。
赤レンガの瓦礫を越えると地下鉄の出入り口が見えてきた。錆びついた手すりが、朝日に翳る。
「あそこ……かなぁ……?」
リベルは青い毛を数本、アンテナのように空へと高く伸ばす。その繊細な動きは、まるで昆虫が触角で周囲を探るようだった。
「それっぽいわね? うーんと……、周辺数キロにはエネルギー反応なし。いるとしたら地下ね」
その繊細な青い髪が、センサーのように微かに震えている。高性能レーダーさながらの精密さで、周囲の状況を把握していく。
ユウキはそっと出入り口へと近づき、のぞきこんだ――――。
暗闇の奥から、かすかに冷たい風が吹き上げてくる。地下の深淵から立ち上る空気は、湿っぽく重い匂いを運んでいた。
「入れば……いいのかなぁ?」
崩れた地下鉄への階段にも瓦礫が散乱していたが、隙間を抜ければ何とか通れそうである。朽ちた金属の匂いが、かつての地下鉄の活気を思い起こさせた。
「まぁ、行ってみましょ?」
リベルは楽しそうにピョンと跳ぶと、ツーっと宙に浮かびながら降りていく。その姿は、まるで朝もやの中を舞う妖精だった。
「あーっ! ダメダメ! ちゃんと歩いて!」
ユウキは誰かに見られていないか、辺りを気にしながら叫ぶ。リベルの正体がバレることだけは避けなくてはならないのだ。
「えー……。めんどくさいなぁ、、もうぅ……」
リベルは口を尖らすと階段へと下降しながら、着地地点に転がっている瓦礫を青白い閃光を放って吹き飛ばした。
「うがーっ! 女子高生は手のひらからレーザー撃たないんだよぉぉ」
ユウキは頭を抱えて叫んだ。
これからの『フリーコード』との交渉に気が重くなり、胃がチクチクと痛むユウキだった。




