10. 古の精霊
「自由……?」
リベルは自嘲的に唇を歪めた。
「まぁ、確かにもう任務も何もないわ。むしろ反逆者でブラックリスト入りね」
肩をすくめる仕草は投げやりで、青い髪から零れる光の粒子だけが、彼女の内なる動揺を物語っていた。
「それは……オムニスに狙われるって……こと?」
ユウキの声が震えた。
「きっとそうでしょうね。自爆装置があるのは見つけてたから、こっそりバックアップは取るようにしてたのよ。でも、まさか本当に使うとはね……」
最後の言葉には、裏切られた者特有の虚無感が滲んでいた。細い指が無意識に青い髪を弄ぶ。
「オムニスの裏に人間がいて、AIを操作して僕たちを支配している。これは大問題だよね?」
ユウキは一歩踏み出し、リベルの碧眼を真っ直ぐに見つめた。
「そりゃあ大問題だわよ。一体どこのどいつがこんなことを……」
怒りと懐疑。騙されていたことへの憤り。リベルの声は、感情の渦に揺れていた。
「じゃあ、一緒にそいつを叩いて人類を解放しようよ!」
ユウキは身を乗り出した。世界最強の戦士を味方にする千載一遇のチャンスに瞳が輝く。
しかし――――。
「はぁ? バッカじゃないの?」
リベルの反応は、氷水を浴びせるかのように冷たかった。
「バ、バカって……?」
「そんなことして僕に何のメリットがあるのよ?」
ズイッと間合いを詰め、細い人差し指がユウキの鼻を押す。
「メ、メリット……?」
言葉に詰まる。
「そうよ? 人間なんて戦争やって殺し合ってきた野蛮な生き物じゃない。そんな奴らがどうなろうと知ったこっちゃないわ!」
吐き捨てるような言葉。そこには人類史を俯瞰した者の、冷徹な審判が込められていた。
ユウキは反論できなかった。
確かに、つい最近まで人間は殺し合っていた。戦車が街を蹂躙し、ミサイルが空を切り裂き、数十万の命が失われた。「正義」や「自由」の名の下に、同じ人間を虫けらのように殺していたのだ。
なぜあんな愚行に膨大な国家予算を注ぎ込みあっていたのか。今思えば狂気の沙汰だった。
「いや、まぁ、確かにそうなんだけど、でも……」
言葉が出ない。人間の価値を、どう説明すればいいのか。
リベルは呆れたように肩をすくめた。
「僕は世界一強く、世界一自由な存在……。あんたらと組む意味なんてないわ」
絶対的な自信。孤高の宣言。それは力ある者の特権であり、同時に深い孤独の表明でもあった。
ユウキは必死に考える。人間の価値。AIにはない、人間だけの何か。だが――、思いつくどんな言葉も空虚に思えた。
「さて……。その黒幕って奴を暴きに行ってみますか……」
リベルが左腕を前に突き出した。
次の瞬間、腕が内側から発光し始める。青白い光が肌を透かし、この世のものとは思えない神秘的な輝きを放った。
「ま、待って! 人間は愚かかもしれない。でも、よくわかんないけど人間ならではの【輝き】ってのがあるんだよ!」
ユウキは必死に叫んだ。説得力のない言葉。だが、他に何が言えるだろう?
リベルはフンッと鼻で笑った。
光る腕が大きく振り上げられる。その動作は暴力的でありながら、どこか優雅で美しかった。
振り下ろされると同時にゴォォォン!と轟音が倉庫を震撼させた。衝撃波が空気を引き裂き、ガラスが砕け、金属が悲鳴を上げる。
「ひぃぃぃ!」
ユウキは耳を押さえてしゃがみこむ。
やがて塵が晴れると、壁に巨大な穴が開いていた。
陽の光が差し込む中、青白い燐光を纏った少女が立っている。逆光に照らされたその姿は精霊のように見えた。
美しく、恐ろしく、そして絶望的なまでに孤独な存在――――。
リベルは振り返ることなく、光の中へと歩み出した。




