【7話】信じられない光景 ※アルゼ視点
ティクシリオン王国の第一王子――アルゼ・ティクシリオンは、婚約者のカトレア・ラジェンドラ公爵令嬢のことがずっと大嫌いだった。
傲慢でワガママ。
典型的なお嬢様気質で、いつも他人を見下している。
そんな性格をしている彼女のことを、好きになれるはずがなかった。
初めて会ったときから嫌悪していた。
婚約破棄をして関係を断ちたいとは、常々思っていた。
あんな性悪女と結婚するなんてごめんだった。
しかし面倒なことに、カトレアはアルゼにとてつもなく執着していた。
婚約破棄を認めてくれるとは、到底思えない。
怒り散らし、たくさんの嫌がらせ行為をしてくるに決まっている。
報復を嫌ったアルゼは、本心を押し殺してずっと関係を続けてきた。
それなのにあの日――王宮の庭園で、
「アルゼ・ティクシリオン! あなたとの婚約、ただ今を持って解消させていただくわ!」
カトレアから婚約破棄をしてきた。
(あのカトレアが自ら婚約破棄だと……ありえない。絶対に裏があるはずだ……)
アルゼはそう思ったものの、やはり晴れやかな気持ちもあった。
謎は残るが、カトレアとの婚約が終わったのは事実だ。
これでもう性悪女と結婚しなくていい。
そう思うと、嬉しくてたまらなかった。
しかし、その翌日の昼休憩。
アルゼは信じられない光景を目にしてしまった。
昼食を食べ終えたアルゼは、リエルト魔法学園の敷地内を散歩していた。
そのとき、少し離れた校舎裏に金髪の女子生徒がいるのを目にした。
「……シンシア・セルスタル」
彼女のことは知っていた。
貧乏な男爵家の出でありながら強力な魔力を持つ、例外中の例外。
入学前から、学園内でもかなり噂になっていた。
そんなシンシアの前には、複数の女子生徒がいる。
(友好的な雰囲気……ではないな)
女子生徒たちは口元に悪意のある笑みを浮かべている。
対してシンシアは、怯えた表情を見せていた。
(彼女の才能に嫉妬して危害を加えようとしている――と、そんなところか。不快だな)
イラついたと同時。
事態はさらに悪化する。
カトレアがそこに加わったのだ。
傲慢でプライドの高い彼女のことだ。
強力な魔力を持つシンシアのことを、良く思っているはずがない。
悪意ある笑みを浮かべている女子生徒たちと、目的は同じだろう。
(見過ごせないな)
止めようと、足を動かそうとしたとき。
信じられないことが起こった。
「やめなさい! シンシアをいじめる人間は誰であろうと許さないわ!」
なんとあのカトレアが、シンシアを助けたのだ。
「有り得ない……!」
自分本位で他人を見下しているカトレアが、人助けをするなんてありえない。
しかもその相手は、シンシア・セルスタル。
憎くてたまらない相手のはず。
(それなのに……なぜ)
唖然としてしまう。
アルゼは驚くほかに、なにもできなかった。
そうしている間に、カトレアがシンシアの手を取った。
(そうか……カトレアの狙いがわかったぞ。別の場所に連れて行き、危害を加える気だな!)
助けたとみせかけて、危害を加える。
上げて落とす方が、人間は大きなダメージは受ける。
カトレアの狙いはきっとそれだ。
(なんと醜悪な……!)
改心したかと思いきや、やはりカトレアはカトレア。
根っこは腐っていた。
「そうはさせんぞ!」
アルゼは急いで二人の後を追った。
しかしその予想は、大きく外れた。
「嘘……だろ」
大木の陰に隠れてカトレアとシンシアを見ているアルゼは、ひたすらに驚愕していた。
二人はベンチに座って、ただ仲良く昼食を食べているだけだった。
しかもカトレアは、ものすごく笑顔。
純粋で晴れやかな笑みを浮かべている。
カトレアのあんな笑顔は初めて見た。
太陽のような眩しさに、少し見とれてしまう。
「あれは……誰だ? 本当にカトレアなのか?」
そこにいるのは、純粋な笑顔で笑う女子生徒。
決して、アルゼの知っているカトレア・ラジェンドラではなかった。