【16話】一生懸命になるということ ※セシル視点
セシル・リクリーンは、世の中をつまらないと感じていた。
勉強、スポーツ、魔法――すべての分野においてセシルはトップクラス。
なんにでもすぐに極めてしまうような天才肌だった。
他の人が一生懸命努力してできることでも、セシルはすぐにできにできてしまう。
その才能を羨ましがる人間はとても多い。
しかし、セシルは違った。
なんでもすぐにできてしまうせいで、物事に一生懸命になれなかった。
世の中のもの全部が退屈で、つまらなく感じていた。
セシルにしてみれば、一生懸命になれるものを持っている人の方がずっと羨ましかった。
しかしそんなセシルにも、興味を引く人間が現れた。
カトレア・ラジェンドラ公爵令嬢だ。
彼女には小さい頃に一度だけ、社交パーティーで会って話したことがある。
ワガママで傲慢な女の子という印象を受けた。
でも生徒会に入ってきた彼女は、そのときの印象とガラッと変わっていた。
まるで別人にでもなっていたかのようだった。
(へぇ……おもしろいかも)
それが興味を持ったきっかけだった。
さらに面白いことに、カトレアはアルゼとルーファスに好意を抱かせた。
これまで全然女の子に興味を持っていなかったが二人が、あんなにも夢中になっているのは初めてだった。
そして先日、セシルはカトレアと模擬戦を行った。
正直、負ける気はしなかった。
セシルの魔力強度は『1,000』。
これまでも何度か模擬戦はしたことがあるが、すべて勝利していた。
模擬戦だけではない。
これまでの人生でセシルは一度だって、他者に負けたことがない。
だから今回の勝負だって、勝てると思っていた。
でも、それは大きく外れる。
結果は完敗だった。
カトレアの放った初級魔法【ファイアボール】に対して、セシルは全身全霊の魔力をこめて最高レベルの防御魔法【クリスタルシールド】を使った。
本気で魔法を使ったことは、生まれて初めてだった。
しかし、あっけなく突破されてしまった。
初めて本気を出したセシルは、初めての敗北を味わった。
悔しかった。
負けるとこんな感情になるなんて知らなかった。
でも、それと同じくらい気持ち良かった。
(そっか……一生懸命になるって、こういうことなんだね)
生まれて初めて一生懸命になれたセシルは、晴れやかな気持ちを抱いていた。
それを教えてくれたカトレアに、セシルは深く感謝した。
(カトレアがいれば、もう僕は退屈せずにすみそうだな)
「さて、今日はどんな風に僕を楽しませてくれるのかな」
放課後。
生徒会室に向かうセシルの足取りは、嬉しそうに弾んでいた。