第81話 初恋幼馴染は密着したい?
姫奈がどうして急にプールに行きたいと言い出したのか、結局いくら考えてみても理由に心当たりはなかった。
わからないものはわからない。
これ以上考えても無駄だろう、と和樹は見切りをつけ、取り敢えず目の前に広がるプールを楽しむ方へ思考をシフトさせた。
丁度、そんなときだった――――
「やあやあ、清水君。お待たせ~」
「ぁ、ちょっ……結愛……!」
背中越しに耳馴染んだ声。
ん? と振り返ると、結愛がこちらに手を振りながら、そんな結愛を追い掛けるように小走りで姫奈が近付いて来た。
二人ともレジャープールに相応しい水着姿。
結愛は少し布面積の大きなものではあるが王道の三角ビキニで、下にはデニムのショートパンツを重ねて履いている。
もちろん露出を抑えたいという意図もあるのだろうが、誰に対しても分け隔てなく接することが出来る結愛の明るい性格によく合っている。
そして姫奈は、と目を向けようとしたとき――――
「プールだぁあああ!」
「いっけぇ~!」
結愛の脇を通りすぎるように、夏祭りぶりに会う弟二人――幸太郎と智久がプールに向かって勢いよく走っていった。
「あぁ、もう。走ったら危ないって言ったのに……」
そんな二人の背中を呆れたように見ながら歩いてきたのは、中学二年生の結愛の妹――花恋だ。
夏祭りのときもそうだったが、相変わらずそそっかしい弟二人のお目付け役として苦労している様子。
「あ、お兄さん。お久し振りです」
「ああ、久し振り。元気にしてたか?」
「はい」
やはり中学生とは思えない礼儀正しさで丁寧に挨拶してくる花恋に、涼太は感心しながら向かい合う。
「えっと、あの……」
「ん?」
「コレ、お姉ちゃんに選んでもらったんですけど……ど、どう思いますか?」
コレ、というのは身に着けている水着のことだろう。
上下一体のワンピースタイプで、露出は控えめながらフリルやリボンがあしらわれている箇所があり、非常に可愛らしい。
「ゆ、結愛? あれもしかして……」
「あっはは~、我が妹ながらませてますなぁ~」
横で姫奈と結愛が何かを察したように潜め声で話しているが、涼太は気にせず素直に感想を伝える。
「お姉ちゃんはセンスが良いな。花恋ちゃんに良く似合ってる」
「……っ!」
花恋の瞳がキラリと輝く。
頬に朱が差し、唇をキュッと結んだ。
「あ、ありがとうございます……じゃ、じゃあ私、コウとトモを追い掛けるので……!」
どこか慌てたようにペコッと頭を下げてから、危なくない程度に早歩きで弟二人がいる方へ向かって言った。
「ちょっとちょっと~。アタシはともかく、最愛の彼女への感想が後回しとはどういう了見ですかなぁ~?」
「うわぁ、この人、恋人の目の前で他の女の子たぶらかしてるんですけどぉ~」
悪戯っぽく笑いながら腰に手を当てる結愛と、腕を組んでジト目を作る姫奈が揃ってブーイングを飛ばしてきた。
涼太は「ゴメンって」と半笑いしながら振り向く。
「美嶋も似合ってるぞー」
「清水君、清水君。感情置き忘れてるよ~」
そうは言いながらも誉め言葉は素直に受け取る主義のようで、結愛は「ま、どうも」と頷いた。
「それより清水君、どうっ!? 姫様はっ!?」
「ゆ、結愛、テンション高い……」
隣で恥ずかしそうに困惑する姫奈を置いてけぼりにして、結愛は両手でじゃーんと姫奈に注目させる。
水色と白を基調とした、フリルオフショルダーのビキニだ。
姫奈の白く華奢な両肩が惜しげもなく晒されている。
また、決して主張が強いワケでもないが慎ましやかなワケでもない双丘がキュッと水着によってホールドされており、そこに生じる谷間がチラリと上から覗いていた。
そして、ショーツの両腰には細いリボンの装飾。
普段隠されているおみ足は、ショーツの角度による視覚効果も相まっていつにも増してしなやかで長く見えた。
ハーフアップがお気に入りの胡桃色の髪も、今日は邪魔にならないように後頭部でゆるふわなお団子に纏められていて新鮮。
そんな姿を前に、涼太はじわりと顔を汗ばませてたじろいでいた。
(か、可愛すぎるし、なんかちょっとエロい……! 目のやり場に困るけど見たいっ……でも、本当に俺が見て良いヤツなのかコレは……!?)
「おぉっとぉ~、コレはどうやらクリティカルヒットのようですねぇ~? 良かったですねぇ、姫様?」
「ゆ、結愛うるさい」
「いやん」
頬を膨らませた姫奈が、人差し指を立てて結愛の脇腹に刺した。
「ではではお邪魔虫な私はこの辺で。あとはお二人でごゆっくりぃ~」
最後に姫奈へグッ、とサムズアップを残してから、結愛は花恋達が遊んでいる場所へ向かって行った。
涼太と姫奈はそんな結愛の背中を見送ったあと、気まずいような気恥ずかしいような無性にくすぐったい沈黙に包まれていた。
「りょ、リョウ君……本当に、似合ってる?」
「は、はは、ヒメは何着ても似合うに決まってるだろ?」
チラッ、と視線を向けた向けた姫奈とは対照的に、涼太はなぜか顔を背けている。
「……見て言ってください」
「さ、さっき見たって……」
「今、もう一回見て」
「い、いや……えぇっと……」
姫奈が涼太の手を取ってクイクイと引っ張る。
「そ、それ、俺が見て良いヤツですか……?」
「他に誰が見るんですかねぇ」
「で、ですよねぇ……」
涼太はぎこちない動きで首を振り向かせ、姫奈より十センチほど高い目線から見詰めた。
端的に言って、刺激が強い。
もちろん極端に露出が多いというワケではない。
派手でもなければ、下品でもない。
ただ純粋に、可愛さと可憐さと多少のあざとさが、遠慮というものを知らずに心臓という炉に石炭をどんどんくべていくのだ。
顔が熱く、熱く、熱くなる。
「リョウ君、目が怖いんですけどぉ」
「いや、可愛すぎて身構えてしまう……」
「……っ、緊張してる割には、そういうことサラッと言っちゃうよねぇ。リョウ君は」
そう褒められることを待って心の準備もしていたはずなのに、姫奈はまるで不意を打たれたように頬から耳の先までを赤く染める。
「ジッと見詰められたら恥ずかしいけど、見られないのもイヤ……リョウ君に見てもらいたくて、選んだんだよ……?」
「あ、ありがとうございます……」
ガクリ、と力が抜けたように頭を下げる涼太。
姫奈はにへらと気恥ずかしげに、それでいて満足そうに笑った。
「ちょ、おいあれ見ろって……!」
「え? うおっ、めちゃ可愛い」
「ヤバいよなぁ」
ふと、そんな通り掛かりの青年の声。
高校生か、大学生か。
思わず立ち止まって、遠巻きに姫奈をジッと見詰めていた。
彼らだけではない。
視界に姫奈の姿を映した者――多くは男性――は、二度見三度見している。
(あぁ、そうだよな。油断してた……)
普段から異性の目を惹く姫奈だ。
衣服を脱ぎ去り、水着一枚で素肌を晒すこの状況では、いつも以上に目立ってしまう。
自分の恋人が他人にも可愛いと認められるのは、別に悪い気はしない。
だが同時に、自分以外の誰かに姫奈を――まして比較的露出の多い姿を見られるというのは、少なからずモヤッとしてしまう。
「ヒメ、行こう」
「え? あ、うん」
涼太は優しく掴まれていた姫奈の手をしっかり握り直して歩き出した。
(プールに入れば、多少は水で隠れるだろ)
保護欲か、独占欲か。
はたまた、そのどちらもか。
その手に繋ぐのは自分の――自分だけのパートナーなのだと主張しているようだった。
「『コレが俺の彼女だドヤァ』くらい言える余裕を持った方が良いのかねぇ……?」
乾いた笑みを浮かべながらそう言うと、姫奈が可笑しそうに喉を鳴らして腕を絡ませてきた。
素肌と素肌が触れ合う妙な感覚。
二の腕辺りには、あまり深く考えてはいけない柔らかな弾力。
「モテる彼女を持つと大変ですね~?」
「取られないようちゃんと唾つけとかないとな」
「汚いなぁ~」
そう言いながら、姫奈はけたけたと笑った――――




