第80話 初恋幼馴染は魅せ付けたい
八月中旬。
長く思っていた夏休みも終わりが見えてきて、気付けばあっという間だったという感想が出てくる今日。
バシャァン!
「きゃぁ~!」
「あはは!」
ザブーン!
「おかーさぁ~ん!」
「はいは~い」
パシャ、パシャッ!
「もうっ、やったなぁ~!」
「それそれぇ~!」
電車とバスを乗り継いでやって来たのは、屋内型のレジャープール。
インドア派ながら日常的に筋トレをしていたお陰で、過剰な筋肉こそないが無駄な脂肪もない上半身を晒す水着一丁の格好の涼太の視界には、様々な趣向のプールや出店が映っていた。
「ふーむ、どうしてこうなったっけ……?」
プールサイドに立ったまま、腰に手を当てて経緯を思い出してみる。
しかし、いくら記憶を掘り返してみても、一昨日だったか唐突に姫奈に「プール行きたい」と言われたことくらいしか思い出せない。
姫奈も涼太に負けず劣らずのインドア派。
イベント事にもさほど興味はない。
「どうしてまた急に……?」
ついぞ涼太がその答えを知ることはないが、このプール計画の裏には姫奈と結愛の思惑が絡んでいた――――
………………。
…………。
……。
二日前――――
『――つまり、姫様はどうにかして清水君の理性を突破して、あーんなことやこーんなことをしたい……と?』
「い、言い方ぁ~」
夜、姫奈は寝る前にスマホで結愛と通話していた。
その内容は言ってしまえば相談。
恋愛相談というやつだ。
半月ほど前に、勇気を出して涼太に少し踏み込んだキスをしてからというもの、警戒されているのか甘えようとするとぎこちなくされるようになったのだ。
やはりまだ早かったのだろうか。
しかし、幼馴染として――いや、変に幼馴染以上恋人未満のような距離感で一緒に過ごしてきたせいで、恋人になってからもあまり変わり映えのしない日々だったものを、少し変えてみたかったのだ。
姫奈だって年頃の女の子。
人並みにそういうことにだって興味はあるし、まして好きな人が近くにいれば触れたいという気持ちが強くなる。
そして、それは涼太だって同じはずなのだ。
見詰め合えば気恥ずかしそうにする。
指を絡めれば頬が染まるし、唇を重ねれば耳の先が熱くなっている。
ふとした瞬間に目をやれば、ナニがとまでは明言しないまでも反応していることもしばしば。
互いに興味はある。
だが、こういうところで涼太の過保護精神と鉄壁の理性が仇となって、無理に自分の欲求を抑えようとしてしまうのだ。
たとえ、その欲求を向けられることを姫奈が望んでいたとしても。
「でもまぁ、そういうこと……」
『いやぁ……凄いねぇ、清水君は~』
スマホ越しに、結愛の感嘆の声が聞こえてくる。
『私が男子で姫様みたいな可愛い彼女がいたら、そりゃもう毎日立てなくなるくらいに愛してあげるのにぃ~』
「そ、そこまでは求めてないんですけど……」
もちろん冗談とわかっている。
少なくとも半分くらいは。
姫奈は呆れたように小さく笑いを溢した。
「もちろん、のんびり過ごせるのも好きだけど……たまには、さぁ……?」
姫奈はスピーカーモードにしてあるスマホを片手に持ったまま、部屋の窓を覆うカーテンの隙間からチラリと向こう側を見る。
そこには同じくカーテンは閉められているものの、まだ部屋の電気がついている涼太の部屋があった。
夏休みだ。
恐らく深夜まで起きているつもりだ。
一体何をしているのか。
夏休みの課題はあとちょっとのはずだから……きっと、アニメでも見ているのだろう。
『それ、清水君には言ったの~?』
「い、言えないでしょ」
『えぇ~、何で~?』
「だって……」
姫奈はじわり、と顔が熱くなった顔を枕に埋めるように、ベッドに倒れ込んだ。
「……えっちな女だって思われる」
『……っ、姫様……!』
「なに?」
『エロ可愛すぎるよぉ……!』
「ま、真面目に言ってるんですけどぉ~」
スマホの向こう側から結愛の悶えるような声が聞こえてくるので、姫奈は見えないとわかっていながらも画面を半目で睨みつけた。
『まぁ、あれなんだろうねぇ~』
「なに?」
『清水君は今、満足してるんだよ~』
どういうことだろう、と姫奈が頭上に疑問符を浮かべていると、結愛はそれを察したように説明し始めた。
『考えてみてよ? ずっと、ずぅっと昔っから好きだった女の子とようやく恋人になれたんだよ? これ以上何を望むのってくらい、嬉しいことじゃない?』
「た、確かに……?」
『だから、清水君は清水君で悩んでるんじゃないかな~? 折角付き合えたのに、これ以上を望んでもし姫様に嫌われるようなことがあったら怖いな~、みたいにさ?』
確かに、冷静に考えてみれば、まだ付き合って一ヶ月ほど。
世の中のカップル達なら、手を繋いで一緒に出掛けたり、家でまったり過ごしたり、少しふれ合う程度でまだ満足できる期間。
ただ、その程度のことはもうとっくに恋人になる前に済ませてしまっているから、姫奈からすれば代わり映えがなく、物足りなさを感じてしまうのだ。
「じゃあ、やっぱりリョウ君の心の準備が整うまで待つべきってこと、か……」
姫奈も正直、相談する前からその結論には至っていた。
恋人関係というのはどちらか一方の気持ちで成立するものではない。
片方が焦ったところで、関係が前に進展するものでもない。
取り敢えずは様子見――と、そんなところに話が落ち着くのだろうと思っていたところ、意外にも結愛が『ちっ、ちっ、ちっ』と、やや芝居がかった雰囲気で舌を鳴らした。
『姫様、何を悠長な』
「え……?」
『もちろん今や清水君はアタシの友達だし、チビ共にも良くしてもらってありがたい存在だよ? でも、それ以前にアタシは姫様の味方なのさっ!』
見えないが、きっとスマホの向こう側で結愛がキリッとした表情を作っていることだろう。
『襲わぬなら、襲わせてみよう、清水君』
「ホーホケキョ?」
『あー、それウグイスだね~』
うっ、と恥ずかしくなった姫奈が声を漏らすと、結愛は「元ネタわかってるのは伝わってるよ~」と自分の弟や妹を慰めるように、優しくフォローを入れた。
『ともかく、あの重戦車並みの清水君の理性に穴を開けるところから始めよう~!』
おー! と一人元気良く意気込む結愛。
「いや、それが一番難しいんじゃ……」
『ふっ、ふっ、ふっ……そのために対物ライフルを用意するのだよ、姫様』
対物ライフルというものがイマイチわからないままに、姫奈は結愛の言葉に耳を傾ける。
『折角の夏休みなんだから、これを利用しない手はないよぉ~!』
「ど、どういうこと?」
『姫様、夏と言えば?』
「えぇっと……エアコン?」
『ちっ、インドア派筆頭め~!』
どうやら求められていた答えではなかったらしい。
そうじゃないでしょ~? と不満を口にする結愛に、現在進行形でエアコンのお世話になっている姫奈は「えぇ~」と首を傾げた。
『夏と言えば海っ――』
「えぇ……」
今度は乗り気ではない「えぇ」だ。
先程結愛が言った通り、姫奈はインドア派。
もちろん涼太もインドア派。
夏に海に言って肌を焦がすような嗜みは知らない。
しかし、それは結愛も織り込み済みだったようで――――
『――と言うのはハードルが高いので、プール!』
「に、似たようなもんじゃ……」
『安心して、屋内プールだから!』
「もしかして、もう場所の目星ついてるやつ?」
『そういうやつ』
「やっぱり」
手が早い、と姫奈がくつくつ笑っていると、結愛は念を指すように言ってきた。
『姫様、もちろんわかってるよね!?』
「え、何が?」
『清水君と一緒にプールで遊ぶことが目的じゃないからね?』
え? と姫奈は素で声を漏らす。
その反応に、結愛も呆れたように「確認しといてよかったぁ」とため息を溢した。
「ゆ、結愛?」
『あのねぇ、姫様ぁ~? だぁ~れもが一度は蹂躙してみたいその均整の取れたお身体は何のためにあるんでしょうか~?』
「い、いや……私、胸はちょっと控えめだし……」
『いやいや、それを差し引いても余りありすぎるプロポーションでしょ!?』
姫奈は二、三秒考えるように唸ったあとで「……まぁ?」としっかり自覚のあることを示しておく。
『つまり! それを魅せ付けるのが目的!』
「な、なるほどぉ……」
『と、い・う・ワ・ケ・でぇ~』
結愛がうっきうきで言ってきた。
『明日、一緒に水着見に行こうね~』
「は、はい……」




