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第08話 涙と雨に濡れて

 蓮と別れて笠之峰高校を飛び出した涼太は、一キロメートル強ある駅までの道を、なるべく足を止めないよう息を切らせながら走った。


 駅に到着してから二分ほど待ってホームへ到着した電車に乗り込み、二駅目――いつも涼太と姫奈が乗り降りしている地元の駅で下車。


「くっそ、降ってきたな……!」


 二つしか設置されていない改札の片方に交通ICカードを叩きつけ、地元駅から駆け出すと、ポツポツと水滴が落ちてきた。


 気付けば日没前の空には灰色の雲が掛かっており、降ってくる雨粒の勢いも徐々に強まっていく。


 アスファルトを打つ雨の激しさは梅雨には劣る。

 しかし、秋雨は冷たい。

 日が落ち掛かっていることもあり、気温も低下していた。


 傘を持たず、川の上に架かる橋を渡る涼太の身体は既にビショビショで、指先から冷たくなりつつあった。


「んあぁ、寒みぃ! ヒメ見付けたら文句言ってやる!」


 涼太は一人走りながらそう叫び、橋を渡り終える。

 そのまま道なりに走り続け、最初の十字路で右に入り住宅街へ。


 それから五分と掛からず姫奈の家の前までやって来た。


 左隣は涼太の家だが、目の前にあるのも同じくらいに見慣れた二階建ての一軒家。


「はぁ、はぁ、はぁ……!」


 涼太はずぶ濡れになって顔に掛かる前髪をかき上げて、インターホンを鳴らす。


 ピーンポーン…………


 だが、電子音が虚しく響くだけで、いつまで経っても返答がない。


(今日もヒメママがフルタイムで仕事だから留守なのは知ってるが、ヒメもまだ帰ってきてないのか……?)


 ちなみに姫奈の父親は、姫奈が中学校に上がる前に不倫が原因で離婚してしまって、今はもういない。母子家庭だ。


 そして、姫奈が居留守をしている雰囲気でもないため、どうやら本当に家は無人らしい。


「ったく、どこ行った……!?」


 てっきり姫奈は一人で先に帰ってきているだろうと思っていたが、残念ながらその予想は外れてしまった。


 涼太は頭を回して姫奈の行き先の心当たりを思い浮かべていく。


 まず高校に残っているということはあり得ない。

 自分を振った蓮と同じ場所に残る可能性が低いというのもあるし、もうすぐ後夜祭が始まって賑わい出す校内に今の精神状況で留まるとは考えづらい。


 恐らく一人になれる場所にいると思われるが、あまり足を運ばず土地勘のないところではないはずだ。

 そんなところに一人でいれば、余計不安になるだけ。


 つまり、一人になれるうえに落ち着ける場所。

 

 そう思い至ったとき、涼太の頭に二つの場所が浮かんだ。


「よしっ」


 再び秋雨の中を駆け出す涼太。

 まず向かったのは、住宅街を更に少し入っていったところにある小さな公園。


 遊具は鉄棒とブランコと滑り台。

 あとは砂場があるだけ。


 この公園には、小学生くらいまでよく涼太と姫奈と蓮の三人で遊びに来ていた。


 だが、そこに姫奈の姿はない。


「じゃ、もうあそこしかねぇ……!」


 涼太は駆け足で住宅街を北へ上って行った――――



◇◆◇



「っ、はぁ、はぁ……はぁ……やっと見付けたっ……!」

「……リョウ、君……?」


 ここは、住宅街の北に流れる川の堤防。

 河川敷に降りていく階段を中途半端に降りたところで、腰を下ろした姫奈の姿を見付けた。


 屋根もない場所で雨に降られているのだから、全身ずぶ濡れなのは当たり前で、ハーフアップの胡桃色の髪はぺちゃりと貼り付き、顔を濡らしているのが涙なのか雨なのか、はたまたその両方なのか判別がつかない。


 唯一わかることと言えば、階段から堤防に息を切らせて立つ涼太を見上げる姫奈の瞳に生気がなく、冷たい雨に打たれるのがどうでもいいくらいに落ち込んでいるということ。


「ったく、インドア派を走り回らせるな……!」


 涼太は未だ肩で呼吸をしながら、堤防から階段を下りていく。

 五、六段下りれば、姫奈と同じ高さに立つことが出来た。


「別に、探してなんて言ってないでしょ……」


 姫奈は涼太から視線を外し、折り曲げた膝を抱えて水かさの増した川の流れを見詰める。


「はぁ、探すんだよ。探してなんて言われなくても、探さずにはいられないんだよ。それくらいわかってるだろ……幼馴染なんだから」

「…………」


 確かに余計なお世話かもしれない。

 頼まれてもないことをするのは、ただの自己満足かもしれない。


 それでも、そうせずにはいられない。

 世話を焼かずにはいられない。

 心配せずにはいられない。


 それが涼太、姫奈、蓮の三人の関係性。

 かけがえのない、幼馴染の関係性だ。


「……そうだね。わかってる。わかってる、つもりだった……」


 ギュッ、と姫奈の膝を抱える手に力が籠る。


「幼馴染だから……リョウ君と蓮君のことは何でも理解してるつもりだった。でも、少なくとも蓮君のことは全然わかってなかった……頑張れば、幼馴染の私だって、蓮君に女の子として……」


 見てもらえると思ってた――と言葉が続く前に途切れたが、涼太はしっかりと姫奈の言わんとしていることを受け止めていた。


「はぁ……取り敢えず、話はあとだ。風邪引く前に帰るぞ」


 嫌とは言わせない。

 涼太は姫奈の腕を掴んで立ち上がらせると、それ以上何も言わずに引っ張っていった。


 冷たい秋雨に晒されながら、一言も会話の生まれぬまま歩き、再び姫奈の家の前まで戻ってくる。


「ほら、着いたぞヒメ」

「…………」

「いいか? まずはすぐ風呂に入って温まれよ?」

「…………」

「おい」

「…………」


 姫奈は何も言わない。

 首を垂れさせたまま、無言。


(コイツ、一人にすると絶対入んないな……)


 姫奈の内心が穏やかでないのは重々承知しているが、だからといってこのまま放り出して、みすみす風邪を引かせるわけにもいかない。


「あぁ、もう。わかったよ。俺ん家来い」

「…………」


 涼太は姫奈を引っ張って、隣接する自分の家に上がらせた。


 両親とも仕事で遅くまで帰って来いないが、無人の家に異性と二人きりなどという状況にいちいち変な勘繰りをするような間柄ではない。


 そんな状況、これまで数え切れないくらいあったし、今更気にもしない。


「ほら、入った入った。洗濯機と除湿器も使っていいから、濡れた服も洗って干しとけ」


 涼太は姫奈を浴室へと通じる洗面所に押し込む。


「俺、何か着替えになりそうなもん持って来とくから。さっさと入れよ」


 そう言い残して、一旦洗面所をあとにする涼太。

 階段を上がり、二階の自室に向かう。


 取り敢えず自分と姫奈の学校の荷物を部屋の隅に置き、タオルを取り出して濡れた髪を拭きながら、タンスから姫奈の着替えになりそうなものを探す。


「ん~、Tシャツは寒いか? パーカーにするか。あとはジャージのズボン。下着は……いや知らん。持ってるワケねぇし」


 涼太はパーカーとジャージのズボンを持って再び洗面所へ。


 間違っても脱衣中の姫奈と遭遇しないように、少しの間洗面所に入る扉の前に立って耳を澄ませたが、シャワーの音が聞こえるので鉢合わせる心配はなさそうだ。


「ヒメ、着替えここ置いとくから」

「…………」


 返事はないが、聞こえてはいるはずだ。


 これは重傷だな、と涼太は姫奈の状態にやれやれと首を横に振りながら、姫奈が風呂から出てくるのを自分の部屋で待つことにする。


 濡れた制服から部屋着に着替え、学習机の前に置かれた椅子に腰掛けて姫奈や蓮のことを色々考えて待つこと三十分。


 ガチャ……と力なく部屋の扉が開けられたので目をやれば、かなりオーバーサイズになってしまったパーカーを着た姫奈が入ってきた。


「お、ヒメ出たか――って、おいズボンは!?」

「……チクチクするから、いい」

「チクチクってお前……」


 確かにパーカーの裾が太腿辺りまで来ているので秘匿されているべきところは隠れているが、温まって血色良くなったおみ足が惜しげもなく晒されているのを見ると、どうにも居たたまれない気持ちになってしまう。


 そんな涼太の気持ちなど露知らず、姫奈は真っ直ぐ部屋のベッドの方へ歩いていくと、そのまま倒れ込むように仰向けになり、右腕を顔を隠すような位置に持ってきた。


 かなり疲れただろうしこのまま寝るかと思った涼太は、取り敢えず自分も風呂に入って温まってこようと立ち上がる。


 そして、今まさに部屋を出ようと扉の前に立ったとき――――


「あぁ……もう、どうでもいいや……」


 窓の外の雨音に半分掻き消されるような声量で、姫奈が呟いた。


「ねぇ、リョウ君……」


 次の一言に、涼太は思わずドアノブに伸ばし掛けていた手をピタリと止めた。


「私のこと、メチャクチャにしてよ……?」

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