第79話 初恋幼馴染の独占欲は強めらしい?
「――という感じかな」
「……なるほどなぁ」
丁度、涼太が冷製パスタを更に盛りつけたタイミングで、蓮の話が終わった。
「だから、一年後……俺の進路が決まったときに、改めて告白するよ。橘先輩に」
すでに心に決まっているとばかりに言い切る蓮に、涼太は柔らかく口角を持ち上げる。
蓮は優香が好き。
優香も蓮が好き。
だが、今すぐに付き合えない以上、互いの関係を保留するこの一年間でもし蓮の想いが他の人に移ることがあっても、優香は蓮を咎めることをしない。
そのことは、話を聞いた涼太も容易に想像出来た。
しかし同時に、それは可能性として考慮する必要のない未来であることも理解していた。
想いを語る蓮の口。
一年後を見据えるその瞳。
覚悟の決まった表情。
もう、見れば明らかだった。
この表情を湛えた蓮がたかだか一年程度で想いを変えることはあり得ない。
幼馴染として、親友として、長く一緒に過ごしてきた涼太には、その揺るぎない確信があった。
「応援してる」
「ありがとう、涼太」
「まぁ、何か手伝えることがあったら言ってくれよな。俺はもちろん、ヒメだって――」
幼馴染の仲だ。
力になれるなら何でもやってあげたい。
そう思って口にした言葉だったが、蓮は優しく「――いや」と言葉を遮ってきた。
「涼太にも、ヒメちゃんにも頼らないよ」
「何でまた……?」
「ん~」
ダイニングテーブルに冷製パスタの盛られた皿を置くと、ソファーから腰を上げた蓮がやって来ながら言う。
「涼太もヒメちゃんも、自分達の力で結ばれただろ?」
それを聞いて、涼太はもう蓮の言わんとしていることを察したが、あえてその口が語るのを待った。
「だから、俺も自分の力で叶えたいんだよ」
「……はぁ、相変わらず心までイケメンでいやがる」
涼太はおどけたように肩を竦めて反応してから、冷製パスタを指差した。
「ほら、さっさとその小恥ずかしい台詞を吐く口を閉じてくれ」
涼太らしいひねくれた「召し上がれ」を受けて、蓮は「酷いなぁ」と言いながらも嬉しそうに笑い、一度手を合わせたあとに食事に口を忙しくさせ始めたのだった――――
◇◆◇
同日、夕方。
蓮のマンションから帰宅した涼太の自室に、同じく彩香との話を終えて帰ってきた姫奈の姿もあった――――
「そういや彩香と何話してきたんだ、ヒメ?」
「ん~」
毎日一定量コツコツと夏季休暇課題を進めていく派の涼太は、今日の分のノルマを達成したタイミングで学習机から離れ、ベッドに寝そべってスマホを操作している姫奈の傍に腰掛けた。
ギシィ、と軋むベッド。
夏季休暇課題は夏休み終了間際まで残しておく派。
なんなら、涼太に手伝ってもらう気満々の姫奈はスマホを手放し、そのままうつ伏せで枕に顔を埋めながらくぐもった声で答える。
「内緒ですねぇ」
「早速恋人に秘密を抱えて帰ってきたか」
涼太は冗談交じりに「コレは不和になるなぁ」と笑う。
「リョウ君は?」
「ん?」
「今日、蓮君と遊んできたんでしょ? どんなこと話したんですかね?」
チラリ、と姫奈が埋めた顔を少し振り向かせてくる。
蓮と優香のこと。
目指す関係性。
今ある関係性。
別に隠す必要のあることではないし、蓮も姫奈であれば話題を共有することを許してくれるかもしれない。
しかし、やはり男同士の会話というものがある。
もちろん姫奈と蓮の関係も良好だが、いくら幼馴染だからと言って何でもかんでも話せるわけではない。
同性だから話しやすいこと。
涼太にだからこそ話せたこと……というのも、あるかもしれない。
涼太は一考したのちに肩を竦めて、ニヤリと笑った。
「内緒、だな」
「うわぁ、やり返してくるのウザいんですけどぉ」
言葉とは裏腹に、姫奈もくつくつと笑う。
「あーあ、リョウ君早速浮気かぁ」
「男相手でも適用されるのか……」
「ん~、多様性?」
「それを言われちゃ、何も言えないなぁ」
昨今同性間での恋愛も珍しくなくなってきた以上、浮気のラインの見直しも必要になってくるのだろうか……と、涼太はぼんやり考えてしまう。
「俺が蓮に取られてたら嫉妬する?」
「……どうだと思う?」
「そうだなぁ……」
仰向けに寝がえりを売った姫奈。
枕を胸に抱き、顔の下半分ほどまでを隠しながら涼太にその榛色の瞳を向ける。
涼太もその瞳の奥から真意を探るように見詰め返し…………
「ヒメって結構独占欲強いよな」
「……うん」
照れ半分、呆れ半分といった具合に微笑む涼太。
姫奈は本心を見事に当てられ、耳の先辺りまでをじわりと赤くする。
「リョウ君」
「ん?」
「ご機嫌取ってください」
「はいはい、お姫様」
涼太は仰向けに寝る姫奈の顔の横に片手を突いて体重の支えにし、上から覗き込む。
すると、姫奈は少し時間を置いてから抱き締めていた枕の位置を下げ、隠していた顔の下半分を晒した。
「…………」
「…………」
静寂の中、両者の視線が絡み合う。
涼太が少しずつ自分の顔を近付けていくと、姫奈は無言のままに目蓋のカーテンを下ろす。
「…………」
「……ん」
ピクッ、と姫奈の目蓋の縁を彩る睫毛が蝶の羽のように震えた。
その様子に、涼太は愛おしいものを見るように四半分程度目を細める。
互いの体温を分かち合っていた唇を離すと、開かれた姫奈の瞳が名残惜しそうに見詰めてくるので、涼太の胸の奥にさざ波が立ってしまう。
同時に嗜虐心が沸き上がってくるのは、ややひねくれ気味の涼太の性格ゆえか。
「満足か?」
「……ぅ、リョウ君」
「ん~?」
今自分の口角が吊り上がってしまっていることは、涼太も自覚していた。
「わかってるクセに聞くの、いじわる……」
「足りないってこと?」
不満を訴えるような半目を作りながら、姫奈がコクリと頷く。
「あと一回だけな」
「ん」
再び涼太が顔を近付けると、姫奈は涼太の死角から腕を伸ばして首の後ろに回した。
触れ合った唇は先程よりも長い時間熱を交換し合い、何度かその柔らかな弾力を啄むようにして愉しむ。
(うぅん、ヒメが離してくれない……)
首の後ろに絡みついた腕が、まだ満足していないという姫奈の意思を暗に伝えてくる。
涼太も健全な男子。
いくら頑丈な理性の壁の厚さにも限界があり、ゴリゴリと削られていくそれにそろそろ危機感を覚えていると、姫奈が喉から甘い声を漏らした。
「……ぁ」
「……っ!?」
同時、啄み合っていた唇が恐る恐る震えながら開かれる。
あまりに至近距離でよくはわからないが、涼太の視界には姫奈の真っ赤に染まり上がった顔が映っていた。
そして、姫奈も涼太の許可を得るように、はたまた様子を探るように薄っすらと目蓋を開き、瞳の端に小さな雫を蓄えていた。
唇の柔らかさを置き去りに、その中に秘められた熱い――ことさらに熱いものの先端を不慣れに触れ合わせる。
「っ、はぁ……はぁっ……」
姫奈から熱い吐息が漏れる。
不安と、緊張と、恐怖……しかし、その先にある甘い快楽に手を伸ばさずにはいられないように、唇が、舌が、涼太の首に回した腕が小刻みに震えている。
初めての愛し合い方。
少し踏み込んだ、想いの確かめ合い方。
思春期の胸ではまだ、その張り裂けんばかりの慣れない鼓動にそう長く耐えられなかったのか、二、三度先端を触れさせた辺りで切り上げた。
「~~っ!?」
「ぷはっ……はぁ、はぁ、はぁ……」
上体を起こして腕で口許を覆う涼太。
見下ろした姫奈の胸は、激しく上下していた。
流石に涼太も平静を取り繕うことが出来ず、見事に紅潮した顔で動揺しながら言う。
「っ、ひ、ヒメ……!」
「はぁ、はぁ……ふぅ……何ですかぁ?」
「変態っ……急にビビる……!」
「……あはは」
けらけらと笑う姫奈も、冷房の効いた室温を忘れたように身体を火照らせていた――――




