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第76話 初恋幼馴染と現実の証

「えっ、リョウ――」

「――来い」


 驚く姫奈に構わず、涼太は半ば強引に姫奈の手を引き、そのまま姫奈の家の敷地に入って少し物陰に隠れたところに引き込んだ。


 家を囲う塀の内側に姫奈を連れ込み、逃げ場を失くすように正面に立つ。


「な、なになに……?」


 姫奈は胸の前でキュッと右手を握って不安そうにするが、涼太は関係なく正面から見詰め、スッと顔を近付けた。


 ビクッと身体を震わせる姫奈の耳元に口を寄せる。


「目が覚めたとき、これが夢だったらどうしよう」

「……っ!?」


 手に取るようにわかる姫奈の心中。

 涼太は無遠慮に、一枚一枚姫奈の心を覆う服を脱がせていく。


「夢じゃないっていう証が欲しい」

「りょ、リョウ君……!」


 耳がくすぐったいのか。

 羞恥心に耐えられないのか。

 はたまたそのどちらもか。


 姫奈はカァと耳の先端まで赤くし、涼太の言葉から逃れるように肩を竦める。


 だが、そんなものは無意味な抵抗。

 むしろ涼太の嗜虐心を煽るだけ。


「だからもうちょっと一緒にいたかったんだろ?」

「ね、ねぇ……!」

「もうちょっと一緒にいられれば、俺の我慢が利かなくなるってわかってるから」


 姫奈が必死の抵抗で胸を押してくるが、ビクともしない。


「ヒメ、力弱いな」

「しょ、しょうがな――」

「――まぁ、今は力弱いんじゃなくて入れてないだけなの知ってるけど」


 姫奈の言葉が詰まったような音が聞こえた。


 図星だ。


「う、うるさいんですけど……」

「ヒメが俺を挑発したのが悪い」

「っ、こうやって恥ずかしがらせて楽しい?」

「悪い、めっちゃ楽しい」

「うわぁ、この人いじわるぅ」


 耳元から顔を離すと、姫奈はこちらの顔を直視できないのか斜め下を向いていた。


 髪が結い上げられているせいで、頬や耳の赤みがまったく隠せていない。


「な、なんで……わかったの? リョウ君、女心とか超鈍いのに……」


 確かに女心なんてよくわからない。

 だって男だし。


 だが、今回ばかりは簡単だ。

 男子も女子も関係なく――――


(ま、そりゃ俺も同じ気持ちだからなんだけど)


 だが、それを教えてやることはしない。

 さぁ? と一言言ってとぼける。


 不満げな姫奈がジト目で睨んできたが、残念ながら今はそんな表情すら可愛く思えて仕方がない。


「で、なんですかぁ。そうやって私の心を丸裸にしていじめるために、わざわざこんなところまで来たんですかぁ~?」

「んまぁ、それもあるけど」


 今この瞬間が夢だったらどうしよう。

 寝て起きて明日になったら、本当は恋人になんてなってなかったらどうしよう。


 どうかこれが夢でありませんように。


 ちゃんと現実なんだという証で安心させて欲しい。


 ――と、姫奈同様涼太も思っている。


 だから、その証を渡しに来たのだ。

 そして、姫奈に贈った証は、明日にも残って涼太にこの瞬間が事実であるということを教えてくれる。


 涼太は姫奈の顔をジッと見詰める。

 本当にいつ見ても楚々と整った綺麗な顔。


 瑞々しい白肌。

 触り心地の良さそうな頬は、熱を蓄えて赤らんでいる。


 少し視線をずらせば、普段は横髪で隠れている耳まで見えているし、下げれば細い首筋――さらには浴衣の襟首から鎖骨が覗いているのがわかる。


 気付けば右手が伸びており、赤らんだ頬に触れた。


「んっ……リョウ君……?」

「…………」


 キスでもするのかと思ったのだろうか。

 姫奈がくすぐったそうにしながらも、小首を傾げて何かを待ちわびるような目を向けてくる。


 そんな中で、手を少し奥にやって耳に触れると、姫奈が「くすぐったい」と目を細めた。


 そこから視線で辿ったままに、指先を首に伝わせる。


「ひゃっ、ちょ……待って……」

「待たない」

「なんでっ……」


 ゆっくりと下に這わせた指先は、やがて鎖骨の凹凸に引っ掛かった。


「いや、どこが良いかなぁと思って」

「え……?」

「服に隠れないところはやっぱマズいよなぁ」

「ねぇ、何が?」


 恥ずかしさと不安を同居させたような表情で見上げてくる姫奈の疑問を無視し、逆に質問を投げ掛ける。


「ヒメ、上と下どっちがいい?」

「い、意味がわからないんですけど……」

「いいから」

「うぅん……じゃあ、下?」

「なるほど。確かにそっちのが着崩れないか」


 涼太は姫奈の肌から手を離すと、視線を大きく下げた。


 そこには、スッと浴衣の細いシルエットに覆われる姫奈の脚がある。


「ヒメ、浴衣の裾捲って」

「えっ?」


 姫奈は戸惑いつつも、よくわからなそうに一度しゃがんで浴衣の裾を摘まみ、チラリと捲った。


 下駄に通された足とその足首くらいまでが見えた。


「こう?」

「もっと上まで」

「えぇ……」


 不満げながらも、姫奈は裾を摘まんだまま立ち上がった。


 すると、膝下辺りまでが露出する。


「何がしたいのか教えてほしいんですけどぉ」

「もうちょい上まで捲ってくれたらわかる」

「……恥ずかしいよ」

「ヒメ」

「もぉう……」


 気持ち更に姫奈の顔の赤みが増したようだった。


 言われるがまま、姫奈は更に裾を持ち上げる。

 白くしなやかなおみ足が、膝上からススス……と、上太腿辺りまで惜しげもなく晒される。


 羞恥心からか、やや内股気味になっている姫奈。


「ね、ねぇ……もういい……?」

「もうちょい待って。すぐ終わる」


 姫奈が潤んだ瞳を上目にして、甘えた声を漏らしてくるので、涼太は早々に終わらせることにした。


 その場にしゃがみ、姫奈の右脚――内側の上太腿辺りに手を伸ばす。


 指が触れた途端、姫奈の口から意図せず「んあっ……」と声が漏れ出し、姫奈は自分でも驚いたように慌てて口を手で塞ぐ。


 その代わり喋ることが出来ず、膝を曲げた格好の涼太を受けから見下ろしているしかない。


 姫奈の視線の先で、涼太は「ここならバレないか」と納得したように呟き、躊躇うことなく姫奈の内太腿の指で触れた個所に口づけした。


「んうっ……はっ、はっ……!?」


 必死に声を抑える姫奈。

 逃げるように脚を引こうとしても、涼太は手を離してくれない。


 涼太は唇を触れさせるだけでなく、数秒優しく啄むように吸い、ようやく顔を離した。


 口づけをした箇所はよくわかる。

 少しの間吸ったせいで、赤くなっているからだ。


「はぁ、はぁ……っ、リョウ君のえっち……」

「ヒメもされるがままだったけどな」

「うぅん……」


 姫奈は不服そうに視線を下ろした。

 まだ涼太にキスされた感覚がしっかりと残っている。


 そして、感覚と共に残された証を見付けた。


「……コレ、つけるために?」

「明日も消えずに残ってるだろうから、夢じゃないって証になるだろ?」


 それを聞いて、姫奈は惚けたようにしばらく右脚の内太腿につけられた小さな花を見詰めていたが、すぐに裾を下ろして涼太を不満げに睨んだ。


「こういうことするなら、最初に言って欲しいんですけどぉ」

「それじゃ、ヒメの恥ずかしがる姿が見れないだろ」

「……バカ。変態。えっち」


 悪い悪い、と平謝りする涼太を、姫奈はしばらく睨む。


 そして、まだ不満の拭えていなそうな表情のまま、両手を左右に広げてみせた。


「……ん」

「はいはい」


 それが抱擁を求めているのだということは流石にわかる。


 お望み通り姫奈の背中に腕を回すと、姫奈も同じように強く腕を回してきて――――


(あれ、流石にちょっと強くない?)


 と、不思議に思った瞬間だった。


「ういっ……!?」


 左の首元に痛みが走った。

 激痛とまでは言わないまでも、かなり痛い。


 背伸びした姫奈が吸血鬼のように噛みついてきたのだ。


「い、痛い痛い痛い……! ヒメ痛いっ……!」


 少し泣きそうになりながらそう訴えて少ししてから、ようやく姫奈が離れてくれた。


 姫奈はしてやったりといった風な面持ちで、噛みついた首元を見詰めている。


 涼太は痛みの残る首元を右手で押さえる。

 確認しなくても、そこに歯形が刻まれているのだろうことは容易にわかった。


「お返し」

「俺は見えないところって気を遣ったのに」

「し~らない」


 間違いなく、散々恥ずかしい目に遭わせた仕返しも含まれているのだろう。


 涼太は仕方ないと納得し、苦笑した。


「明日、残ってるか見せてね?」

「……なら、ヒメもな」

「……いいよ」


 てっきり変態だとかえっちだとか罵倒が飛んでくるかと思っていたが、意外にもあっさり承諾されて拍子抜けだった。


「ありがと、リョウ君。夢じゃないって安心出来る」

「……お互い様だな」


 涼太は最後にポンポンと二回姫奈の頭を優しく叩くようにしてから撫でて、背を向けた。


「じゃ、おやすみ。ヒメ」

「おやすみ、リョウ君」


 涼太は左首に、姫奈は右脚に確かな現実の証拠を刻み付けてから、それぞれの家に帰っていった――――

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