第70話 初恋幼馴染の行方
「いやぁ~、お楽しみのようで何よりねぇ~」
背後から聞き馴染んだ声が聞こえたので、涼太と姫奈がほぼ同時に振り返ると、そこには中学生と思しき女子一人と、小学生くらいの男子二人を連れた結愛の姿があった。
どうやら夏祭りを楽しむ涼太と姫奈のやり取りを見ていたらしく、団扇で覆い隠された口許がニヤけているのは直に見ずとも明らかだった。
「おぉ、美嶋も来てたのか」
「まぁね~。チビ共がどうしても夏祭り行きたいって言うからさぁ~」
目を丸くする涼太に応えて、結愛は自分の周りに集まっていた妹と弟二人の背中を押すようにして紹介する。
「ほら、チビ共。挨拶してねぇ~」
「ちょ、お姉ちゃん……私もチビに含めないでよ……」
姉である結愛に不満げな視線を向けながら一歩前に出たのは、結愛と似た茶色い髪をポニーテールに束ねた少女。
涼太と姫奈にペコリと行儀良くお辞儀し、改めて顔を上げてから名乗った。
「美嶋花恋です。姉がいつもお世話になってます」
「あぁ、えっと……俺は清水涼太。初めまして」
「私は音瀬姫奈です。初めまして~」
中学生とは思えない礼儀正しさに少々面食らった涼太と姫奈だったが、次の瞬間に再び驚かされることになった。
「はいはいっ! 俺、幸太郎!」
「俺は! 俺は、智久ぁ!」
美嶋家次女の花恋の淑やかな挨拶のあとに、典型的な小学生男子と言った風な元気に満ち溢れた長男の幸太郎と次男の智久が捲し立てるように名乗ってきた。
その様子に結愛は呆れたように笑い、花恋は「はぁ」と冷めたため息を吐いている。
「ねぇねぇ! このお姉ちゃんお兄ちゃんのカノジョ!?」
それはもう見事に立てた人差し指で姫奈を指しながら、好奇心旺盛な幸太郎が目を輝かせて涼太に尋ねる。
そんな質問に姫奈はビクッと身体を震わせて、微かに頬を赤らめるが、涼太は「ん~」と少し考えるように唸ってから答えた。
「まだ、違うかな~」
「ちょっ、リョウ君……!」
まるでこの先恋人になることを示唆するかのように言う涼太に、姫奈は慌てて口を挟もうとするが、ガトリングのように次々と放射される子供の質問の方が先を行った。
「まだ? まだって!?」
「まだはまだだなぁ~」
「ほ~ん。好きは好きってこと?」
「おぉ、よくわかったな」
「も、もぅ、リョウ君ストップ……!」
むごっ!? と涼太は姫奈に口を抑えられて情けない声を漏らす。
これ以上の羞恥死発言を阻止して一瞬安堵を見せてから、姫奈はすぐに恨みがましげな視線を結愛に向けた。
「ちょっと、結愛ぇ~?」
「いやっはは、ごめんて姫様ぁ~」
結愛は片手を後ろ頭に回して平謝りして見せる。
「私も迷ったんだよ~? お楽しみのところ邪魔するのも悪いかなぁと思ってさぁ。でも、友達を見掛けておいて声掛けないって言うのもアレじゃん?」
「だとしても、タイミングくらい見計らって欲しいんですけどぉ……」
はぁ、と瑠奈が肩を落としてため息を吐いたのとほぼ同時。
「あぁっ! 金魚だぁ!」
「うおぉ! 金魚すくいやりてぇ~!」
幸太郎と智久が少し離れたところに見付けた金魚すくいの屋台に向かって、ダッと駆け出した。
屋台を巡る道幅は広く確保されているが、行き交う人々の数は多い。
小学生二人では――まして有り余った元気を持て余しているような二人では、迷子になりかねない。
「あちょ、コウ! トモ!」
流石はお姉ちゃんと言ったところか。
保護者としてすぐに二人のあとを追い掛ける。
いつものことなのだろう。
やれやれといった呆れながらも慣れた調子で花恋もついて行くので、涼太と姫奈も顔を見合わせてからその背中についていった。
「結愛ねぇ結愛ねぇ! 俺これやりたい!」
「あっ、俺も俺も!」
「えぇ~、難しいよぉ~?」
「い~や、余裕ぅ!」
「俺もこういうの得意!」
その自信が一体どこから来るのかは不明だが、そこまで言われれば結愛も止めることは出来なかった。
「仕方ないなぁ~」
結愛は財布を取り出して、屋台に二人分の料金を払った。
「っしゃ~! 取りまくるぞ~!」
「コウにぃ、どっちが沢山取れるか勝負な!」
傍で結愛と花恋。
更にその後ろで涼太と姫奈が見守る中、幸太郎と智久が右手に頼りないポイを掴み、激戦を開始した。
多くのバトル漫画やアニメでは長々と語られる戦闘シーン。
しかし、戦いというものは往々にして呆気なく決着がつくもので、実際幸太郎と智久の勝負もすぐに幕を下ろした。
勝敗は――――
「いや無理ゲー!」
「水つけた瞬間破けたぁ~!」
ゼロ対ゼロ。
二人とも見事に初手で金魚にポイを破かれてしまった。
「ちぇ、おもんなぁ」
「でも金魚欲しかったぁ~」
諦めムードの幸太郎と智久。
結愛は「言わんこっちゃない~」と想像通りの展開に笑っていた。
同じように花恋も呆れているかと思って、涼太がチラリと様子を窺って見ると、意外にも金魚が泳ぐ水槽をジッと見詰めていた。
どこか、二人が金魚を取れなかったことを残念に思っているように見えた。
「ヒメ、ちょっとごめん」
「ん?」
涼太は一言断ってから姫奈の傍から離れ、選手交代とばかりに屋台の前に立った。
一回チャレンジ分の料金を払い、ポイを受け取る。
(おぉ、攻撃力一の小枝を初期装備としてもらう勇者の気分……)
涼太は薄っぺらな紙が貼られたポイに半目を向けてから、水槽に視線を移す。
(けどまぁ、まず弾が当たるかわからない射的と違って、これは装備の性能の悪さをある程度個人の技量でどうにか補えるから――)
涼太はすいすいと泳いでいる金魚――ではなく特定の場所で停止している金魚目掛けて、ポイを水面に対して垂直に切り込ませる。
乗せるのはポイの端。
更に言えば金魚の頭側のみ。
ポイを破る最もたる原因である尾ひれは、ポイの枠の外に出しておく。
その調子で一匹、二匹、三匹――と、金魚をすくっていく。
美嶋兄弟姉妹の「おぉ」と感嘆する声を他所に、集中を途切れさせずに四匹目も狙っていくが、流石にポイに張られた紙の一部が破れてしまう。
「ま、あと一匹かな」
紙の破れた位置を避けて、涼太はポイの最期の寿命を使い切り五匹目の金魚をすくい上げた。
屋台のオジサンから「やるなぁ~、兄ちゃん」という称賛と共に、すくった五匹の金魚が入ったポリ袋を受け取る涼太。
「なになに~? 清水君金魚すくいのプロぉ?」
「お兄ちゃんすげぇ~!」
「神じゃん!」
結愛、幸太郎、智久の興奮混じりの声に、涼太は「コツがあるんだよ」と一言答える。
「リョウ君、金魚欲しかったの?」
「まさか」
姫奈が首を傾げて聞いてくるので、涼太は肩を竦めて見せると、五匹の金魚がやや窮屈そうに泳いでいるポリ袋を手に花恋の前に片膝をついた。
「はい、コレ」
「えっ……?」
「んえぇっと……ほら、弟達が欲しそうにしてたからさ。でもまぁ、あのわんぱくっぷりだから、金魚渡してもどっかで落としそうだろ? だから」
金魚を欲しがるのが子供っぽいと思っているからなのか、結愛にねだるのは気が引けるからなのか……理由はわからないが、金魚を欲しがっていたのは花恋も同じはず。
しかし、弟二人と違って素直にその気持ちを口にしなかった。
そんな相手に「金魚欲しかったんだろ?」と言って渡しても、願いは叶えられるかもしれないが、一度は気持ちを飲み込もうとした思いを無駄にしてしまう。
ゆえに、涼太は花恋の体裁を保つため、あくまで弟達が欲しがっていたからという理由をつけて金魚を渡すことにした。
だが、花恋も馬鹿ではない。
そんな涼太の気遣いに気付かないわけもなく――――
「あ、ありがとう……ございます。お兄さん……」
「おう」
熱を蓄えた顔を隠すように小さく頭を下げた花恋。
涼太はその頭をポンポンと叩いてから、姫奈の隣に戻った。
すると――――
「この人のたらしっぷり怖いんですけどぉ」
「は、はい?」
「ちょっとちょっとやめてよね~。私の妹たぶらかすの~」
「なになに!? 何なのお前ら!?」
涼太は姫奈と結愛の咎めるような視線を浴びることになった――――
◇◆◇
涼太と姫奈、そして美嶋兄弟はその後しばらく一緒に屋台を巡っていた――――
「なぁ、お兄ちゃん! 次あれやろう!」
「俺はあっちやりたい!」
「ちょちょちょい! 順番な、順番」
すっかり懐かれた涼太は、幸太郎と智久にそれぞれ片方ずつの手をグイグイと引かれて連れ回されていた。
そんな様子を少し羨ましそうに見詰める花恋。
更にそんな構図を遠巻きから俯瞰するように見守っていた結愛は、隣に視線を向けて楽しそうに笑いながら言った。
「あはは。すっかりウチのチビ共に懐かれちゃったねぇ~、清水君。大丈夫、姫様? 嫉妬とかしちゃってな~い――って、あれ? 姫様?」
そこにいると思っていた姫奈の姿はなかった。
結愛は不思議そうに辺りを見渡すが、やはり姫奈の姿は見当たらず、視界に映るのは夏祭りを楽しむ見ず知らずの人々。
疑問は徐々に不安と焦りに変わっていった。
「し、清水君大変大変! 姫様とはぐれちゃった……!!」




