第69話 初恋幼馴染の欲しい景品
「リョウ君、もっと右右!」
――パンッ!
「あぁ、違うよぉ。もうちょっと上!」
「こ、こうか……!」
――パンッ!
「今度は右すぎだよ~!」
「っ、あのなぁ。射的屋の銃でそんな正確な射撃が出来るワケないだろ……」
通り掛かりに姫奈が指差したのは射的屋。
その五段の陳列棚の上から二段、右から三番目に置かれた、期間限定発売しているらしいマニキュアのセットだった。
マニキュアの入った箱は決して大きな的とは言えず、手にした射的用の銃も撃ち出すコルクの威力が弱い上に、弾道に一癖も二癖もある。
店主のオジサンも景品を取らせることを目的としているというよりは、一種のシューティングゲームみたく、的を狙うというチャレンジの機会そのものを客に提供しているといった感じだ。
言ってしまえば、取らせる気はない。
もちろんルール通り景品を落とせば貰えるのだろうが、少なくとも涼太の横に並んで同じように五発のコルク弾と銃を持って挑んでいた客二、三名は掠りこそすれど、景品ゲットには至らなかった。
そんな難易度の中で、特定の景品だけを狙って落とすなどということはとても現実的ではない。
姫奈の無茶な要望に呆れた声を漏らす涼太。
姫奈は一瞬不満げにムッと唇を尖らせたが、すぐに涼太の服の裾をキュッと摘まんで呟いた。
「難しいのはわかってるけどさ……リョウ君なら、何とか出来るかもって……思ってるもん……」
「……うぅん」
涼太はチラリと姫奈の横顔を盗み見る。
会場の至る所に吊るされた提灯の明かりのせいもあるのか、微かに頬に暖色を浮かべた姫奈の整った顔は、密かに胸の奥で鼓動を速めるのには充分すぎた。
「はぁ……」
涼太は一度銃を下ろして、目標であるネイルセットの箱から目を離し、日の沈んだ空を仰ぎ見た。
(俺の幼馴染、クソ可愛いんだが……)
しみじみとそう再認識しながら心を落ち着かせ、再び前のめりな姿勢で銃を安定させて構える。
「まぁ、やれるだけはやってみる」
「あと二発で?」
「三発撃った手応えで」
涼太とて適当に撃っていたわけではない。
これまでの三発で銃の癖を――定めた照準と実際に辿る弾道の誤差を少しずつではあるが掴んだつもりだ。
「ふぅ……」
呼吸を整え、放つ四発目――――
パンッ……!
「っ、つあぁ……」
「わっ、惜しい……!」
射出されたコルク弾は僅かに下に逸れて、丁度ネイルセットの箱が置かれている位置の棚に直撃した。
(コルク詰めるの甘くて威力と飛距離が出なかったかぁ……)
銃口にコルクをグイグイ押し込めば良いというものでもないが、詰め具合が甘いとそれだけ威力が落ち、放物線軌道を描く弾が落下するのも早くなる。
涼太は最後のコルク弾を先程より少し強めに銃口に詰めて、構えた。
所詮はオモチャの銃。
五回同じ撃ち方をしても、五回共まったく同じところに弾が飛んでいくとは限らない。
出来るのは精々、同じ撃ち方をして同じような場所に飛ばすことくらい。
誤差数センチの中でどこに飛ぶかは、運次第。
「すぅ……よしっ……」
息を吸い、細く長く吐き出しながら、ここだと思えるタイミングで引き金を引いた。
バンッ、と放たれたコルクの弾。
銃の癖をある程度把握したうえで涼太が想定していた弾道からは、若干斜め右上に逸れ――――
シュパッ……!
カタッ、カタッ、カタカタッ…………
コルク弾はネイルセットの箱の右側面を掠るように通過した。
箱は二、三度グラついたものの落下するには至らず、棚の上で少し位置を変えて静止してしまった。
「んあぁ~、クソ……」
「あはは、惜しかったね」
「すまん、ヒメ。あと一回やればワンチャン取れるかもしれないけど……」
チャレンジは一回でコルク弾五発。
料金は五百円。
相場通りと言える値段で、並んでいる景品の質を加味すると良心的とも言える。
難易度が高い分、料金は安く設定してくれているのだろうか。
特別金銭的な余裕があるワケではないが、財布と相談してもあと一回くらいならチャレンジしても構わないと涼太は思っていた。
しかし、姫奈は首を横に振る。
五発で狙った景品が取れなかった涼太に失望したわけでないことは、その妙に満足そうな表情を見れば明らかだった。
「ううん。いいよ」
「そうか?」
「そのネイルセット、もう持ってるんですよねぇ~」
「でも、気に入ったからもう一箱欲しいって思ったんだろ?」
ネイルというものに縁がない涼太であるが、ドラッグストアなどで何気なく視界に入ったネイルの値段が、決して安価と侮れるものでないことは知っている。
期間限定の商品ともなればなおさらだろう。
「ん~、まぁ欲しいのは欲しいけど、もう一番の目的は達成されたのでいいかなぁと思いまして」
「一番の目的?」
クスッ、と笑う姫奈の前で、涼太は首を傾げた。
一番の目的は、購入するには若干財布に負担を掛けるネイルセットを、難易度は高いものの安価に手に入れられる可能性がある射的で取ってもらうことだと、涼太は思っていた。
しかし、そうでないとなると、姫奈の真意が涼太にはわからない。
不思議そうにしている涼太の姿を少し見て楽しんだあと、姫奈はカランコロンと下駄を鳴らして涼太の隣に並ぶと、トンッ、と身体を傾けて肩と肩を一度ぶつけた。
「リョウ君の真剣な顔、カッコ良かったよ」
「なっ……!?」
本気で言っているのか、からかっているつもりなのか……微笑みを湛える姫奈の表情からは判断がつかなかった。
涼太が唖然として口をパクパクさせていると、突如背後から声が掛かった。
「いやぁ~、お楽しみのようで何よりねぇ~」
からかうようにねっとりとした口調だが、聞き慣れた声。
涼太と姫奈がほぼ同時に振り返ると、そこには中学生と思しき女子一人と、小学生くらいの男子二人を連れた結愛の姿があった。
団扇で口許を覆いながらも隠し切れないニヤケっ面を向けてきていた――――




