第68話 初恋幼馴染と夏祭り
カラン、コロン、カラン、コロン…………
「んもぉ、この下駄痛いんですけどぉ」
七月二十六日、土曜日。
日が沈むころに、押しくらまんじゅう状態のバスに乗って河川の下流の方までやってきた涼太と姫奈。
バス停を降りてから夏祭り会場となっている河川敷まで徒歩五分弱。
間違いなく同じ目的地を目指している人の流れに乗りながら少し歩いていたのだが、道中で姫奈が顔を顰めて歩く速度を落とした。
「そりゃ、履き慣れてないモノわざわざ選ぶからだろ?」
「だって、夏祭りじゃないですか」
「気持ちはわからんでもないが、痛くて夏祭りが楽しめなかったら本末転倒だろ」
薄々こうなることを予期していた涼太は呆れてため息を禁じ得なかったが、それでも放っておく選択肢はなく、すぐに姫奈の手を掴んだ。
「ヒメ、こっち」
「あ、うん……」
人の流れの中立ち止まったりしたら周りの迷惑になるし、何より自分達が危ない。
涼太は握った姫奈の手を引いて、人混みの流れに逆らわないよう自然に横へ抜けていった。
姫奈は仄かに熱を帯びた視線をジッと握られた自分の手に向けながら、そのあとをついていく。
人の流れを川に見立てるなら、その脇の河川敷に辿り着いて人混みと喧騒から一時逃れられた涼太は、姫奈と向かい合う形で立ち止まる。
「ヒメ、俺の肩持ってて」
「ありがと」
涼太は自分の左肩をポンポンと叩いて見せ、そこに姫奈の右手が乗せられたのを確認してからその場にしゃがむ。
「下駄見せて」
「はい」
姫奈がそっと持ち上げた右足から下駄を抜き取り、涼太はまだ全然馴染んでいないその鼻緒をグッと引っ張るようにして緩める。
「リョウ君って面倒見良いですよねぇ」
「誰の面倒でも見るわけじゃないけどな」
姫奈は涼太が下駄を馴染ませてくれている様子を上から見下ろすような形で見詰めながら、くすくすと笑った。
そうしている間に左足の下駄の鼻緒も調整し終わり、涼太が「よし」と言って立ち上がる。
「どうだ? 少しはマシになったか?」
「うぅんと……おぉ~、締め付け感がなくなってだいぶ楽になった」
その場で足踏みをしてみた姫奈が、感覚の違いに驚きながら表情を明るくした。
「まぁ、鼻緒が緩んだ分、気持ち脱げやすくなってるだろうから気を付けろよ?」
劇的に緩んだわけではないため普通にしていれば脱げる心配はないが、夏祭り会場は混雑しているため、注意しておくことに越したことはない。
「わかりました~。ありがと、リョウ君」
「はいはい、どういたしまして」
両手を腰の後ろに回して僅かに前のめりになり、小首を傾げて笑顔を見せる姫奈。
涼太は不覚にもドキッとしてしまい、恥じらいを誤魔化すように頬を指で掻いた。
「それにしても……やっぱ青系統の色似合うな、ヒメ。確か初詣のとき着てた小紋も青色だったし」
この夏祭りのために姫奈が着ているのは、藍色の生地に薄紫色の紫陽花の模様が描かれた浴衣で、胸の下辺りでキュッと絞っている帯も同色で合わせられている。
日頃ハーフアップの胡桃色の髪は、結い上げられてふわっとしたお団子にまとめられており、襟首から覗く鎖骨からうなじまで晒されているので、その白くて細い首がいつもより長く感じられて非常に美しい。
「よく覚えてるね」
「当たり前だろ」
「ふぅん、好きな人だから?」
ニヤリ、とからかうように口角を持ち上げる姫奈。
「違うな」
「えっ……」
「大好きな人だからだな」
一瞬否定されたことにヒヤリとした姫奈だったが、単なる好意には収まらない涼太の気持ちを浴びせられて、カァと顔が熱くなった。
「はぁ、もう……この人本当に私のこと好きすぎるんですけどぉ」
姫奈は熱の籠った顔を冷ますように手でひらひらと扇いだあと、チラッと横目に視線だけを向けて少し尖った唇を動かした。
「ほら、行こ」
「あちょ――」
今度は姫奈が引っ張る番だった。
その右手は、涼太のTシャツの裾をキュッと摘まんでいる。
鼻緒が締め付ける痛みから解放されたお陰か、それとも涼太に浴衣姿を似合っていると褒められたからか、はたまたそのどちらもか。
先程より足取りの軽くなった姫奈に引っ張られるまま、涼太は再び人混みへと身を投じていった――――
◇◆◇
河川敷は広い。
夏祭り会場として屋台がズラリと並んでいるが、充分な道幅が確保されている。
確かに人の流れから生じる混雑は避けられないが、それでも気を付けていれば、歩く度に往来の人と肩がぶつかってしまうなどという心配はなさそうだった。
そんな中、姫奈がチョコバナナを買うのを横目に、りんご飴を選ぶ涼太。
はいどうぞ~、と気の良さそうな屋台のオジサンからりんご飴を受け取り、短くお礼を言ってから辺りを見渡した。
「もっと家族連れが多いって思ってたけど、意外と子供だけで来てたりする人の方が多いんだな」
「他人事みたいに言うけど、私達もそうだよ」
そんな姫奈の返しに涼太は「確かに」と頷きそうになったが、すぐに何か引っかかるところが見付かって唸った。
「ん~、俺らはどちらかというと家族に近いのでは?」
「えぇ? まぁ、確かに気付いたときには一緒にいたけど……」
涼太と姫奈は、同い年で家も隣同士。
血の繋がりこそないものの兄妹も同然にいつも一緒に遊んできたし、実際に家ぐるみで交流がある。
ある意味では家族とも呼べなくはないかも、と姫奈は納得し始めていたが、涼太は首を横に振った。
「いや、そうじゃなくて」
「え?」
「将来的には、正真正銘の家族にするので」
涼太が右手に持っていたりんご飴を指示棒代わりにして向けると、姫奈ははたと足を止めた。
一瞬涼太の言葉の意味がわからなかったようで呆然としていたが、徐々に回転し始めた脳がその真意を理解し始めるに従って、じわじわと顔を紅潮させていった。
「そ、そういうことを何でこうサラッと言うかなぁ~」
羞恥と不満が入り混じったようなジト目で涼太を睨みつける姫奈。
涼太が満足のいく反応が見られて笑っていると、姫奈は仕返しとばかりに突き出されたりんご飴に噛り付いた。
「ちょ、おい!」
「羞恥税として一口徴収しました」
「食べたかったなら素直にそう言えよ……」
まったく、と涼太はため息を溢して、小さな歯型のついたりんご飴に視線を落とす。
特に何も考えずに噛り付こうと口許へりんご飴を運ぼうとしていると――――
「……それ、間接キスだね」
「……おい」
「なに?」
「……食べづらい!」
こちらがが本命の仕返しであったことを思い知った涼太に、姫奈はしてやったりと満足げに口許を綻ばせた――――




