第67話 幼馴染それぞれの青春
七月下旬。
一学期末定期考査も無事終了し、残す一学期の学校生活はもう目前に迫る終業式を待つだけだった。
教室内や廊下、校舎の多くの場所から、生徒達が夏休みの予定について友人らと話し合っているのが聞こえてくる。
楽し気に遊ぶ予定を立てる者。
課題の量に文句を言う者。
休みの大半の日が塾で潰れる者。
会話の内容は人それぞれだが、そのどれもが今この瞬間にしか出来ない青春に他ならない。
そんな中でも、一際眩い青春の光を放っている者がいた――――
「――えぇっ、あの姫様が清水君を夏祭りに誘ったぁ!?」
授業間の短い休み時間。
お手洗いから教室に戻る道中で、姫奈の話を聞いていた結愛がたまらず大きな声を上げた。
「結愛、声大きいから」
「あぁ、ごめんごめん……!」
しぃ~、と立てた人差し指を口許に当てた姫奈に咎められ、周囲を見渡す結愛。
幸い、今の声を聞いて自分達に視線を向ける生徒はいないようで、結愛はホッと胸を撫で下ろす。
難攻不落と周知される姫奈が特定の異性を夏祭りに誘ったなどと広まれば、大騒ぎになりかねない。
「でもさぁ、驚きもするってもんでしょ~」
「そう?」
「だぁって姫様、ずぅっと前からリョウ君リョウく~んって大好きを溢れさせてたのに、頑なに認めようとしなくて焦れったかったんだも~ん」
からかうようにニヤリと笑ってくる結愛に、姫奈は表情をムッとさせて見せたが、すぐに不安に駆られたように立ち止まって目を伏せた。
「だって……怖かったから……」
「姫様……?」
「この気持ちを認めちゃったら、今まで通り居心地の良い幼馴染って言う関係じゃいられなくなるからさ……また、私が幼馴染の関係性を壊すんだって思ったら、怖くて……」
解決したこととはいえ、姫奈の中には既に、意中の相手に想いを伝えたことによって関係性が悪化するという経験がある。
一種のトラウマと言ってもいい。
一番近くに居たい相手に好きだと伝えることで、近くに居られなくなってしまうという恐怖は、たとえ自分のことを真っ直ぐに好いてくれている相手にでも作用してしまう。
そしてその恐怖は、涼太のことを好きになればなるほど強まっていくのだ。
好きだからこそ、離れたくない。
離れたくないからこそ、好きと言えない。
もどかしくて、焦れったい。
「フムフム、なるほどねぇ。ジレンマだねぇ~」
腕を組んだまま片方の手を顎に添えて頷く結愛。
姫奈は肯定するように微笑みを向けて、再び歩き出した。
「でも、怖いからっていつまでも立ち止まってたら、いつどこで誰にリョウ君を横取りされるかわからないわけじゃないですか」
「あはは。いつどこでかはともかく、誰かに関しては心当たりあるみたいだねぇ~」
結愛は恐らく姫奈も思い浮かべているであろう一人の小悪魔後輩の姿を想像しながら笑い、姫奈の横に並んで歩く。
「じゃあ、夏祭りで告白までしちゃう感じぃ~?」
「秘密でーす」
「いやぁ、その返事はイェスでしょ~」
結愛に肯定と受け取られても、姫奈はそれを訂正することはせず、ただ静かに笑みを湛えているだけだった。
(まぁ、リョウ君取られるのが嫌ってものあるけど……それ以上に、私がもう幼馴染ってだけじゃ我慢出来そうにないんですよねぇ……)
日に日に増しては込み上げてくる涼太への想いを押し止めていた理性の蓋は、その耐久値を刻一刻と減らしていたのだ――――
◇◆◇
「ってなワケで、今年の夏祭りはヒメと行くことになったんだが……蓮、良いか?」
同時刻。
涼太は教室の後ろで蓮と夏祭りの予定について話していた。
特にそう決めていたわけではないが、毎年夏祭りは幼馴染三人で行っていたので、涼太は一応断っておくことにしたのだ。
蓮は一瞬キョトンとしたが、すぐに爽やかな笑顔を浮かべた。
「もちろん。というか、俺もその件で話そうと思ってたことがあってね」
蓮はどこか照れ臭そうに頬を指で掻いた。
「実は、俺も一緒に夏祭り行く約束をした人がいてさ」
「……ほほう、その反応はバスケ部の仲間って感じじゃないな?」
蓮が恥じらうなんてそうあることではない。
少なくとも、普通の友人や部活の仲間と行動を共にするというだけで、こんな表情はしないだろう。
そうなると――――
「もしかして、例の先輩か? 彩香のお姉さんだっけ?」
「あはは。やっぱりバレるか~」
自分で当てておいておかしな話だが、涼太は蓮が認めたことに若干以上に驚いてしまった。
無理もない。
蓮は異性から興味を――主に好意を向けられることはあっても、自分から向けることはなかった。
少なくとも、誰よりも長い付き合いをしている涼太はそんなところを見たことがない。
そんな蓮が、ようやく興味を持つ相手を――恐らく友人としてではない意識を向けられる異性と出逢えたことに、涼太は幼馴染であり親友として素直に嬉しかった。
「結構良い感じなのか?」
「ん~、どうだろう。正直何を考えているのかよくわからない人だからさ~」
優香の姿を思い浮かべているのだろう。
どこへともない斜め上に視線を向ける蓮の横顔は、どこか楽しげだった。
それを見て、涼太もニヤリと口角を持ち上げる。
「でも、そんなところが良い、と?」
「うるさいぞ」
「悪い悪い」
照れ笑いを浮かべながら握り拳で脇腹を小突いてくる蓮に、涼太は可笑しそうに平謝りする。
「いやぁ、それにしてもいつの間に夏祭り行くような間柄にまでなってたんだよ。全然気付かなかったぞ」
「部活の休憩中によく会っててさ。涼太がヒメちゃんと焦れったくしてる間に、コツコツ進展させてたんだよ~」
さっきの仕返しのつもりか。
顔が整っている分余計に腹立たしい挑発的な笑みを向けてきた蓮。
涼太は「うっ」と声を漏らす。
言い返そうにもあまりに正論すぎて反撃の余地が見当たらない。
出来ることと言えば、無言のままに半目で不満を訴えるくらいのもの。
「ま、折角の夏祭りだ。この機会に涼太もヒメちゃんと上手く進展してくれよな。親友として、幼馴染として、応援してるからさ」
「ま、出来るだけ頑張るわ。手始めに打ち上がる花火と同じ数だけ『好き』とでも言ってみるか」
本気で言っているのか冗談のつもりなのか……右手で顎を撫でながらそう言う涼太に、蓮は呆れた視線を向けた。
そして、涼太の肩をポンと叩き――――
「それは、頑張りすぎだ」
「そうか?」
冗談じゃなかったことが、判明した。




