第66話 初恋幼馴染の願い事
「んま、こんなもんだろ」
「おぉ~」
五分と掛からず、涼太は七夕セットに内包されていた折り紙と姫奈から借りたハサミで簡単な飾りを作り終えた。
姫奈も最初は涼太の真似で一緒に作ろうとしたが、三枚と限られた折り紙の内、貴重な一枚を無惨なオブジェに変えてしまったことで断念。
結局、完成した飾りはすべて涼太の作品で、自立しないプラスチック製の笹と一緒にマスキングテープで部屋の壁に張り付けた。
それらを眺めるように、涼太と姫奈は並んでベッドに腰掛けた。
「流石リョウ君。器用ですねぇ~」
「ヒメが特別不器用なだけだろ?」
「その分、応援は得意なので」
「そうだな。俺には効果抜群の応援だな」
「好きな人の応援、だからですか?」
隣に座る姫奈が、からかうように笑って涼太の顔を覗き込んだ。
しかし、涼太は動揺を見せない。
何度も本人に好きだと口にしているのだから、今更の話だ。
「いや、違うな」
「えっ?」
「大好きな人の応援だから、だな」
「……っ!?」
澄まし顔で涼太がそう返すと、覗き込んでいた姫奈の榛色の瞳が見開かれ、顔がじわりと朱に染まった。
いつまでもそんな表情を見せておくのが居たたまれなかったのか、姫奈は色付いた顔を逸らして、拗ねたように尖らせた唇で呟く。
「私のこと好きすぎるのも考え物だなぁ……」
「ん、なんて?」
「何でもないで~す」
姫奈はベッドから立ち上がり、学習机に置いてあった短冊とボールペンを手に取る。
「はい、これリョウ君ね」
「願い事を書きなさいと?」
「そ」
私はこっちで書きま~す、と言って、姫奈は涼太に青色の短冊とボールペンを渡したあと、学習机に向かっていった。
「願い事なぁ……」
涼太は困ったように後ろ頭を掻き、姫奈の背中から手元の短冊に視線を落とす。
正直、願い事と言われても困った。
涼太自身あまり欲というものがない性格であるし、両親に手厚く育てられたお陰で不満のない生活を送ってこられた。
特別何かを欲しい、手に入れたい――と思ったことは、ないこともないが…………
(それは願ってどうこうしようなんて思ってないからなぁ)
チラリ、と涼太の視線が姫奈に向く。
姫奈は気付くこともなく、学習机で自身の願い事を短冊に綴っていた。
(なら、宣言だけでもしとくか)
涼太はどこか可笑しそうに小さく笑って、ボールペンを握った。
そして――――
「リョウ君、書けた?」
「一応」
「じゃ、ほらほら。笹の葉に短冊つけよ」
つけよう、と誘っておきながら先に相手に短冊を吊るさせようとする姫奈に、涼太は呆れた笑みを浮かべながらも、素直にその手の短冊を笹の葉に持っていく。
「ほい」
「さてさて、リョウ君の願い事は~?」
早速人の短冊を見るとは無粋極まりないが、涼太も姫奈ならそうするだろうことは最初から想定していたので文句はない。
むしろ、本人に見てもらった方が宣言としての価値があるというものだ。
「ちょっ、リョウ君……もぅ……!」
「どうした?」
「どうしたじゃないからぁ」
涼太の吊るした短冊を見た姫奈が、物言いたげに目蓋の半分閉じられた目を振り向かせる。
「これ、何ですか? 『ヒメを幸せにします』って」
「言葉通りだぞ」
「っ、そうじゃなくて。短冊なんだから書くなら『幸せになりますように』でしょ? というか、そんなこと書かないでください」
姫奈がその白い頬を際限なく紅潮させて、髪の合間からチラリと見える耳の先端までも熱くしているのを素直に可愛いなと思いつつ、涼太は肩を竦めた。
「願って勝手に幸せになってもらわれても困るからな。ヒメは俺が幸せにするから」
そんな涼太の言葉に、ビクッと身体を震わせる姫奈。
「何でリョウ君ってそういうことをサラッと言うかなぁ……」
「言葉自体に意味はないって思ってるからかな。ま、想いは実現させて証明するってことで」
本心そのもの。
一片たりとも偽りがないからこそ、涼太が伝える言葉に恥じらうところは何一つとしてなかった。
しかし、対照的に伝えられる側はその分だけの恥ずかしさを味わうことになるようで、証拠とばかりに、姫奈は涼太を睨む余裕すらなく、視線の行き場を失くしていた。
「で、ヒメの短冊は?」
「……この流れを『で』で切り替えないでほしいんですけどぉ」
まったくもぅ、と姫奈は大きくため息を吐いてから、自分の短冊を笹の葉に吊るした。
そこに書かれていたのは――――
“リョウ君と夏祭りに行けますように”
「……えっと、お姫様?」
「なんですか?」
涼太は姫奈の短冊に書かれていた願い事を読んで、曖昧な笑みを浮かべた。
「これは、わざわざ短冊で願うことか?」
「うぅん、特に他の願い事なかったんですよねぇ~」
「ならなぜ笹の葉のセットを買ってきた……」
涼太はそう呟きながらも、姫奈は最初からこの願い事を短冊に書いて自分に見せるために笹の葉を買ってきたのだろうということはすぐにわかった。
半分呆れる涼太に、姫奈はさも他人事のような口調で言う。
「私のお願い事、叶いますかねぇ?」
「……いやぁ、どうだろうなぁ~」
姫奈に付き合うように、涼太はおどけた態度を取った。
「七夕だからって願い事が叶うとは限らんからなぁ」
「……ねぇ」
涼太としてはもう少しふざけていたいところだったのだが、姫奈がムッと頬を膨らませて服の裾を引っ張ってきた。
涼太は笑う姫奈の顔が好きだ。
でも、それと同じくらい拗ねているときに見せる表情も可愛いと思ってしまう。
ジッ、と上目遣いで向けられる少し目尻の垂れ下がった榛色の瞳に、涼太の胸の奥は否応なしに騒がしくさせられた。
「リョウ君、すぅぐイジワルする」
「え、えっと……」
「私の願い事が叶うかどうかは、リョウ君に懸かってるんですけど~?」
どこか不満げに小首を傾げる姫奈。
涼太は自分の顔が熱くなるのを感じ、両手を挙げて降参の身振りを取った。
「……叶うんじゃないですかね」
「叶えてくれるんですか?」
「それは織姫と彦星に聞いてもらって」
「だって、私の彦星はリョウ君でしょ?」
姫奈は自身でそう尋ねながら、すぐに「いや」と可笑しそうに否定した。
「リョウ君は彦星みたいに会える日まで大人しく待ってないか。天の川くらいどうにかして渡ってきそうだもんね」
「いや何光年よ……」
半目を向ける涼太に構わず、姫奈は返事を催促する。
「それで? 私の願い事、叶えてくれるんですか?」
「はいはい。予定空けとくよ」
そんな涼太の返答に、姫奈は一瞬目を丸くしてから笑いを溢した。
「空けなくても、元々空いてるの知ってるんですけど」
「何を失礼な」
図星の癖に澄まし顔を浮かべる涼太に、姫奈はクスクスと笑った――――
◇◆◇
これは、涼太が姫奈の部屋を去ってしばらくの頃。
風呂上がりの姫奈は、改めて涼太と一緒に短冊を吊るした笹の葉の前に立っていた。
血行が良くなっているせいか、それとも別の要因か、姫奈の頬は微かに赤らんでいる。
「ふぅ、もしリョウ君が短冊に触って来たらどうしようかと思った……」
姫奈は恥じらい混じりに胸を撫でおろして、吊るされている自身の短冊に手を伸ばし『リョウ君と夏祭りに行けますように』と書かれた面を裏返す。
すると、裏面にも文字が――願い事が書かれていた。
“リョウ君に気持ちを伝えます”
「宣言、か……幼馴染だから似たのかなぁ……?」
その事実が可笑しく思えて、姫奈は一人小さく笑った――――




