第65話 初恋幼馴染と七夕
七月七日、月曜日。
来週に一学期末定期考査を控える今日、涼太と姫奈は学校から帰ってきてからテスト対策の勉強をすることになった。
もちろん場所は、涼太の部屋――ではなく、珍しく姫奈の部屋で行われていた。
「いやぁ、ありがとうリョウ君。リョウ君のお陰で、私も何とか期末テスト乗り越えられそうですよ」
「そうかそうか。よく頑張ったなヒメ。だが少々主語の定義する範囲が広いんじゃないか?」
椅子に座り、自身の学習机に向かっていた姫奈。
数Bの教材をパタンと閉じたかと思えば、そそくさと棚に仕舞い込み、筆記用具類まで筆箱に入れ始めた。
なので、後ろに立って勉強を見ていた涼太は、すぐさまその手をガシッと掴んで引き留める。
「乗り越えられそうなのは今やった数Bと、ヒメが比較的得意な社会系の科目だろ?」
涼太の指摘に、姫奈は「うぅ」と呻いた。
「まだコミュ英も英表も古文も漢文も現代文も化学も物理も他にも沢山やらなきゃなんだから『私、勉強やりきりました』オーラ出してないで、次やる次」
次は何をやろうか、と涼太が姫奈の学習机の棚に収まっている教科書類を見ていると、姫奈が机に突っ伏してしまった。
「んねぇ、リョウ君。今日何日ですかぁ?」
「七月七日だな」
「つまり何の日?」
「七夕だな」
「そう、七夕ですよ七夕ぁ~」
姫奈は上体を起こして、そのままの勢いで仰け反った。
ポン、と姫奈の後頭部が涼太の胸に当てられる。
「織姫と彦星が一年に一度会える特別な日なんだよ~?」
「んまぁ、自業自得なんだけどな」
「え、どういう意味?」
姫奈が涼太の胸に頭を預けたまま更に上向かせて、仰ぎ見ているのか覗き込んでいるのかイマイチわからない体勢で興味深そうに涼太を見詰めた。
その体勢首痛くならない? と涼太は思いながらも、姫奈の疑問に答えることにした。
「織姫と彦星は仕事熱心な人達だったんだけど、イチャイチャするのに夢中になっちゃったんだろうなぁ。結婚してからサボるようになって、それに怒った神様が罰として天の川の両岸に二人を引き離したんだよ」
ザックリ要約した涼太の説明に、姫奈は「ほえぇ」と声を漏らす。
「でも、それで一年に一度しか会えないのは流石に可哀想じゃないですかね?」
「それ、本当は七日に一度だったんだ」
「えっ?」
目を丸くする姫奈に、涼太は肩を竦めて答えた。
「『七日に一度会うことを許す』っていう神様の伝令を任されたカラスが、二人に間違えて『七月七日にだけ会うことを許す』って言っちゃったんですねぇ~」
「えぇ、ちょっと無理ある間違い方じゃない~? カラスに悪意を感じるなぁ……」
むむむぅ、と不満げな目付きで唸る姫奈。
涼太の胸から頭を離し、何かを考え込むように下を向く。
「ヒメ?」
「でも、私は嫌だな……」
背中越しに見ている涼太には、姫奈がどんな表情をしているのかはわからない。
ただ、髪の毛の合間から覗く耳の先端がいつもより赤くなっているように見えるだけ。
「一年に一度じゃなくて、七日に一度でもなくて……好きな人とは毎日会えないと、私は嫌、かな……」
「……っ!?」
チラ、と背中越しに振り向いて目を向けてくる姫奈に、涼太は心臓を跳ねさせた。
(か、勘違いするな俺っ、落ち着け落ち着け……! 好きな人に毎日会いたいのは当たり前のことであって、別にそれが俺ってわけじゃないんだから……!)
コホン、と涼太はわざとらしく咳払いし、顔に溜まった熱の冷めないままに平静を装おうとする。
「そ、そうだな。なら、好きな人と離れ離れにされないように、怠けず勉強しないとな」
そう言って涼太はテスト勉強を再開させようとするが、今度はその手を姫奈が掴んだ。
「それはそうだけど~」
「ちょ、ヒメ……?」
「織姫と彦星でさえ一緒にいられる日なんだから、今日くらい勉強はお休みして、私達もゆっくりしようよ~」
「いや今日に限らずむしろいつもゆっくりして……」
「リョウ君」
「……来週にはテストがありまして……」
「ねぇ、リョウ君」
「っ、ヒメの赤点回避をしないと……!」
トドメとばかりに、姫奈は捕まえていた涼太の手を更にギュッと握り込んだ。
「リョウ君、お願い……ね?」
「くっ……!」
テストまでもうそんなに猶予はない。
姫奈のことを考えれば、少しでも多く勉強時間を確保したいところだが…………
ぐぐぐ……、と葛藤を抱える涼太の眉が中央に寄っていく。
そして――――
「っ、はぁ……わかった、わかりました。明日、今日の分もするんだからな?」
折れた涼太。
姫奈には敵わないなと思い知らされて、ため息を吐いた。
そんな涼太を見て、姫奈は満足げに微笑む。
「それは、明日になってから考えます」
「おい」
調子に乗るな、と涼太は姫奈の頭に軽く手刀を当てた。
姫奈はけらけらと笑いながら「はーい、涼太せんせ~」と間延びした呑気な返事をする。
「んでも、ゆっくりするって何するんだよ?」
だいぶ日が長くなって忘れがちだが、時刻は既に七時を回っていて、夕食の時間も迫っている。
今から何かをするにしても、そうゆっくりは出来ない。
首を傾げる涼太に、姫奈は「実は良いものがあるんですね~」と得意気に笑って席を立つと、押し入れを開けて中から何かを取り出した。
「今日は七夕ということで。じゃ~ん」
「なるほど。笹の葉……カッコプラスチック製ね」
セルフ効果音付きで姫奈が自分の顔の前に突き出して見せたのは、この時期よくスーパーなどで見掛ける三十センチ程度の大きさの笹と短冊のセットが封入された袋。
姫奈は袋の脇からひょっこり顔を出して――――
「さ、リョウ君。短冊に願い事……の前に、折り紙で飾り作ってください。不器用な私は、傍で応援してるから」
「いや手伝えよ」
ジト目で放たれる涼太のツッコミを受けて、姫奈はけたけた笑った。




