第64話 小悪魔後輩は探りたい?
「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
「はい。大丈夫です」
「それでは、ごゆっくりどうぞ~」
抹茶アイスの添えられたワッフルが涼太の前に運ばれてきたのを最後に、店員は伝票を置いて下がっていった。
「いただきま~す」
涼太はスイーツ用のナイフとフォークでワッフルを一口大に切り、抹茶アイスも一緒に乗せて口に入れた。
「ん~、美味い……!」
表面はカリッと、中はモチッとした触感のワッフルは、卵の味わいがしっかりと感じられてそれだけで充分美味しい。
そこに上品な苦みを湛えた抹茶アイスが加わることで、更に味に彩りをもたらしている。
咀嚼する涼太の口許が緩く弧を描くのは自然なことだった。
そんな様子をテーブルを挟んだ対面から見ていた彩香が、笑みを溢す。
「あはは、なんか涼太先輩可愛いですね」
「リョウ君食べるの好きだからね~」
彩香の感想に同意するように微笑んだ姫奈。
「料理も上手だし。お菓子作りも」
「へぇ~、女子力高いですねぇ……」
感心したように呟いた彩香は、コクッと一口紅茶を喉に流し込んでから、どこか挑発的な視線を姫奈に向ける。
「それは、良い旦那さんになるに違いないですね」
「……っ!?」
姫奈は微かに肩を震わせ、目を丸くした。
旦那さん、ということは相手として奥さんがいる。
もちろん昨今では同性間での恋愛も認知され始めているが、涼太の恋愛対象が異性であることは間違いない。
となると、そんな涼太を旦那さんとするなら、その相手は…………
「…………」
「…………」
姫奈と彩香は互いに微笑を湛えながらも、無言で視線を衝突させ不可視の火花を散らしていた。
その様はまるで侍同士が至近距離で鍔迫り合いをし、互いの出方を窺っているかのよう。
そして、先に動きを見せたのは彩香だった。
「それにしても涼太先輩のワッフル、美味しそうですね?」
可愛らしく人懐っこい笑みを浮かべる彩香。
涼太の顔を覗き込むように、上目遣いで見詰める。
「一口くれませんか?」
「ん? もちろんいいぞ」
はい――と、涼太は彩香の手が届きやすいように、ワッフルの乗ったプレートをスライドさせようとするが、彩香は向けられようとしていたプレートの端に指を当てて制止した。
「彩香?」
「あ~ん」
「……え?」
「あ~ん」
涼太の戸惑いなど露知らず、彩香は少しテーブルに身を乗り出して目蓋を下ろし、小さな口を開ける。
意図してか無自覚か、彩香がテーブルについた腕の上に、小柄な身体にしては存在感のある実りが少し潰れるように乗っており、初夏の気候に合わせた薄手の生地のトップスの襟首からチラリと何かが見えそうになっている。
「先輩早くぅ~」
「っ!?」
涼太は視線のやり場に困り心臓をバクバクと拍動させながら、自身の手元に視線を落とす。
一口大にカットされたワッフル。
そこに乗せられる抹茶アイス。
それをフォークに刺し、ゆっくりと彩香の口許へ運ばれる。
そして――――
「あ~むっ。ん~!」
「どう? 美味しい?」
「はいっ、美味しいです――って、え!?」
反射的に返事をしてしまった彩香だったが、耳に入った声が涼太のものではなく、明らかに女子の――姫奈の声だったので驚いて目を開けた。
すると、フォークを持っていたのは得意げな笑みを浮かべた姫奈。
「姫奈、先輩……!?」
「このワッフルが食べたいだけなら、私が食べさせても問題ないよね?」
カタン、と用事の済んだフォークを自分の前に置く姫奈。
そのフォークですら涼太の使用していたものではなく、姫奈が注文して食べていたガトーショコラについていたものだった。
してやられた彩香はムッと不満げに頬を膨らませるが、一つため息を挟んでからすぐに気を静めた。
「お前ら、ホントいつの間にそんな仲良くなったんだよ?」
涼太からしてみれば、てっきり自分が食べさせるのかと思っていた流れで姫奈が割り込み、積極的に彩香に食べさせていた状況。
傍で美少女二人が戯れいている様はどこか尊いものにすら思えてしまう。
しかし――――
「まぁ、友達ではあるかな」
「あ~、読み方違うヤツですねぇ~」
姫奈の答えに、彩香も納得したように笑う。
友達と書いて何とやら――涼太はその本質を知る由もなく、交友関係の少ない姫奈に心を許せる相手が出来たのだと素直に嬉しく思っていた。
「あっ、ところで姫奈先輩」
「ん?」
「私、姫奈先輩に聞いてみたいことがあったんですけど」
話題を切り出す彩香に、姫奈が首を傾げる。
すると、彩香はニコッと笑って――――
「体育祭でのアレ、どういう意味だったんですか?」
「「――ッ!?」」
アイスコーヒーをストローから吸い上げていた涼太は咳き込み、姫奈は突然のことに目を真ん丸に見開いた。
体育祭でのアレとは、聞くまでもなく借り物競争の【特別な人】というお題で姫奈が涼太を連れていき、最後に「他意があるかどうかは、ご想像にお任せしますね」という意味深発言を残した件だ。
「学校中で話題になってるんですから~。あの難攻不落の音瀬姫奈に男の陰が~って」
体育祭後に質問攻めをしてきたクラスメイト達の盛り上がり様を思い出し、涼太と姫奈は苦笑いを禁じ得なかった。
「それで、どうなんですか~? 特別ってどういう意味ですか? 他意って何ですか?」
グイグイ詰め寄ってくる彩香に、姫奈はジワリと頬を赤らめる。
そんな姫奈の横顔を緊張がちに見詰める涼太。
姫奈をフォローしたいのは山々だが、涼太としても体育祭での一件の真相は気になるところ。
ここは彩香の質問に姫奈がどんな答えを出すのか待つことにした。
「うぅん、そうだなぁ……この質問に答える義理はないと思うんだけど……」
姫奈は気乗りしなさそうに腕を組んで首を傾げるが、逃がす気のない彩香の視線に諦めたように口を開く。
「まぁ、アレでちょっとは告白の度に呼び出される手間が減るかなって思ったから、ですかね~?」
確かに姫奈は難攻不落の高嶺の花。
しかし、恋人がいないという状況が、ワンチャンスの更にワンチャンスで自分ならもしかしたら付き合えるかもしれないという儚い幻想を周囲の人間に抱かせてしまっているのも事実。
ゆえに、意味深に特別な人の存在を仄めかしておくことで、そう易々と告白出来ない状況を作り出した。
――というのが、姫奈の答えだった。
「でもまぁ、リョウ君には申し訳ないことしたかもね」
「ん、何でだ?」
「だって――」
姫奈は涼太の方を見て、悪戯っぽく微笑んだ。
「リョウ君が私の特別って広まったせいで、他の女の子がリョウ君に近付きにくくなったかもしれないからね。モテ期到来の可能性消しちゃった」
「お、おぉ……大した自信だ……」
つまり姫奈は、自分ほどの美少女を相手取ってまで涼太に近付こうとする女子はいないだろうと言っているのだ。
もちろん姫奈が可愛いのは自他共に認めざるを得ない事実だが、それを自分の口からサラッと言ってしまえる姫奈に、涼太は若干戦いてしまった。
「あ~、なるほど。マーキングみたいな?」
「そうなるかな」
「あはは、でもそれって――」
彩香は可愛らしい笑顔の奥に確かな凄みを内包させて、姫奈に言った。
「――みんなに効果があるワケじゃないかもですよ?」
姫奈は一瞬呆気にとられたが、すぐに対抗的な笑みを湛えた。
「あぁ、実力差を把握出来ない残念な人とか?」
「っ、ふふっ……!」
「あはは」
え、なになに? と交互に見やる涼太の先で、姫奈と彩香は牽制し合うように笑顔を向かい合わせたのだった――――




