第60話 初恋幼馴染の借り……モノ?
『これより~、三学年合同による借り物競争です。出場選手は~、応援席からグラウンド中央へ集まってください』
どうやら視界を務める放送部員が交代したのだろう。
涼太が蓮の代走を務めた二年次クラス対抗リレーを、競馬実況顔負けの口調で盛り立てた司会から、落ち着いた口調で安心出来る司会へと変わっている。
そんな放送を聞いた参加者は、各学年クラスの応援席から腰を上げ、次々とグラウンドに向かって歩いていく。
「さて、と。私も行ってこようかなぁ」
涼太の隣。
ブルーシートの上ではあるが、少しお尻についてしまった砂埃をポンポンと払い落としながら立ち上がる姫奈。
相も変わらずにどこかのんびりとした覇気のない様子を見て、涼太は「おいおい」と微苦笑混じりに半目を向けた。
「これから競争に行く奴には見えんな」
「競争って言っても借り物競争だしねぇ。気張って走るわけでもないですから~」
テントの屋根で直射日光は遮られているがやはり暑い。
立ち上がった姫奈は、長袖ジャージの襟元を掴んでパタパタさせて風を送り、汗ばんだ肌を少しでも乾かそうとしている。
「暑いならそのジャージ脱げばいいのに」
「ん~、太陽の直火に炙られるか、日差しは避けて蒸されるかだったら、まだ後者の方がマシかなぁ~って」
それに日焼けも嫌だし、と付け加えた姫奈があまり見慣れない長い一つ束ねの髪を揺らした。
「なるほど?」
「……で、リョウ君。何か私に言うことはないんですか?」
チラリ、と斜め上から姫奈が見下ろしてきた。
先程から一向にグラウンドへ向かう気配がないと思ったら、どうやら涼太の言葉を待っていたらしい。
涼太は呆れたように笑って、肩を竦め、言った。
「はいはい。頑張ってこいよ」
「えぇぇ~」
面倒臭いと言わんばかりの返事をする姫奈だったが、その横顔から見える口許は弧を描いていた。
「まぁ、そこそこに頑張ってきま~す」
「おう」
涼太の見送る視線を背に受けて、姫奈は小走りにグラウンドへ向かっていった――――
◇◆◇
借り物競争は各学年各クラスから一人ずつの、計十五名と少数で行われる競技――というより、レクリエーションに近い。
十五名は横並びにスタートラインに並び、開始の合図と同時に駆け出して、五十メートルほど先に置かれた大きなボックスを目指した。
そして、その中に詰められているであろう借り物が記入された紙を無作為に取り出し、参加者は各々目的のモノを探しに散らばっていく。
涼太は呆然とその様子を眺め――正確には十五名の一人である、二年一組代表選手の姫奈を見詰めていた。
(ヒメの奴、何で箱の前で立ち止まってんだ?)
ボックスから借り物の書かれた紙を取り出したは良いものの、その用紙に視線を落としたまま立ち尽くす姫奈の様子に、涼太は疑問符を浮かべる。
しばらくそんな様子を見守っていると、ようやく動き出した姫奈。
まだ借り物競争に送り出して数分。
にもかかわらず、姫奈は何故か用紙をジャージのポケットに突っ込むと、まるで帰ってくるかのようにこちらへ一直線に走ってきた。
「随分と早いご帰宅で」
「違いますぅ~。借り物を取りに来たんですぅ~」
そうだろうとは察しながらも涼太がからかうと、姫奈は唇を尖らせて半目を向けてきた。
戻ってきた姫奈に、一組生徒達の注目が集まる。
「なになに!?」
「音瀬さん、借り物は!?」
「ここにあるの?」
「まだ一着狙えるぞ!?」
「早く早く~!」
興奮混じりに騒めくクラスメイト達を見渡して若干戸惑いながらも、姫奈は改めて涼太に視線を向けてきた。
「リョウ君、ちょっと」
「は? え、ちょ――!?」
姫奈は何を答えるでもなく、ただ涼太の右腕を掴んで立ち上がらせると、そのままグイグイ引っ張りながらグラウンドへ連れ出す。
「ちょいちょい! ヒメ!?」
「いいからついてきてください」
「えっと、借り物が俺ってこと?」
「それ以外ないでしょ~?」
「ならそう言えよ……」
最初から借り物は自分だと言ってくれさえすれば、涼太も慌てることはなかったし、クラスメイトにも戸惑わせることはなかった。
姫奈に引っ張られるようにしてグラウンドを走っていきながら、涼太はどこか疲れたように口を開く。
「んでぇ? お題は何だったんだよ?」
「…………」
「ヒメ?」
「…………」
「えっと、あのぉ……お姫様?」
どうやら答える気はないらしく、涼太の質問に無言を貫く姫奈。
涼太が斜め後ろを走りながら怪訝に見詰めると、チラリと窺える姫奈の横顔には妙に赤みが差しているように見えた。
湿り気を帯びた高い気温。
照りつける太陽の日差し。
身体を動かし、促進される血行。
理由はいくらでも見付かるので、涼太はその点については特に疑問を持つことはなく、ただ取り敢えずワケもわからないまま連れていかれる。
しかし、どうやら惜しくも借り物が適当なモノか審査する係の場所へ辿り着いたときには、一足先に三年生の参加者が一人到着していたらしい。
その三年生の傍らには、肩口辺りで髪が切り揃えられた女子生徒が立っている。
彼女が恐らく借り物なのだろう。
お題が何なのかは知らないが、その人の探し出してきたモノが認められれば一着は逃してしまうことになる。
審査の結果はどうだ、と涼太と姫奈が見守っていると――――
『えぇ~、三年三組! お題は【ボブヘアの女子】ぃ!! 結果はぁ~!?』
マイクを握った審査員が、少しもったいぶるように間を溜めて――――
『残念っ!! 惜しいです! ボブにしては少し髪が長いですね~。ロングボブと言ったところでしょうかぁ~』
いや細かっ!? と涼太は思わずツッコミを入れそうになったが、ギリギリのところで言葉を飲み込んだ。
承認されなかったのだからこちらとしてはありがたい。
これでまだ一着になれる可能性が残されたのだから。
「よし、ヒメ。まだ一着取れるぞ――って、おい、ヒメ?」
涼太がまだ残された希望に笑って姫奈に振り向くと、姫奈は何やら動揺した様子を見せていた。
「あ、あぁ……えぇっと……か、借り物競争のお題って……こんな風に、発表されるんだ……」
一体どうしたのだろうか。
その理由を涼太が尋ねるより先に、審査員が次に並んでいた姫奈の前に立った。
『それでは二年一組ぃ~! さぁ、お題の書かれた紙を見せてくださ~い!』
「っ、う、うぅ……」
姫奈は一瞬呻きながら悩む素振りを見せたが、審査員を前に観念したのか、恐る恐るポケットに入れていた用紙を取り出す。
「み、見せなきゃダメですかね……?」
「お題がわかんなきゃ、俺が借り物として正解なのかどうかもわからんだろ」
何を当たり前のことを聞いてんだ、と思いながら涼太が肩を竦めると、姫奈は「ですよねぇ」と力なく呟いてから、容姿を審査員に手渡した。
力を込めて握られていたのか、お題の書かれた用紙はグシャッと無数のシワが走っていた。
『はいありがとうございます! それでは確認しますねぇ~!? 二年一組のお題はぁ――』
続く審査員の言葉に、笠之峰のグラウンドが大きく騒めいた。
『【特別な人】でぇえええすっ!!』




