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第06話 想いの行く末①

 十一月上旬。

 夕日と木々の紅葉が相まって、景色が最高潮に燃え上がる中、笠之峰高校文化祭最終日は幕を閉じた。


 三学年各クラスの展示や舞台、部活動の出し物、有志参加者によるパフォーマンス等々……その盛り上がりと熱狂の残滓はまだどこか冷めやぬまま。


 そんな中――――


「ずっと蓮君のことが好きでした」

「…………」

「私と、付き合ってくれませんか……?」


 本校舎屋上。

 グラウンドで教職員や生徒達が後夜祭の準備に取り掛かっている光景を眼下に、一人の少女が――音瀬姫奈が青春の大勝負を仕掛けていた。


 これまで積み上げてきた好感度と、いつも傍で支えてくれる協力者と練った作戦と、ほんの少しの文化祭マジックの魔力を借り、勇気を振り絞って一途な想いを告げる。


 相対するのは、物心ついたときから一緒に過ごしてきた幼馴染――神代蓮。


 昔から要領が良くて、運動も勉強も何でも出来た。

 顔はシュッと整っていて、性格も紳士的。見た目も心もイケメン。


 穏やかな焦げ茶の瞳と、少し癖付いた同じく焦げ茶の髪。

 おまけに百八十センチと長身で、運動部に所属しているだけあって必要な筋肉がしっかり鍛えられている。


 それだけの要素があってモテるのは当然で、今まで何人もの女子が告白をしている。


 そして、今、姫奈もその一人になった。


 顔が燃えるように熱い。

 秋の紅葉か、夕日か……今自分の顔がそれらと似たような色をしているのは見なくてもわかる。


 胸の奥で心臓がうるさい。

 痛いくらいに早鐘を打つその鼓動は、秒針を遠く置き去りにして更に加速する。


 姫奈自身、これまで何度も告白を受けてきた。

 同じ数だけ、それを煩わしいことだと思ってきた。


 しかし、今この瞬間初めて()()()()()の気持ちを身に染みて感じ、今まで自分の前で玉砕していったすべての人に敬意を表したくなっていた。


(告白って……こんなに、怖いんだ……)


 自分の口から思いを告げる時間は一瞬に感じクセに、こうしてその返事を待つ時間は永遠にも等しく感じられる。


 それでも、存分に引き伸ばされた体感時間も終わりを迎える。

 実時間、ほんの数秒の間を置いて、蓮が口を開いた。


「……ゴメン、ヒメちゃん」

「…………え」


 顔の熱が一気に冷める。

 あれだけ加速の一途を辿っていた鼓動は瞬く間に勢いを緩め、同時にギュゥッ! と全身が締め上げられるような感覚が訪れた。


 頭が真っ白になり、呆然と佇むことしか出来ない中、蓮の言葉だけが酷く鮮明に耳に届く。


「ヒメちゃんは大切な幼馴染で、親友で、掛け替えのない存在だけど……そういう目では、見れないや……ゴメン……」

「…………」


 蓮のカッコいい顔は、辛そうに歪んでいた。

 視線は姫奈から足元へ落ち、背の高い身体もどこか小さく感じられる。


 両者の関係に深い溝を生み出すような沈黙が屋上を包み込む。


「ひ、ヒメちゃ――」

「――あ、あはは……」


 想いには応えられない。

 姫奈を傷付けた張本人であることを重々承知のうえで、それでも心配せずにいられない蓮が声を掛けようとするが――――


「いやぁ、こっちこそゴメンね。蓮君」


 姫奈は笑った。

 笑って、蓮に顔を向けた。


「もう、私何やってんだろう。あはは、そりゃ幼馴染だもんね、私達。一人の異性として見ろって言われても、困っちゃいますよねぇ」

「ヒメちゃん……」


 姫奈は笑っている。

 笑って……笑って、笑って、笑って笑って笑って笑って笑って笑って笑って笑って笑って笑って笑って――――


 笑っている、つもりだった。


 仮面を被るのは得意。

 笑顔を浮かべるのは十八番。

 当たり障りのない、本心を隠す、蓋であり鎧。


 それでも、姫奈の意思とは裏腹に、正面に立つ蓮の視界に映る姫奈は――――


「あは、あははっ……はっ……」


 泣いていた。

 ぎこちのない笑顔を浮かべたまま、目尻から零れた涙が頬を伝い、顎に集まり、落ち、屋上のコンクリートの地面に水玉模様を描く。


「っ、ごめんっ……私っ……!!」


 バッ、と勢い良く身を翻して駆け出す姫奈。

 屋上の扉を勢いに任せて開け、たまらずこの場から逃げ出した。


 あとに残された蓮には、その背中を引き留める資格はなかった――――



◇◆◇



 玄関を出たところに座っていた涼太は、タタタタタッ!! と背後から勢い良く近付いてくる足音に振り返った。


「お、ヒメ。告白どう――」

「~~っ!!」


 涼太の姿と声に気付いていないのか、姫奈が全力疾走で横を通り過ぎる。


「ヒメ……!?」


 ただ事でないことは一目瞭然。

 涼太はすぐにその背中を追い掛けて、距離が離されないうちに姫奈の腕を掴んだ。


「おい、ヒメ!」

「……っ!? りょ、リョウ君……」


 振り向いた姫奈の表情には驚きもあったが、それ以上に涙に濡れて悲痛に満ちていた。


 思わず姫奈の腕を掴む涼太の手が緩む。


「ヒメ……アイツは……? 蓮は、何て……?」


 当然告白があったことは知っている。

 なんせこの日のために一緒に計画を練ったうえ、先程「頑張って来い」と告白に送り出したのだから当たり前だ。


 そして、その結果を待つために、涼太は玄関前で座っていたのだ。


 待つと言っても、涼太はどこかで結果を信じ切っていた。

 蓮が姫奈の告白を承諾しないわけがない。

 誰もが認める美男美女カップルの誕生を、確信していた。


 でも…………


「ゴメンって……そういう目では見れないって……!!」

「なぁっ……!?」

「――ッ!!」

「あ、ちょ――ヒメ!!」


 姫奈が涼太の腕を振り払って再び駆け出した。

 涼太は再びその背中を追い掛けようとしたが、一歩踏み出したところで思い止まる。


(いや、その前にやるべきことがあるな……!)


 涼太は姫奈と反対方向に――本校舎内へと向かって駆け出した。

 玄関で靴を乱暴に脱ぎ捨て、上履きに足を突っ込み、全力で階段を駆け上がる。


 そう時間も掛からない内に屋上扉の前まで来た。


 正直涼太はこのまま勢いに任せてバァン! と扉を開けてやりたいところだったが、そうすると溢れ出す感情に抑えが効かないまま蓮と向かい合うことになってしまう。


 それを避けるために、ドアノブに手を掛けたところで二、三度深呼吸をし、呼吸と精神を落ち着かせる。


「さて、と……」


 ガチャ。キィィ…………


「よっ」

「涼太……」


 いつもと変わらない調子で屋上に姿を見せた涼太に、蓮は罪悪感を拭いきれないような表情を向ける。


「はぁ……何やってんだよ。蓮」


 蓮も決して姫奈を傷付けたくて告白を断ったわけではない。

 それはこの表情を見れば――いや、見なくとも物心ついたときから一緒に過ごし、その人となりを熟知している涼太にはわかっている。


 だから、怒鳴り立てたりはしない。

 ただ、どんな理由であれ姫奈をあんな状態で放り出したことに呆れずにはいられない涼太は、ため息混じりに蓮の方へ歩いていく。


 蓮はその距離が縮まるごとに表情を曇らせていった。


「で、何でこうなったんだ?」

「……ゴメン、涼太」

「謝ってほしいんじゃない。というか、謝る相手も違う」


 涼太は蓮から一歩離れた正面で足を止め、向かい合った。


「俺はただ、理由を聞いてるだけだ」


 そう言うと、蓮は一呼吸置いてから、まるで懺悔するかのように答える。


「……ヒメちゃんを、一人の女子としては見れないからだよ」

「…………」

「涼太、怒らないんだ」

「怒ってほしいのか?」

「いや、あはは……どうだろう……」


 蓮が困ったような笑みを浮かべるが、涼太は声を荒げない。

 何故なら、それは仕方のないことだからだ。


 蓮には蓮の価値観がある。


 昔からいつでもどこでもすぐ傍にいる幼馴染という存在は、血の繋がりこそないが一種の兄妹のようなもので、恋愛対象として見れないというのは人それぞれの価値観の問題。


 幼馴染でいくら気心の知れた間柄でも、それをとやかく言う資格は涼太にはない。


 だから、姫奈を恋愛対象としていないことも、その告白を断ったことも、感情はともかくとして、納得は出来た。


 しかし…………


「まぁ、ぶっちゃけ怒ってはいるけどな。俺」

「やっぱ、そうだよね……」

「けど、勘違いするなよ? 別に俺は、蓮が姫奈を振ったから怒ってるんじゃない」


 それを聞いても蓮に驚きはなかった。

 どうやら、勘違いはしていなかったらしい。


 涼太の怒りの理由が、蓮には心当たりがあるようだった。


「蓮、気付いてたんだろ? 姫奈の気持ち、ずっと……多分高校入学してからとかの話じゃないよな。中学んときにはとっくに知ってたはずだ」

「…………」


 否定しない蓮。

 無言ではあるが、肯定以外の何物でもなかった。


 それでも、涼太はきちんと蓮の口から答えを聞きたかった。

 そのまま黙って視線をぶつけていると、少し長めの沈黙を経てから蓮が観念したように口を開く。


「……流石、涼太だ。よくわかったね」

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