第58話 初恋幼馴染は応援したい?
体育祭午後の部。
最初の演技は――――
『次は、三学年合同応援団による演技です』
笠之峰高校のグラウンドに放送部員のアナウンスが響き渡るのを合図に、各学年各クラスから四名ずつが選ばれて構成された総勢六十名の応援団員が駆け足で入場してきた。
六十名は半数ずつのグループに分けられる。
三十名は笠之峰の半袖体操服と下にミニスカートを履いたチアガールで、もう三十名は学ランに身を包んだ者達。
まず客席の前に躍り出てフォーメーションを組んだのは、両手に黄色や桃色のボンボンを持ったチアガール達。
そのリーダーと思しき三年生の女子生徒が、愛嬌を含みながらもよく通る声で言った。
「笠之峰ぇ~、ファイトぉ~!!」
「「「ファイトぉ~!!」」」
そんな掛け声を切っ掛けに、リーダーをセンターとして左右対称にフォーメーションを組んだチアガール達が動く。
右へ左へボンボンを突き出しては揺すり、若干の恥じらいは見せながらも場の雰囲気に当てられてか楽しそうに、それでいて一生懸命に振付をこなしていく。
そんな様子を見守っていた生徒達――主に男子生徒は騒めき立つ。
「おぉ~、チア可愛えぇ~!」
「あの先輩ヤバくね!?」
「マジ可愛いな!」
「お、おいあれ見ろよ! めっちゃ揺れてるぜ……!」
「えっ、どれどれ!?」
「ちょっ、お前らな~」
単純にチアガールの演技を楽しむ生徒もいれば、中には普段見られない薄着に思春期の興奮をを抑えられない生徒もいるが、体育祭へのモチベーションが上昇しているのは確かだった。
そして、そんなチアガール達の中に――――
(……あ、あれ彩香じゃないか?)
涼太は右寄りの前列に、見慣れたツーサイドアップの女子を見付けた。
持ち前の人懐っこさと可愛らしさを存分に発揮して、最後の体育祭だと張り切る三年生に勝るとも劣らないキレのある演技をしていた。
動くたびに二つの髪の束が揺れる。
体操服の袖は捲り上げられ華奢で白い肩を露出させており、ひらりひらりと翻るスカートから覗くしなやかなおみ足は、初夏の日差しに眩しい。
涼太も健全な思春期男子高校生だ。
素直に可愛いと思う片隅で、やはり多少なりとも目のやり場に困りながら見ていると、ふとしたタイミングで彩香の視線がこちらを向いた。
(気のせいか……?)
踊りながら応援席の内二年一組のブースを探して、更にそこから特定の誰かの姿を見付けるなんて器用なことは出来ないだろう……と、涼太は納得しようとした。
が、
ニコッ、と彩香が明らかにこちらに向けて、振付にないウィンクと可愛い笑顔を飛ばしてきた。
「……っ!?」
不意のことに胸の奥で心臓が跳ねた。
テントで直射日光は遮られているとはいえ、湿気を帯びた夏の熱気で体温は平時より高くなっている。
本来ならば氷でも当てて身体を冷やしたいところだというのに、今のサービスで更にじわりと顔が熱くなってしまった。
「勘弁してくれ……」
そんな涼太の呟きからしばらくしてチアガール達の演技は終わり、サッと左右に掃けたタイミングで、代わるように学ランに身を包んだ応援団員が前に出た。
中央に堂々と立つガタイの良い三年生の男子生徒が、両手を後ろ腰に回した状態で大声を張り上げる。
「皆の健闘を称え、エールを送るぅッ!!!」
胸の前に持ってきた両手。
右手と左手を順番にピンと斜め上に張っていく。
「フレェエエエ! フレェエエエ! 笠之峰ぇえええッ!!!」
「「「フレッ、フレッ、笠之峰ッ!!」」」
「「「フレッ、フレッ、笠之峰ッ!!」」」
チアガール達の演技と打って変わって、こちらは夏の暑さを更に自分達の熱さで掻き消すような雄々しく激しい応援だ。
だが、変にむさ苦しく思えないのは女子生徒も少なくないお陰か。
もしくは、熱気の中に一輪一際可憐な花が咲いているのも功を奏しているかもしれない。
「ヒメちゃん、頑張ってるね」
「だな~」
隣に並んで見守っていた蓮の言葉に、同意する涼太。
二人の視線の先に立つのは、応援団の列に並ぶ一人の女子――姫奈だ。
胡桃色のセミロングの髪は見慣れたハーフアップではなく、後頭部の少し高い位置でポニーテールにされている。
加えて、たすき掛けされた学ランを着込んでいるせいか、いつものどこか気の抜けているような表情は、若干キリッとしていてカッコ良くも見えた。
「あの学ラン、涼太のなんだろ?」
「そ。中学んときのを、ちょっと裾詰めして」
「おぉ、流石の女子力」
「やったの俺な?」
「わかってるよ」
「わかってて女子力を褒められたのか……」
涼太は一度隣へ物言いたげな半目を向けてから、正面へ顔を戻す。
周囲の推薦の熱量に負けて応援団になった姫奈が、学ランが必要になったから貸してくれと言ってきたときには、涼太はサイズの心配をしたが、存外着心地は悪くなさそうだった。
もちろん女子の身体には身長的にも身幅的にもオーバーサイズだが、明らかにおかしいと思えるぶかさではなく、ちょっとしたチャームポイントになり得る程度。
涼太は袖や裾を大幅に詰めるつもりでいたが、姫奈のスタイルの良さで少し短くするくらいでよく、涼太は「これがビジュアルの差か」と思い知らされてやや複雑な気持ちになった。
そのときのことを思い出しながら演技を見ていると、最後は学ラン組とチアガール組が一緒にポーズを取って終了した。
「じゃ、涼太。悪いけど任せたよ」
「ま、やれるだけやってみますわ」
応援団の演技が終了したあとは学年別クラス対抗リレーだ。
最初に走る一年生は既に集合を終えており、二年生はこれから向かわなければならない。
涼太は蓮にひらひらと手を振ってから、グラウンドを大きく回るように歩いて行った。
すると、その途中で退場した応援団員達とすれ違う。
「あっ、涼太せんぱ~い!」
「お、彩香」
涼太の前まで駆け寄って来た彩香が、桃色のボンボンを胸の前に持ち上げた格好で上目を向けてきた。
「私のこと、見てくれてましたね~?」
「まぁな。彩香もよく俺のこと見付けられたな」
「えへへ、二年一組の応援席の場所を覚えておけば余裕ですよ」
そ・れ・よ・りぃ~、と彩香は悪戯っぽく笑って、ボンボンを持った手を横に広げてその場で一回転して見せた。
「どうです?」
「似合ってるな」
「似合ってて?」
「チアガールからしか摂取出来ない栄養がある」
「んも~、可愛いかどうかを聞いてるのにぃ~!」
その狙いはもちろん察していたが、いざ面と向かって可愛いと口にするのは、やはり気恥ずかしいものがあったので、のらりくらりと躱していた。
だが、彩香はそれが不服だったらしく、ぷくぅ、と頬を膨らませて右手のボンボンを涼太の胸に突き出してきた。
「でもまぁ、良しとしてあげます。言わないだけで、ちゃんと可愛いとは思ってくれているようなので」
「う、うぅん……」
図星を突かれ、涼太は居たたまれない気持ちになりながら顔を逸らして頬を指で掻く。
その様子が可笑しかったのか、彩香は満足したように笑った。
そんなところへ――――
「はぁ~、疲れたぁ~」
「お疲れ、ヒメ」
「あっ、姫奈先輩! お疲れ様ですっ!」
ゆらゆらと長い尻尾を揺らす姫奈が、演技中の活きを捨ててきた様子で歩いてきた。
「この暑さで学ランって絶対おかしいんですけどぉ」
「まぁ、応援団だからな。暑さに負けずってことだろ」
「思いっ切り暑さに負けて、汗凄いから」
これ以上の暑さに耐えかねて、姫奈が学ランの首を絞めるホックを外した。
「ごめん、リョウ君。クリーニングして返すから」
「別に気にしなくて良いのに」
「私が気にするんですぅ」
「お構いなく」
「……なに? むしろ洗うなって?」
「フッ、皆まで言うな」
「わぁ、ここに変態がいま~す」
「冗談だって」
いつもの如く冗談交じりの会話で笑っていると、彩香が少し驚いたような表情を浮かべていた。
「それ、涼太先輩の学ランなんですか?」
「あぁ、うん。そう。中学のとき、リョウ君学ランだったから」
丸くした目を向けてくる彩香に、姫奈が頷く。
「へぇ、良いですね。流石幼馴染って感じで!」
「まぁ、借りてる人も珍しくないけどね」
「そうなんですね~。あっ、じゃあ涼太先輩」
ん? と涼太が彩香に視線を向けると、彩香は手を後ろで組んで覗き込むようにして言ってきた。
「もし来年私が学ラン必要になったら、貸してくれますか?」
「え? 俺?」
「はい! 私も涼太先輩の学ラン着たいなぁ~、って」
「えっと、まぁ……別に良いけど……」
涼太は彩香の姿を今一度見詰めた。
「サイズ的にどうだ?」
「大丈夫ですっ! 私成長期なので!」
「一年であと十センチくらいは伸びないとぶかぶかだぞ」
「それは頑張るしかないですね」
「頑張ってどうにかなることなのか」
再び胸の前に両手のボンボンを持ってきて頑張るポーズをする彩香に、涼太は小さく笑ってから言った。
「じゃ、俺そろそろ行くわ」
涼太が歩き始めると、背中に二人の声が掛かる。
「取り敢えず、転ばないように頑張ってね」
「ファイトですっ、涼太先輩!」
「お~」
涼太は二人の応援に、間延びした返事をしてひらりと手を持ち上げた――――




