第51話 初恋幼馴染はわかってほしい
「――で、前に涼太に勧められたアプリゲームあっただろ?」
学校での昼休み。
涼太、姫奈、蓮、結愛の四人は、食堂の一角にある長方形のテーブルを囲って昼食を取っていた。
涼太の左隣に蓮。
テーブルを挟んだ涼太の対面に姫奈、その隣に結愛が座っている。
普段なら他愛のない軽口が涼太と姫奈の間でテーブルを跨いで飛び交うが、今日はそれが見られない。
蓮と結愛は何かあったのだと察して、当たり障りのないようにそれぞれで会話を回していた。
「昨日時間が出来たから入れてみたんだけどさ。いやぁ……想像以上に面白かったよ」
テーブルの向こう側で姫奈と結愛が別の話題で笑っているのを他所に、蓮は隣で唐揚げ定食の千切りキャベツを口に運んでいた涼太にそう感想を言う。
涼太はシャキシャキと咀嚼して飲み込んでから「だろ~?」と得意気に笑った。
「どこまで進んだ?」
「ん~、二番目の国に辿り着いたところまでかな」
「お、早いな」
「重要じゃなさそうなクエストとか飛ばして進めたからね」
なるほど、と涼太はコクコク頷いてから唐揚げを箸で掴むと、それを蓮の弁当箱の中に運んだ。
「涼太?」
「面倒掛けるな」
弁当箱に追加された唐揚げと涼太の顔を交互に見て疑問符を浮かべた蓮に、涼太は微苦笑を浮かべながらやや抑え気味の声で言った。
蓮と結愛が気を遣って、涼太と姫奈が沈黙せずにいられるようにしてくれているのを理解してのお詫びと、感謝だ。
蓮はフッと何でもなさげに笑いながらも、冗談交じりに咎めるような半目を向けて無言で答えた。
そう思ってるなら早く仲直りしろよな――と言ったようなメッセージだろう。
涼太は肯定の意味を込めて、曖昧に笑い肩を竦めた。
そんなときだった。
突然ピシャリ、と涼太の視界が真っ暗になった。
同時に顔を覆うように何か柔らかく温かな感触が伝わる。
「うおっ……!?」
突如奪われる視覚に、涼太が間抜けな声を漏らしたあと、人懐っこくて可愛らしい――しかし同時に蠱惑的でもある声が、耳元で囁いた。
「(だぁ~れだ?)」
「っ、彩香……?」
「ふふっ、正解です」
パッ、と一時的に奪われていた視界が開けた。
後ろを振り返ると、愛嬌に満ちた笑顔を作る彩香の姿が見える。
「すぐにわかってくれるんですね、涼太先輩」
「そりゃまぁ、俺の交友関係の狭さが成せる業だな」
関わりのある人間が少なければ、こういうときに選択肢が少なくて済むし、女子の声ともなれば更に選択肢は絞られる。
もちろん、声を聞いて彩香だということがわからなかったわけではないが。
だが、そんなことを妙に誇ったような表情で涼太が言うので、彩香はキョトンとしてから笑いを吹き出した。
「あっはは、そんな自慢げに言われても困りますよ」
「彩香ちゃ~ん、何してるの?」
「こっちだよ~」
クラスメイトだろうか。
少し離れた席を取っていた一年生の女子生徒二人が、彩香に手招きしている。
彩香は「今行くね~」とにこやかに答えてから、涼太に顔を戻す。
「じゃ、涼太先輩。また」
「お、おう?」
「先輩方も、失礼しまぁす」
姫奈、蓮、結愛にも視線を向けたからペコリと一度頭を下げてから、友達が呼ぶ方へと小走りで駆けて行った。
そんな背中を少し見送ってから、涼太が視線を手元へと戻すと――――
「涼太、あの子に凄く懐かれてるね」
「清水君も隅に置けませんなぁ~?」
爽やかな蓮の笑顔が左から。
意味深なにまにました笑みが斜向かいから向けられる。
涼太は「何言ってんだよ」と軽く笑って流したが、チラリと正面を見れば、唇を尖らせた姫奈がジト目で睨んできていた。
(ま、また更に不機嫌に!? ヒメ、まさか嫉妬、とか……って、いやいや。アホか俺は。自意識過剰は流石に痛いだろ……)
涼太はそんな可能性を否定するように、頭を横に振った――――
◇◆◇
「はぁ……それで? どうしたぁ、姫様?」
「別にどうもしてないんですけど~」
放課後。
いつも涼太と一緒に帰路に就く姫奈だが、今日は結愛に誘われてファーストフード店に寄り道していた。
二人掛けの席で向かい合って座る姫奈と結愛。
二人の前のテーブルにはそれぞれ、プレートの上にフライドポテトと炭酸飲料――姫奈はコーラで、結愛はメロンソーダが置かれていた。
小腹を満たすにしても少ない注文。
つまり、商品はついでで、目的は別にあるということだ。
「どうもしてない人がする顔じゃないもん、今日の姫様」
「じゃあどんな顔ですか?」
「ムスッとしてる」
「不細工?」
「ううん、可愛い」
「なら良いじゃん、別に」
そう言うと、姫奈は半目で見詰める先に置かれていたポテトを指で摘まむようにして口元に運んでいく。
「清水君と喧嘩してるの?」
「…………」
ピクッ、と姫奈は一瞬開けた口の手前でポテトを止めてから、口の中に入れる。
不満げにモグモグと咀嚼してから飲み込み、口内が空っぽになってから呟くように答えた。
「別に喧嘩じゃないよ」
「じゃあ、なに?」
「リョウ君が悪い。私はそれに呆れてるだけです」
尖らせた唇でストローをついばみ、コーラを吸い上げる姫奈。
口の中をチクチクと刺してくる炭酸は、喉の奥から首を伝って身体の中に落ちていく。
それでも、そのチクチクは胸の奥にに渦巻くモヤモヤをサッパリと流し込んではくれなかった。
「へぇ、清水君が悪い、か……どうして?」
「リョウ君、なんにもわかってないから。いつもなら私のこと何でも知ってますわかってますみたいなムーブしてくるのに、何でこういうときに限ってわかんないかなぁ~」
初めは特に相談する気はなかった姫奈。
しかし、上手く結愛に胸の内側を引っ張り出され、無意識のうちに口からモヤモヤが吐き出されていく。
「あぁ、もぉ~。あのなんにもわかってなさそうな困り顔思い出したらムカついてきたぁ~」
今度は喉を鳴らす勢いでゴクゴクとストローから炭酸溢れるコーラを吸い上げる。
流石に刺激が強かったのか、声にもならない声を絞り出して顔を顰める。
「ったはぁ~! リョウ君って実は馬鹿だよね?」
「いや、アタシに聞かれても。まだそんなに清水君のこと知らないし」
呆れたような困ったような目を作る結愛。
姫奈は一本摘まんだポテトを指し棒代わりにして、そんな結愛に向ける。
「じゃあ教えてあげる。リョウ君は馬鹿です」
「そうかなぁ?」
「あ、ちょっ……」
結愛は自分の方へ向けられていた指し棒ポテトをパクッ、と口で奪った。
「何があったのかは知らないけどさぁ? アタシが思うに、姫様が素直になってないだけな気がするんだよねぇ~」
「なにぃ、私が悪いってコトですかぁ?」
「違う違う、そうは言ってないじゃん。もちろん清水君にも非はあるんだろうねぇ~」
ジッ、と向けられた姫奈の半目に、結愛は苦笑いしながら咄嗟に首を横に振る。
「でも、聞くけどさ姫様。姫様はその不満を清水君に言ったの? 私はこういうことでモヤモヤしますよ~ってさ?」
「い、言わないよ。言わないでしょ」
姫奈は即答で否定した。
そして、すぐに視線をテーブルに落とした。
「言わなくても、わかってほしいじゃん……」
「でも、実際わかってないんでしょ?」
「だから、そこがリョウ君が悪いって――」
「――って、姫様が怒るのもわかるけどさ。でも、事実として清水君はわかってないわけで、わかってない人に原因を言わずに怒り続けても前に進まないでしょ?」
うっ、と姫奈が言葉を詰まらせる。
「それは、そうだけど……」
「ほら、アタシ三人のチビ達がいるって話したことあるじゃん? 妹が一人と弟二人」
姫奈は去年の記憶を振り返り、そういえば結愛とそんな話もしたなと思い出す。
「チビ達の相手してて思うんだぁ~。アタシにとったら当たり前のことでも、チビ達からすればそうじゃない。言わなくてもこうしてほしい、って思ったことも、チビ達は言ってくれないとわからないから出来ない」
リョウ君がまだ子供ってこと? と姫奈が結愛の言いたいことを推測して尋ねるが、結愛は首を横に振った。
「子供だとか大人だとか関係ないと思うなぁ。歳関係なく、人って経験したことがないことはわからないわけですよ。最初はみんな上手くいかない。でも二度、三度と繰り返すうちに出来るようになる。それは、上手くいかなかった最初の経験があるから出来るようになること」
姫奈はまだよくわからなそうに眉を寄せながら、黙って結愛の話に耳を傾ける。
「わかってほしい、出来てほしいっていうのは、結局はその人の願望でしかないんだよね。だから、次からは清水君に何かをわかってほしいって姫様が思うなら、それは姫様が教えてあげないと。今ね」
やはり下に兄弟が三人もいるとこうなのだろうか。
姫奈はまるで、いもしない姉に諭されているような心地になってしまっていた。
「どちらかが折れて解決することなら、早いうちにそうした方が良いよ~」
結愛は結愛で、可愛いものを導くような微笑ましい笑みを浮かべて、メロンソーダを口に含んだ。
「でもさぁ……」
「まぁ、決めるのは姫様だよ」
でも、と結愛はニヤリと意地悪く笑って、先程のお返しとばかりにポテトを指し棒代わりにして姫奈に向けた。
「早くしないと、こうしてるうちに愛しのリョウ君がどこかの誰かに取られちゃうかもしれないよ? ほら、最近隅に置けないみたいだしぃ?」
「~~っ!?」
そんな結愛の警告に、姫奈は一人の少女の姿を脳裏に浮かばせてしまい、じわぁ、と顔に熱が込み上げてくるのを感じた。
「べ、別に愛しくないんですけどぉ~」
「えっへぇ~? そうなのぉ~?」
店を出るまで、結愛は終始ニマニマした表情を姫奈に向けていた――――




