第49話 小悪魔後輩の提案
これは、涼太が制服のブレザーのポケットに入れられていたメッセージアプリのIDに気付いて登録した、その日の夜。
入浴を済ませ、あとは寝るだけと自室の電気を消してベッドに潜った涼太。
枕元に置いてあったスマホを確認すると、メッセージ通知が来ていることに気が付いた。
『あっ、涼太先輩!』
『もう、登録するの遅いですよぉ?』
『私、登録されなかったらどうしよ~、ってずっと不安だったんですからね!』
そんなメッセージの文面を、涼太は彩香の声で脳内再生させつつ、返信するためにスマホ画面にキーボードを表示した。
『いや、彩香が知らん間にID忍ばせてるからだろ』
そう返信のメッセージを送って画面を閉じるつもりだったが、数秒で既読がついたので一応そのまま眺めていると…………
『忍ばせるだなんて人聞き悪いですよ~』
『ID交換してくださいって恥ずかしくて言えない、可愛い後輩の工夫じゃないですかぁ~』
抜け抜けとそんなメッセージが返ってきたので、涼太は微苦笑を湛える。
『いつの間に入れてた?』
『えぇ~、それ聞きます?』
『いや、マジで気付かんかったから……』
『ん~、先輩についてたかもしれない埃を取ったときですかね?』
涼太は今日学校での記憶を振り返った。
確かに別れ際、彩香が自分の襟首に埃がついていたと言って取ってくれていた。
どうやらそのときに、誰にも覚られることなくブレザーの右ポケットに刺し込んだらしい。
『いや怖いなっ!?』
『怖いとか言わないでくださいよ~!』
『普通に渡してくれればよかったのに』
『断られたらどうしようとか、色々考えちゃうんです~』
『そういうもんか』
『それに』
彩香は接続語だけ打って、少し時間を空けてから続きを送ってきた。
『今は涼太先輩にだけID教えたかったので』
まぁ、そういうことなら……、と涼太は納得した。
あの場には涼太の他に、姫奈と蓮もいた。
そんな中で彩香がID交換の話題を持ち出せば、当然涼太以外の二人も一緒に交換する空気が生まれてしまうだろう。
涼太のIDだけを知りたいのであれば、二人きりになれる状況、もしくはこのように自分のIDを密かに渡しておいて涼太の方から登録してもらう他ない。
『なるほど』
『ですです!』
(って、何でそこまでして俺のIDだけ……?)
当然の疑問が浮かび上がった。
わざわざ『涼太先輩にだけ』と明言しているのだから、そこには何かしらの意味が含まれていて、重要なことなのだろう。
もしかして自分に好意があるんじゃないか……? と涼太もやはり健全な思春期男子なので、一瞬はそんな考えを過らせてしまうが、すぐに自嘲気味に笑って否定した。
(頭お花畑か、俺は)
初めて足を踏み入れる高校という環境。
ただ学年が一つ上がった涼太とは違い、彩香は中学生から高校生になるという大きな節目を超えたのだ。
彩香はコミュニケーション能力が高い方だし、外見も可愛らしく、人を寄せ付ける力があり、万が一のときには姉である優香を頼ることも出来る。
とはいえ、新しい環境に身を投じれば、誰しも不安の一つや二つはあるもの。
頼る先として信用出来る相手を一人でも多く作っておくことに越したことはなく、偶然にも以前知り合った涼太の連絡先を確保して懇意にしておこうと考えるのは、不思議なことではないだろう。
(ま、深い意味なんてあるワケもないか)
涼太はそう自分の中で結論付けて、納得した。
『ところで涼太先輩。一つ聞いても良いですか?』
『ん?』
『涼太先輩って、姫奈先輩ともう付き合ってたりするんですか?』
「――げほっ、げほっ!?」
唐突な質問に、思わず咳き込んでしまう涼太。
何を思ってそんなことを聞いてきたのかはわからないが、取り敢えず動揺を悟られないように、なるべく早く返信を打つ。
『ヒメは幼馴染だぞ』
『付き合ってないってことですか?』
『ああ』
『でも、好きですよね?』
「――んっ、ゴホッゴホッ!?」
既に確信しているかのようなメッセージ。
涼太は再び咳き込まざるを得なかった。
『何でそう思うんだ?』
『まぁ、女の勘ですかね』
『女の勘こわっ!』
『あ、やっぱり否定しないんですね』
『いやまぁ、否定したところで信じないだろ?』
『あはは。誕プレをあれだけ真剣に悩んで決めてた時点で薄々察してはいましたが、今日涼太先輩が姫奈先輩に向ける目を見て確信に変わりましたから』
彩香が涼太と姫奈が一緒にいるところに立ち会ったのは今日が初めてのうえ、ほんの数分間の出来事だった。
その限られた時間の中で、表情や仕草からそこまで人の感情を読み取れるのは女子特有のものなのか、それとも彩香だからこそなのか…………
その答えは涼太にはわかりかねるが、少なくとも女子でも姫奈に関しては、長年涼太の一方的な好意に気が付きもしなかった。
なので、女子全員が敏感に察知出来るというよりは、やはり彩香が人一倍感情の機微に敏感なのだろう。
というよりは、洞察力に長けていると言った方が正しいか。
涼太はやや戦慄しながらも、彩香は構うことなく普通にメッセージを送ってくる。
『でも、まだ付き合えてはないんですね~?』
『んまぁ、頑張ってはいるんだけどな』
『ん~、姫奈先輩も別に嫌そうな感じではなさそうでしたが』
『だと良いけどな』
そう答えてから、涼太は今日帰宅してから姫奈にへそを曲げられたことを思い出した。
『あ、でも何か女心がわかってないとかで機嫌損ねちゃったんだよなぁ』
彩香からクスクス笑っているような可愛いスタンプが送られてくる。
『女心、乙女心は難しいですからねぇ』
『第一、男子に理解出来るものなのか……?』
『まぁ、出来ないことはないんじゃないですか?』
『マジか』
『経験がものを言うと思いますけど』
『あ、ダメだわ』
恐らくスマホの向こう側で笑ってでもいるのだろう。
テンポ良く交わされていた会話に少し間が開いた。
『じゃあ、私が教えてあげますよ?』
『え?』
『乙女心ってやつです』
『マジか』
『マジですマジです』
『それは素直に助かるけど……』
『どうしてそこまでしてくれるのか、ですか?』
『エスパーかな?』
涼太はもう驚きを通り越して、笑いが出てしまっていた。
『簡単ですよ』
『私、涼太先輩のこと気に入ってますからね~』
『理由はそれだけで充分ですっ!』
単純明快な理由だった。
気に入った相手に優しくしたい、助けたい。
わかりやすくて良い、と涼太は納得すると同時に、気に入られるようなことしたかなと疑問にも思ったが、彩香がどういう印象を抱こうがそれは彩香の自由。
涼太にそれを制限する権利はないし、良い印象を持たれているのだからわざわざ否定する必要もない。
素直に喜べば良いことだ。
『それなら、ありがたく頼らせてもらおうかな』
『はい! お任せください!』
その後しばらく眠気が来るまで他愛のないやり取りをし、日付が変わるのを確認した頃、互いにスタンプを送り合ってから区切りをつけ、スマホを置いた。
涼太はいつものようにうつ伏せで目を閉じ、訪れる睡魔に意識を委ねた――――




