第47話 小悪魔後輩の挨拶?
「橘彩香、笠之峰高校一年二組。今日から正式に後輩になりましたので、これからよろしくお願いしますね。涼太先輩っ!」
小首を傾げて可愛らしく挨拶する彩香に、涼太も快く笑う。
「そりゃ、こちらこそ」
「えへへっ」
涼太に受け入れてもらって満足したのか、彩香は嬉しそうに笑ってから、視線を涼太の後ろに覗き込むように向けた。
「ちなみに、涼太先輩。そちらの先輩はもしかして……以前誕プレを渡すって言ってた、幼馴染の方だったりします?」
「え? あぁ、よくわかったな」
涼太も振り返って背中側にいた姫奈に視線を向ける。
「ヒメ、プレゼント選びに協力してくれた未来の後輩っていうのが、彼女だ」
そんな涼太の紹介に、姫奈はどことなく不満げだった表情をすぐに愛想の良い笑みに変えて、席から腰を上げて涼太の隣に立つ形で彩香の前に出る。
「えっと、リョウ君の誕プレ選びに付き合ってくれてありがとうね。私は音瀬姫奈。よろしくね、えっと……橘さん?」
「気軽に彩香って呼んじゃってください。こちらこそ是非仲良くしてくださいね、姫奈先輩っ!」
軽く挨拶を済ませると早々に、彩香が「それにしても――」とわざとらしく顎に手を添えるようにして、じぃ~っと姫奈の姿を凝視した。
「姫奈先輩、すっごい可愛いですねっ!?」
「えっ?」
「ちょっとビックリするくらい可愛いです」
「え、ええっと……ありがとう?」
ここで咄嗟に「いやいやそんなことは」と否定しない辺り、自分が周囲と比較して非常に容姿が整っているのだと客観的に自覚している姫奈らしいな、と涼太は隣で聞きながら苦笑していた。
「いやぁ、羨ましいですよぉ。涼太先輩」
「だろ? 自慢の幼馴染だからな」
涼太がニヤリと笑ってそう答えたところに、一つ足音が近付いて来た。
「おいおい涼太ぁ~、自慢の幼馴染はもう一人いるだろ?」
蓮だった。
一通りキャッキャと集ってきていたクラスメイトの女子達の相手を終えたらしい。
傍までやってきた蓮を見た彩香が、驚愕して一歩後退りながら目を見開く。
「うわぁ、何か凄いイケメン来た……」
「おっと、どちら様で?」
彩香の反応を横目に、涼太はおどけた口調で蓮に尋ねる。
蓮は「おいおい酷いな」と肩を竦めた。
「神代蓮。涼太とヒメちゃんの心の友だろ~?」
「――というワケで、コイツも俺の自慢の幼馴染です」
自己紹介させるための道化を演じきった涼太は、蓮を掌で差すようにしながら彩香に言った。
すると、彩香は姫奈と蓮が並んでいる光景を前に、何度も瞳をパチクリさせてから涼太に向く。
「涼太先輩、ホントに羨ましいんですけど……?」
「だろ?」
「あはは、全然謙遜しないですね涼太先輩」
「いや、謙遜してコレだから」
「あ、マジですか。なら謙遜外したら?」
「今すぐ教室の窓開けてグラウンドに向かって自慢の幼馴染への愛を叫んでるな」
情熱的すぎますよぉ~、と彩香は本気とも冗談とも取れる涼太の口振りに、目を細めて笑った。
「でも、今日から涼太先輩はもっと羨ましがられることになりますね~?」
「ん?」
彩香の言葉の意味がわからず涼太が頭上に疑問符を浮かべると、彩香はクスリ、と悪戯っぽく笑って覗き込むようにして涼太に上目を向けた。
「ほら、ただでさえカッコいい幼馴染と美人の幼馴染がいるのに、そこに可愛い後輩も加わったんですよぉ~?」
「自分で可愛いって言うか、普通?」
涼太が呆れ半分でそうツッコミを入れると、彩香はわざとらしく驚いた様子を見せて、すぐに胸が痛んだかのような素振りを始める。
「酷いですよせんぱぁい! 私、可愛くないですかぁ……?」
「い、いやそういう意味じゃ……!」
「あぁ、もうダメです私。心が傷付いちゃいました。入学早々、涼太先輩に傷物にされちゃいました……」
「言い方に悪意ありますよお嬢さん!?」
慌てて否定しようとする涼太。
彩香はそんな涼太をチラリと見上げて呟いた。
「あぁ~あ。これはもう、涼太先輩に可愛いって言ってもらわないと、治らない傷かもです……」
「おいおい、勘弁してくれ……」
後ろ頭を掻きながら顔を背けさせる涼太だったが、その先で姫奈の物言いたげな半目が見えたので、すぐに視線を彩香に戻す。
チラッ、チラッ……とこちらを見てくる彩香。
涼太は観念したようにため息を吐いた。
「んあぁ、もう……はい可愛い。可愛いです」
「ホントですかぁ?」
「んまぁ、言わされてる感は否めないが……普通に可愛いと思ってるのはホントだぞ」
彩香は誰がどう見ても容姿が整っている方だ。
百人に聞けば百人が「可愛い」と答えるだろう。
ゆえに、涼太も心置きなく素直に感想を口にしたのだが、彩香は何故か意外そうに目を丸くして「えっ」と声を漏らした。
気持ち頬に朱が差しているようにも見える。
「あ、あの……涼太先輩っていつもこんな感じですか?」
こんな感じというのが涼太自身は理解していなかったが、そんな彩香の質問に、姫奈と蓮が一考する素振りすら見せずにコクコクと首を縦に振った。
「こんな感じですねぇ」
「うん、こんな感じだね」
「うわぁ……凄い人たらしぃ……」
何やら同じ感想で通じ合っているらしい三人に、涼太は「え、なになに?」とワケがわからないまま視線をやるが、誰も答えてはくれない。
姫奈は呆れたようにジト目を作り、蓮は苦笑し、彩香は恥ずかしそうに指を絡めていた。
「何なんだよお前ら……」
誰も自分の疑問を解消してはくれないんだと諦めた涼太は、再度後ろ頭を掻いた。
「あ、そうだ。話は変わるんだけどさ」
蓮がふと思い出したように話題を切り出す。
「えっと……彩香ちゃん? 名字は『橘』だっけ?」
クラスメイトの女子達の相手をしている最中、彩香が涼太や姫奈に名乗っているのを聞いていた蓮。
彩香はそんな蓮からの唐突な質問に、不思議そうにしながら答えた。
「あ、はい。橘彩香ですけど……」
「もしかして、橘優香先輩の?」
「あっ、妹です。お姉ちゃんを知ってるんですか?」
「うん。何度もお世話になってて」
「へぇ~!」
世間は狭いですねぇ、と呟く彩香。
その話を聞いた涼太は、蓮に疑問の視線を向ける。
「蓮、その先輩って……」
「ああ。前に話したろ? 背中を押してくれた人がいるって」
「なるほど、そういうことか」
涼太が思い出していたのは、去年三学期が始まってすぐのこと。
まだ姫奈と蓮の距離が開いたままで、蓮から仲直りの機会を作ってくれないかという相談を持ち掛けられたときの話だ。
そのときに、蓮の相談に乗って背中を押した人物の名前までは聞いていなかったが、今になってようやく涼太の中で埋まらず空いていたピースが嵌められたような感覚があった。
そんな涼太と蓮のやり取りの真ん中で、姫奈はよくわからなそうに目を瞬かせていたが、いくら幼馴染同士とはいえ男同士の会話というものをそう簡単に言い触らすものでもないだろうと考え、涼太は特に説明はしなかった。
「あっ、もうこんな時間。すみません先輩方。このあとお姉ちゃんのところに行かないといけなくて」
教室の時計を確認した彩香が、涼太達に向き直る。
「今日はこの辺りで……っと、その前に――」
挨拶して立ち去るかに思われた彩香だが、最後に涼太のすぐ前まで歩み寄ってきた。
その際、一瞬自分のブレザーのポケットに左手を突っ込んだようだが、疑問に思うより前にすぐ右手を涼太の襟元に伸ばしてきた。
身長差がある分、足元は少しつま先立ちをしている。
「彩香……?」
「すみません。先輩の襟元に埃がついていたので」
そう言ってクスッと微笑む彩香。
当然のように涼太ら三人共の視線は、伸ばされた彩香の右手辺りに向けられ――否、誘導されているが、その隙に彩香の左手は、二つ折りにした紙切れを涼太のブレザーの右ポケットに入れていた。
「お、マジか。サンキュー」
「いえいえ」
何の違和感も覚えることなく素直に礼を口にする涼太。
彩香はすぐに一歩距離を取って可愛らしく笑った。
「では、そろそろ私は失礼しますねっ!」
「ああ。またな、彩香」
「バイバイ」
「橘先輩にもよろしく伝えておいてね」
涼太、姫奈、蓮の見送りを受けて、彩香は軽やかな足取りで二年一組教室をあとにした――――




